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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第四章 - ヴェルラートへ
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ヴェルラートへ 第七節

 眩いほどの輝き。

 それは、私が振るった魔剣セラフの炎が発している光――だけではない。


 レウィンスが転身した白銀の龍、その首を落とさんと振るった紅蓮の炎刃は、しかし純白の龍鱗に到達する直前で、障壁によって止められていた。

 目の前で凄まじいエネルギーが衝突する光景に、思わず怯みそうになったが――ここで仕損じれば、次はない。ノルドが作り出したこの好機で決着をつけなければ。


 覚悟とともに、炎刃はさらに勢いを増す。押し負けないよう炎翼の出力も上げながら、障壁を破ることに全神経を集中させる。

 ――それまでとは異なる音と、光。僅かだが障壁が綻んだのだ。その瑕瑾(かきん)を見逃してやるほど、今の私は甘くない。

 残る魔力を瞬間的に集束させ、障壁の損傷部を穿つように、炎の奔流を迸らせる。ほんの小さな綻びから、一気に障壁を砕き、焼却した――。


 しかし。続く一瞬で見えた景色は、全く予想していなかったものだった。

 強い力で吹き飛ばされ、天地がひっくり返り――何が起こったのかを理解したのは、地面に衝突する直前、反射的に上昇しようと炎翼を羽撃かせた時だった。


「――っ」


 背中側から強い衝撃と、遅れて激痛が走る。

 さすがに、一瞬で停止できるような速度での落下ではなかった……頭部を護りつつ、致命傷を免れるだけで精一杯。痛みに顔を顰めながら、なんとか身体を起こし、頭上の龍を見上げる。

 我ながら迂闊だったと歯噛みした――どうしてその可能性を考慮しておかなかったのか。


 私が障壁を破壊するために魔力を集束させたのに合わせて、龍は異なる性質の障壁を展開していた――レウィンスが普段から護身用としていた、魔力を反射する特殊障壁を。

 魔剣セラフは、使用者自身に対する炎熱を無効化する効果も持っている。そのため、反射された爆炎によって私自身が灰になる……という最悪の結果にこそならなかったが、こちらへ返された爆風の勢いで、地面へと大きく吹き飛ばされてしまった。

 相手が拘束されているからと、正面から斬り掛かったこと――それがそもそもの間違いだったと言わざるを得ない。障壁を展開する時間すら与えずに、一瞬で斬り伏せなければならなかったのだ。


 上方から、氷の砕け散る音が響く。拘束を脱出されたようだ。全身の痛みに加え、魔力を大量に使った反動もあり、身体が上手く動かない。治療をするにも、まずは魔力回復薬を使わなければと、どうにか手を動かしてエプロンの裏にあるポケットを探る。


 しかし――仰向けになって見上げている空間の中心に、強い光が現れた。雨霰と降っていた光弾とは、比較にならない――龍を中心とした大きな魔法陣が展開され、その中心に、ただ一つの白光が燦然と輝く。

 ……視界は晴れ、こちらは身動きも取れない。大技で確実に仕留めるつもりだろう。

 エプロンの裏で薬瓶を掴むことはできた。できたが――それを飲んだ上で魔力の回復を待ち、治療を施してこの場を離れるには……どう考えても時間が足りない。あの絶望的な光が放たれるのが先だ。……万事休す、か。瓶の中で揺れる淡い桃色の液体を、無感動に眺める。


 ――不意に、視界の端で何かが動いたかと思うと、上空の光が少し弱くなった。

 目の焦点を遠くに合わせると――尾を引いて飛んでいく氷柱が、龍の横面目掛けて飛んでいく。ノルドの魔法だ。

 だが、その氷柱もすぐに弾かれ、意味を成さなくなる――威力はそれなりだが、弾数が少ないので対処は容易。ノルドとて、既に魔力の限界を迎えているはず……私が攻撃を仕掛けていた間に回復薬を飲んだにせよ、この妨害空間下では、長く保たないに決まっていた。


 ――それでも。

 私は急いで薬瓶の蓋を外し、二本まとめて流し込んでから、口元を乱暴に拭った。満足に発動しない治癒魔法を全身に巡らせるのは、まるでほんの少ししか残っていない軟膏を、限界まで薄く伸ばして塗り込んでいるような気分だった――実際にどの程度効果が出ているのかは知らないが、立ち上がれるのならそれでいい。


 上空の光がまた強くなった。今や狙いはこちらではなく、ノルドの方を向いている。

 ――その狙いの先、氷柱の出処を見、迷いなく飛んだ。


 一瞬で迫ってきた私の姿を見て、ノルドも迷いなく手を伸ばす。


 強引な機動でその場を離れると、すぐ後ろに光が降った。その爆風をも利用し更に加速、円筒の空間を螺旋状に翔け上がっていく。――ノルドの肩が外れていないか心配だが、さすがにそれを確認している余裕も、時間もない。


「――作戦は」


「船着き場でやったアレ、できますか?」


「……それはいいが。どうやって隙を作る」


「いつものアレを使います」


「……効くと思うか?」


「……効かなかったらその時は、まあ……残念でした、ということで」


 耳元で唸る風の向こうで、ノルドが短く溜息をついたような気がした。一秒で考えた即席の作戦だが、他に良さそうなものは思いつかない。速度で翻弄して死角から斬りつけようとしても、全周に障壁を張られたら防がれてしまうだろうし。


「次の氷柱に下ろしてくれ。目眩ましは頼むぞ」


「はい! ピカッとしますのでご注意を!」


 間もなく、龍とほぼ同じ高度に到達しようというところ。空間を大きく旋回するこちら姿を正面に捉えようと、龍はその首を動かしている。

 ――閃光弾をお見舞いするには、またとないタイミングだ。

 純白の空間が一層眩く照らし出される。さすがにこちらも目を細めずにはいられないし、閃光が相手に効いたかどうかを確認するのは不可能だった。効果があったと信じて、振り返らずに予定通りの行動をするほかない。


 壁に残っていた氷柱にノルドを投下して、そこから進路を更に上へ。龍の直上で停止し、魔力を振り絞り炎刃へと練り上げる。

 ――視界を取り戻したらしい龍が、夕陽にも似た頭上の輝きに気づき、こちらを見上げた。小賢しい戦法に苛立ったように吼えているが、それはお互い様というもの。


 正真正銘、これが最後の一撃。

 大上段から振り下ろした炎刃が、再び障壁と火花を散らした。


 ――障壁は堅固。魔力はほとんど残っていない。だが、この勝負には必ず勝つと決めた。

 炎刃が障壁を焼き、溶かし、綻びが見え始める。あとは――。


 そこで、障壁の向こう側の様子が垣間見えた。龍はこちらを見ていない。次に来るであろう致命的な、ノルドによる一撃――その位置を探すように眼が動き続け、今、止まった。


 予め方向を見定められていては、ピンポイントで強力な障壁を張るなどして攻撃を防がれる可能性がある。だからこそ閃光弾を投げてノルドの位置を隠し、私は上に飛ぶことで視線を誘導したのだが、その狙いを読まれてしまった。


 ――ならば、もう一度隠せばいい。


 炎刃を解き、拡散させる。龍を包み込むように、眩い炎が渦を巻いた――威力などたかが知れているが、目眩ましには十分だ。

 当然、ノルドも狙いを正確につけられなくなるだろうが……この行動の意味を、ノルドなら察してくれるだろう。


 炎の渦が、私から離れ始める。……否、離れているのは私の方だ。いよいよ魔力が底をついて、高度を保つこともできなくなったようだ。渦も弱々しくなって、次第に消えていく。


 そして、最後の火の粉まで燃え尽きる直前。

 向かい側の壁を大きく移動してきたノルドの姿が見え、続く一瞬で――龍の死角から伸びた氷の槍が、障壁もろとも、龍の白銀の体躯を貫いていた。

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