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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第三章 - 迷宮管理者の暗躍
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迷宮管理者の暗躍 第三節

 家庭教師の業務を終えた後。

 私は早速、エレナに外出の可否について相談をしようと――この領域の探検も兼ね、あちこちを歩いて回っていた。

 ……その途上、曲がり角の向こうから足音が。


「おや、ノルドさん。今日はまた随分と……大荷物ですね」


 現れた、小山と見紛うばかりの影に――私はそう声を掛けた。

 ノルドの両手には大量の麻袋、加えてその背の背負子(しょいこ)には、大きな箱が二つも括り付けられている。


「……遠慮のない量を頼まれたんでな」


 こちらを少しだけ振り返りながら――疲れというよりは、重量に対する忍耐が僅かに滲んだような声で、ノルドが言った。

 ――よく見れば、背負子の横には剣を提げたまま。コートの下の着込みもそのままだとすれば……総重量はかなりのものだろう。


「私も少し持ちますよ」


「――いや、大丈夫だ。魔力で多少は補助してるし、もう、すぐそこだからな」


 と、断られてしまった。


「……そうですか。この荷物の量を見た上で、全く手を貸さないというのも、ちょっとバツが悪くはありますけど。……下手に手を出したら、落としそうですもんね?」


「ごもっともだ。……ああ、それなら扉を開けてもらえると助かる。次の、右側の扉だ」


「委細承知でございます」


 軽やかにノルドを追い越して件の扉へと向かい、両開きのそれを全開にする。

 小山の如しノルドがそこを通って、部屋の中にあったテーブルの上に、両手の荷物を下ろした。――ふう、という短い溜息。


「――ご苦労だったね。さすがの敏腕探索者も、お疲れだろ」


 部屋の奥から、そんな労いの声が響き――棚の陰からエレナが顔を出した。


「これも鍛錬の一環と思えば、な」


「えっ……それ、魔力で補助してた人が言うんですか?」


 と、思わず横槍を入れずにはいられない。


「……魔法の鍛錬だ。試してみればわかるが、バランスを崩さないように支えるのは、それなりに難しいぞ」


 そう言うと、ノルドは麻袋から取り出した紙袋……から、さらに大ぶりのオレンジを一つ取り出して、それを手の上で浮遊させてみせた。


「……なるほど、器用なもんだね。難しい術でさえなければ、是非ともご教示頂きたかったところだよ」


 エレナはその様子を横目に――袋の中身を検めながら、傷みやすいものから選んで、倉庫であるらしいこの部屋の奥へと持っていく。おそらく、そちらに冷蔵設備があるのだろう。


「力の強さと方向、それを働かせる位置と数を調整する難しさはあるが、原理自体は単純だ。あんたなら、すぐ扱えるようになるんじゃないか」


 ノルドが、浮かせていたオレンジを私に向けて放り投げたので――慌ててそれを、取り落としそうになりながらも、辛うじて受け止める。


「魔法が得意そうに見えるか? このアタシが?」


 紙袋をいくつか、まとめて持ち上げながら――エレナが茶化すように言った。


「迷宮を自力で踏破できるなら、ある程度の心得はあるんだろう」


「……否定はしないが。あんたの実力に比べたら、お遊戯みたいなもんさ」


 その発言は疑わしい……とは思ったものの、比較対象がノルドでは、確かに大抵の探索者は太刀打ちできそうもない。

 とはいえ、エレナも過去に――当時の『魔城の迷宮』を自力で踏破しているのだから、それなり以上の実力はあるはずだった。……もっとも、ここは当時から危険度の低い迷宮だったのかもしれないが。


「それで、計画は順調なのか」


「――見ての通り、缶詰にならなくてもいいくらいにはね」

 ノルドの問いに答えながらも、エレナは手際よく、食材やら日用品やらを棚に仕舞っていく。

「クランスからの定期連絡も問題なし。予定通りのペースで進んでるみたいだよ」


「……それは重畳」


 ノルドはノルドで、買ってきた商品を袋から取り出しては、次々にテーブルの上に並べていた。


「……ところで、フラムはアタシに用だったかい?」


 テーブルの上から小麦粉の袋を取り上げつつ、エレナが私に訊いた。


「ええ。管理室にはいらっしゃらなかったので、探検がてら、お捜ししておりました」


「丁度入れ違ったか……手間を掛けさせたね。それで、その用ってのは――まさか、勉強中に食べるオヤツの在庫がもう切れた、なんて言わないだろうね」


「あはは……それはまだまだ大丈夫そうなので、ご安心ください」


 私も、いくつかの品を運ぶのを手伝いながら――ヴェルラートの一件が落着したら、レーデを連れて外出したいことを、エレナに伝えた。


「……まったく。目処が立ってるとはいえ、片付かないうちから随分なことを訊くじゃないか。取らぬ狸の何とやら、だ」

 こちらの話を聞いたエレナは、笑いながらそう言って――しかし、その表情は穏やかなものだった。

「まあ、つつがなく事が運べば、それも問題はないだろうよ。さすがに現段階で、確約まではできないが」


 その返答を聞いて――思わず顔がほころんでしまうのを、私はどうにもできなかった。


「ありがとうございます」


「いやいや、こっちとしても願ったりだ。レーデもだいぶ成長はしてきたが、まだ一人で外に出すのは心配だからね……アタシに代わって同伴してくれるなら、安心だよ」


 だが、エレナはそこで、思い出したように質問を追加した。


「……一つだけ確認しておきたいが。レーデは外に行きたそうだったかい」


「それはもう。目を輝かせてましたから」


「……そうか」


 エレナの表情は、嬉しそうでもあり、同時に申し訳なさそうでもあった――その様子が、私には先刻のレーデと重なって見えて。


「やっぱり、エレナさんとレーデは、よく似てますね」


「……なんだい、その言い草は。レーデには、アタシみたいにガサツな女じゃなく、もっとお上品に育ってもらいたいんだがね」


「あ、いえ……その、なんというか……思慮深いところがそっくりなんですよ。ノルドさんもそう思いませんか?」


「……俺に言われてもな」


 ノルドに話を振ってみたが、求めていた反応は得られなかった。

 ……私に比べたら、彼はレーデとの関わりが浅いので、仕方ないといえばそうなのだが。


「……まあ、それなら悪い気はしないか」


 ――ノルドの反応はともかく、エレナが私の釈明に溜飲を下げてくれたようなので、よしとしよう。


「……エレナ、これは、提案……というより、単なる思いつきだが」

 ノルドが、穀物の入った大きな袋をテーブルに置いてから――エレナに言う。

「あんたがこの迷宮に留まってるのは、レウィンスを止めるために必要だから、だよな。なら、その目的が済んだら……この迷宮は捨てて、どこか遠くに、レーデと二人で引っ越してもいいんじゃないか? この場所に思い入れがあったり、何か色々と、都合のいいことがあったりするのかもしれないが……本当なら、レーデには外で暮らさせたいんだろう」


 ――エレナは腕組みして、少し考えてから答える。


「それは、ふむ……どこから説明したもんか。当然、そういう考えもなくはないんだが――とりあえず、この迷宮をすぐに手放すつもりはないね。暫くは状況を見る必要がある。……そうだな、順を追って話そうか」

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