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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第三章 - 迷宮管理者の暗躍
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迷宮管理者の暗躍 第七節

 物心ついた時には既に、私には身寄りがなく――ヴェルラートには孤児院もなかったので、私は保育所や、そこの職員の家で幼少期を過ごした。

 身の回りのことを自分でできるようになってからは、集合住宅の一室を与えられて一人暮らし。

 やがて、中等教育までを終えた私が、ヴェルラートの探索受付で正式に働き始めたのは十七の時だった。

 ――そこで、暫くは何も知らないまま、同僚と笑い合ったり、仕事の量に目を回したりしながらも……楽しく、幸福な日々を送っていた。


 ――財宝の迷宮に関わる秘密を知らされたのは、十八歳を迎えて間もなくのこと。

 しかし、私は真実を知っても、すぐに考えを変えたわけではなかった。

 その方針に逆らって罰されるのが怖いとか、皆の反感を買いたくないとか――そういう考えもなくはなかったが……最も大きかったのは、『真実が公になれば、皆の生活が立ち行かなくなってしまう』という心配だった。

 あの頃の私は、ヴェルラートが好きだった――いや、今でも――嫌いになったとは言えない。

 少なくとも、私が真実を知るまでの十八年間は、幸せで、満ち足りた時間の記憶で溢れているから。

 ただ、『偽物の迷宮と、探索者の犠牲の上に経済が成り立っている』という事実だけが――それを覆してしまっている。

 その事実を認識しながらも……私は、自らの幸せな日々を――それまで歩んできた過去を、簡単には手放せなかったのだ。……『身の程を弁えずに、危険な迷宮に挑む探索者が悪いんだ』、なんて――同僚が軽口のように言う言葉を、自分自身に言い聞かせたりしながら、私はそれまでと同じ日常を続けていた。


 ……ある時。受付と酒場が併設されている建物に、大怪我をした探索者が、その仲間に連れられて戻ってきた。

 救護の人員と一緒に、私も受付を飛び出して介抱に当たった――怪我はひどいものだったが意識ははっきりとしており、命に関わるものではない……と、救護担当の一人が教えてくれて、私は胸を撫で下ろした。

 ――だが、それも束の間。

 負傷した探索者は、悔しそうに涙を流していた。……その怪我は、罠に落ちそうになった仲間を助けようとして負ったものだという。

 三人の探索者たちは、皆一様に、悲しみに暮れていた。

 ……私は、数時間前に彼らの探索申請を受理したことを思い出した。その申請時の人数は、四名――。

 ……長く旅を共にしてきた仲間の――遺体はおろか、遺品の一つすら回収できないまま、地上へ戻ることを余儀なくされた彼ら。――その悲しみの深さは、察するに余りあるものだった。


 三人の探索者たちが、より高度な治療のために医療施設へ送られた後も――私は、彼らの表情が、流した涙が、ずっと脳裏に焼き付いていた。


 ……そして、初めて――その事実を深刻に、認識した。

 全てを知っていながら、知らぬ振りをして――数多の探索者を死地に送り込んできたことを。

 ――自らの手が、あまりに多くの探索者たちの、血に塗れていることを。


 それでも私は、すぐにヴェルラートを離れることはできなかった。

 特に近年は、レウィンスの決めた方針により、島民が島外へと出ることは厳しく制限されていたからだ。下手に脱出を画策しようものなら、脱出の前に捕縛されるか――首尾よく大陸へ向かう船に乗れたとしても、それを降りる前に勘づかれれば、船ごと爆破され、海の藻屑……。

 ゆえに、私は――従順に受付の仕事をこなしながら、好機を待った。日毎、探索者の屍が積み上がっていく現実と、その罪悪感に耐えながら。

 ……時には、受付の仕事を通じて親しくなった友人を、迷宮へと送り出して――永遠に失うことさえあった。


 またある時、私は何人かの島民と一緒に、レウィンスに呼び出された。

 聞けば――有事に備えて、一般の島民にも初歩的な戦闘訓練を行うことが決定され……それに伴い、島の財産である武器や遺物を貸し与える、ということだった。


 無数に並べられていた武器の中から、私が選んだのは――魔力を増幅して放つための、純度の高い宝石を幾つかと、投げナイフや手榴弾といった道具類。

 ……後者はともかく、元々魔法が得意だった私は、宝石魔法はすぐ使いこなせるようになった。

 そして、その能力が目に留まったのか――間もなく私は、追加の武装として稀少遺物を借用することも認められることとなり……そこで私が選んだのが、『黒龍の魂』と、魔剣『セラフ』だった。

 『セラフ』は借り受けてすぐ、『黒龍の魂』は魔力が貯まるのを待つ必要があったので、数ヶ月後に……それぞれ使用感を確かめた。いずれも強力無比ではあるが、同時に難を抱えた遺物だということを、私はそこで理解した。

 おそらく、レウィンスは私に、非常時の切り札としての役目を期待していたのだろう。

 まさか私が、いずれ離反する腹積もりでいるなどと、考えもせずに。


 私は、強力な遺物を与えられたことをこれ幸いとばかりに、それらの遺物を用いた、ヴェルラートの脱出計画を練り始めた。

『黒龍の魂』に最大まで魔力を貯めた上で、ヴェルラートの海岸で龍に転身すれば、対岸のハーリングまで届く……という見込みの元。試用した時の感覚を頼りに、魔力食いの『セラフ』を振るえる時間の限界――そして、自分の移動速度と海岸までの距離から、脱出に要する時間の目安を算出した。

 ……しかし。結論を言うと、それらの遺物を駆使してなお、私一人の力では――かなり分の悪い賭けだと言わざるを得なかった。

 何か、最低でも一つ――欲を言えば二つ以上、プラスになる要素がなければ。……例えば、転送陣で移動距離を短縮するとか。あるいは、他に協力者、ないし大騒ぎを起こすような誰かがいて注意が逸れる、もしくはシンプルに戦力を増強できれば……といったところだった。

 ――当然、他の島民を頼ることなど、できるはずもなく。協力を取りつけるとすれば外部の人間だが――そんなに都合良く、信用できる上に腕の立つ探索者など、現れるものか――。


「そこに、ノルドの奴が現れた、ってわけかい。……さながら、ヒーローじゃないか」


 出来すぎた話だとでも言いたげに、エレナが小さく笑って言った。


「ふふ……そうですね。まあ、来るのは随分遅かったですが。『黒龍の魂』に魔力を貯めきってから、一年近く待っていたんですよ?」


「……仕方ないね。ヒーローは遅れて来るってことさ」


 ――確かにヒーローだ、と――エレナの言葉を聞いて思った。その実力も、精神面も含めて。


 ノルドが財宝の迷宮を進んでいくペース――その速さを知って、私は、彼が財宝の迷宮の最下層に到達する可能性は、十分にあると予想していた。

 ……それが成された場合、レウィンスは彼を味方に引き入れようとし、拒まれれば始末するであろうことも。


 結果として、それは現実のこととなり――最下層でノルドを包囲するために、レウィンスは治安部隊と、非常戦闘員たる島民を招集した。

 そして私は、ノルドがレウィンスの勧誘を断った時に備え、ヴェルラートを裏切って脱出する、その準備を整えた……。


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