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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第四章 - ヴェルラートへ
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ヴェルラートへ 第八節

 なけなしの魔力で炎翼の顕現を維持し、どうにか軟着陸を成功させて、そのまま白い床に、仰向けに横たわる。

 ――続いて、同じく浮力を失った龍の巨体が、轟音を響かせながら空間の中央に落着した。


 ノルドはというと、スロープ状に生成した氷のレールを器用に滑って、落下の勢いを上手く殺しながら着地していた。

 ……遠目から見ても肩で息をしているし、膝をついたまま立ち上がりもしないので、私同様、魔力も体力も限界なのだろう。


 死闘が過ぎた後のその空間は、いっそ不気味に感じられるほど静かなものだった。

 あるいは、この『白一色の閉じられた空間』が持つ異質さも相まって、そのように感じられるのかもしれない。


 ――そんなことをぼんやりと考えていたのは、数秒か、数十秒だったのか。


 最初は聞き間違いかと思った魔法の音は、墜ちた龍の体躯付近に現れた光を見たことで、間違いではないと確信した。――紛れもない、治癒魔法の光だ。

 ……炎の渦による目眩ましで、ノルドが狙いを外してしまったのか、それとも龍の方が、攻撃を受ける直前に回避行動を取り致命傷を逃れたのか……原因は判らない。確かなのは、龍に与えた深手が、今まさに再生されているという事実。

 今のうちにとどめを刺さなければならない――それは明白だったが、もう指ひとつだって動かせない。視界の端で、ノルドが剣を取って踏み出そうとしたのが見えたが、その身体は前へと倒れ込んでしまった。


 龍の翼が動いて血が滴るが、その傷は既に塞がっている。続いて倒れ伏していた体躯が起き上がり、白銀の四肢に生えた黒い爪が床を抉った。もはや派手に咆哮することもなく、こちらの姿を正面に捉えて低い唸り声だけを上げると、先程と同じような魔法陣を展開し始めた。その中心に、破滅的な光が集っていく。


 ああ、今度こそ終わった。本当に、あと一歩だったのに――と、全力を尽くした戦いを振り返るが……元はと言えば、レウィンスに逆転の手を許してしまった、己の浅はかさが原因ではないか、と自嘲するしかなかった。


 そうして一人、薄ら笑いを浮かべる私の眼前で。

 光が一瞬の収縮の後、急速に拡大し、押し寄せた。


 ……無意識に目を閉じていた私は、瞼の向こうに眩しさを感じつつ、しかしいつまで経っても自分の身が光に焼かれないことを不思議に思って、薄目を開けた。

 ――誰かが、自分の前に立って、攻撃を食い止めている。

 風圧で、その人物の髪――赤毛のポニーテールが揺れていた。見覚えのある、ここに在るはずのない後ろ姿。夢か、幻でも見ているのだろうか。


 冷たい銀色の死の光が過ぎ去った後には、それを防いでいた、温かみを感じさせる金色の障壁が残っていた。

 ――障壁を張っている人物が振り返り、尖晶石(スピネル)を思わせる、その淡い紫の瞳と目が合う。


「やあ。久しぶり」


 ――頭の中で、多くの記憶と感情が交錯して。その声に応える代わりに、涙ばかりが溢れてしまう。

 間違えようもない、スフィラがそこに立っていた。


「無事ですか!」


 そんな声とともに、横合いから足音が近づいてくる。視界が歪んでよく見えないが、声でクランスだと判断できた。

 私のすぐ横に屈み込むと、治癒魔法と魔力譲渡を同時に掛け始める。


「おいおいクランス君、馬鹿も休み休み言いたまえ。どう見ても無事ではないだろう」


「そういう意味で言ってないんですが……ふざけた事言ってると、また高圧電流ですよ」


「いやいや、そしたら誰がこの障壁を維持するって――」


 クランスが大きな溜息をつき、その直後にスフィラが、短い悲鳴を発しながら飛び上がった。


「この状況で本当にやるかい!?」


 クランスは答えず、私への処置を終えると、そのままノルドの方へも走っていく。


 上体を起こして、涙を手で拭ってから、周囲を確認する。

 いつの間にやら、この空間を構成していた白い壁には、切り取られたように四角い大穴が開けられていた。二人はそこから入ってきたのだろうが……さらに続けて、そこを通ってくる人影があった。しかも、一人や二人ではない。


 ――そこに連なる人々の顔ぶれは、見覚えのあるものだった。ヴェルラートの島民たちだ。それぞれが武装して、龍の方を見ている。


「状況を説明したら、皆、意外とあっさり応じてくれたんだ。もっと説得に時間が掛かるかと思っていたのだけどね……とはいえ、そのおかげで管理者用の転送陣も使って、駆けつけることができた。それもこれも、フラム……君の行動があったからこそ、だね」

 そう言うと、スフィラがこちらへ手を差し伸べて。

「さて、もうひと踏ん張りだ。立てるかい?」


 ――返答の代わりに、その手を取って立ち上がる。

 だがこうして、スフィラの隣に立つと、後ろめたさを感じずにはいられなかった。


「スフィラ、私――」


 だが、言葉は龍の咆哮で掻き消されてしまった――反旗を翻した島民たちに対する、レウィンスの怒声に。

 スフィラはというと、どこか、ばつが悪そうに笑って。


「……ここじゃ落ち着かないし、積もる話は後にしようか。あぁ、でもこれだけは言っておこうかな。……私だって、死んだふりでフラムのことを騙していたからね。だからお相子さ」


 そう言うとスフィラは手を前に振り、金色の細い光帯を出現させ、それを手に取って剣のように構えた。

 変幻自在の、形ある光――確か、スフィラは『光彩』と呼んでいた遺物だ。


 そして、私もそれに倣い、魔剣セラフ――その燃え盛る刃を龍へと向けた。


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