ヴェルラートへ 第十節
戦局は膠着状態に陥っていた。
龍の攻撃には、クランスの『先輩』――名を、スフィラと言ったか――が、強固な障壁を張って完全に防御。その後、全員で反撃する……という戦法がすぐに確立された。
しかし龍の方も、押しきれないと見るや障壁での防御に徹して、有効打を受けないようにしている。あちらは魔力を無限に使えるが、こちらも――スフィラはクランスと同じく無窮の書に適合しており、使える魔力はほぼ無尽蔵だという。
……つまり、無限の魔力を使える者同士の根比べになっていた。膠着状態になるのも当然だ。
「ノルドさん」
後方から、足音とともにクランスの声。
「もうできたのか。早かったな」
「ええ、まあ……前にも同じような遺物を調べたことがあったので」
差し出した手に、『黒龍の魂』が返される。
……見た目には、特に変わったようには見えない。
「……そういえば、まだ普通に使ったこともなかったな。何かコツとか――」
その問いには、また別の方向から近づいてきた足音の主が答えた。
「魔力を流して励起すれば、自然と転身できますよ」
声の主であるフラムの方を見る。……その目は、明らかにこちらを訝しむものだった。
「私に何の相談もなく、お二人で何をコソコソやってらっしゃるんですか?」
「……えっ、まさか、持ち主に無断で?」
クランスも唖然としてこちらを見る。
「……クランスには『改良』をお願いしただけだ。それで遺物の価値が上がったなら、別にいいだろう……?」
フラムは暫し、厳しい目をこちらに向けていたが、溜息をひとつつくと、
「……わかってますよ。必要なことだったんですよね? 状況を打破できるなら、細かいことは言いません」
それを聞いて安堵するこちらに、ただし、と、再びフラムが追及の目を向ける。
「開き直るようなその態度はどうかと思います」
「悪かった」
「よろしい。……では、切り札をお見舞いしてやってください」
今度こそフラムは笑って、炎の魔剣を片手に飛び立った。
「……魔力を流して励起、か」
黒龍の魂を左手に軽く握って、弱い魔力を送ってみる。――高濃度魔力が輝きを放ち、それを見たクランスが一歩下がった。
……なるほど、遺物の方から情報が流れ込んでくる。それに従い、さらに魔力を送ると、赤い輝きが強くなるのに合わせて、全身が光に包まれ始めた。奇妙な魔力が、全身を巡るような感覚――。
――光が消えると、遺物の感触は消えており、代わりに――左腕そのものが大きく変貌していた。
左腕だけでなく、右腕、そして両脚も――黒い龍鱗、そして暗赤色の龍爪が、妖しく輝いている。
「……上手くいったみたいだな」
そう言ってクランスの方を見ると、こちらの姿に少し気圧されたようにも見えたが、すぐに頷きを返した。
「はい、こちらからも、問題ないように見えます」
鏡などはないので、変貌が頭部にまで及んでいるのかは、自分ではわからないが――今はそれよりも。
「……じゃ、さっさとケリをつけるか」
龍人のような形態への変化であれば、龍への転身に比べ、ずっと少ない高濃度魔力で発動・維持が可能なはず――という前提で、クランスに『改良』を頼んだが。そもそも、その高濃度魔力は僅かしか溜まっていなかったので、この姿でいられる時間は限られるだろう。最悪の場合は、クランスに手間暇掛けて補充してもらうことになるが……自分という個人に合わせて調整した高濃度魔力の補充ともなると、やはりそう簡単なものではないらしいので、それは本当に最後の手段としておく。
スフィラが障壁に隙間を作ってくれたので、そこを通って前へと進み出る。
――こちらの姿に気づいた白銀の龍が、狼狽えたように目を見開くのが見えた。さしものレウィンスも、この手は想定外だろう。『黒龍の魂』は本来なら、まだ使えないはずだったのだから。
――地面を蹴り、前へ跳ぶ。
龍人の脚は自分でも驚くほどの力を生み出し、彼我の距離を一瞬にして詰めてしまった。その勢いのまま、魔剣すら持たず、右腕を振りかぶる。
龍爪が、白銀の障壁と衝突した――と思えば、まるで薄いガラスでも割るかのように容易く穿ち、砕いてしまった。先程まで多くの攻撃を防ぎきっていた、強固な魔法障壁を、だ。『龍が行使した障壁魔法』も龍の力を帯びてしまい、同種の力による攻撃には弱くなってしまう、というところか。
――それは即ち、あちらの攻撃も、自分に対して致命的な効果をもたらしてしまう、ということでもある。仮に自分で障壁を張って身を守ろうとしても、今のように容易く破られてしまうことだろう。
白銀の龍が、自身の周囲に光弾を生成し、反撃を試みる。対してこちらは回避のために身構えたが――それらは瞬く間に、別の光によって撃ち抜かれ霧散した。スフィラの正確無比な援護射撃によるものだ。
防御を破られ、懐に入られ、反撃も潰された。そのような状況になれば、一度仕切り直すために距離を取ろうとするのは必然。龍が大きく羽撃き、地を離れたが――上からは別の影――紅蓮の劫火が迫っている。
フラムが渾身の一振りをお見舞いし、龍の片翼を焼き斬った。白銀の龍は情けなく鳴きながら、バランスを崩して地へ墜ちる。
そうして、隙だらけとなった龍の胴体目掛けて――全身全霊を込めた右の龍爪を、叩き込んだ。
その一撃は龍鱗を破り、肉へと食い込む。それに留まらず、さらに龍爪から魔力を送り込んだ。龍が絶叫し、最後の抵抗を試みるも――クランスが障壁魔法を応用した力で押さえつけており、暴れることすら叶わない。
そして――右腕を突き刺された部分から、龍の体躯が魔力へと解け出す。
それはやがて龍の全身へと波及し、大きなひとつの光となって――その光が霧散した後には、龍の姿はなく。代わりにレウィンスが、無機質な床の上に伸びていた。




