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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第三章 - 迷宮管理者の暗躍
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迷宮管理者の暗躍 第一節

「もう少し、早めに教えてくださってもよかったのでは」


 向かいに座ったスフィラに、僕はそう訊いた。

 喫茶店のテラス席――陽射しはあるが、港町たるハーリングは潮風が少し冷たい。だというのに、僕は何も考えず冷たいレモネードなど頼んでしまったものだから、その減り方はお世辞にも速いとは言えなかった。


 ……当然だが、僕がスフィラに対して小言のように言ったのは、飲み物のことについてではない。

 『魔城の迷宮』の主こと、エレナの話だ。


 エレナは、僕たち、そしてノルドたちと同じく、ヴェルラート――ひいてはレウィンスの悪事を止めることを目的としていた。

 ……その事実を、あろうことかスフィラは、予め知っていたというのだ。


「知らない方が、クランスくんはやりやすいかと思ってね」


 スフィラは悪びれもせずそんなことを言い、ガトーショコラを一欠片、フォークで切り取って口に運ぶ。


「そんなわけ――」


「本来知り得ないはずの情報を知っていると、クランスくんが言うところの『ボロ』が出やすくなるものだよ。私なりに、気を遣った結果というわけさ。悪く思わないでくれたまえ」


 ――屁理屈と言ってやりたいが、一理あるのが悔しいところだ。


「それにしたって、ですよ。実際のところ、どこまで事前に計画していたんですか? 調査の開始地点をトラルウィクにしたのは――」


「うん、魔城の迷宮を踏破することを考えていた。……まあ、その時点では『可能であれば』程度の考えで、直接ヴェルラートへ向かうことになっても、それはそれでいいと思っていたけどね。結果としては、私が考えていた最善の形で進んだよ」


「つまり、エレナさんのことはかなり前から知っていたと」


「誤解がないように言っておくと、一方的に知っていた、というだけだ。実際に接触したのは、クランスくんたちが殴り込む直前だね」


 ……その『接触した』というのも問題だ。どうせ、無窮の書――もとい、管理者権限を用いて、とんでもない侵入の仕方をしたに決まっている。そうでなければ、僕たちが四十階まで降りる間のどこかで、その痕跡を目にしていないはずがなかった。

 ……一応、あくまでもスフィラは『ちょっと特殊な遺物を持った探索者』という(てい)で、エレナと話をつけたらしいが……勘づかれていないか心配だ。


 しかし今、そんなことはどうでもいい――いや、よくはないが――それよりも訊かなければならないことがある。

 ――この上司が、ここまで周到に準備していたということは。


「まさかとは思いますが。ノルドさんとフラムさんが、あのタイミングで酒場に現れることも推測して――」


 だが、スフィラは僕に(かぶり)を振ってみせた。


「いやいや。あれはさすがに私も想定外、単なるラッキーだよ。……まあ、事前に目をつけていたというのは事実だが。あの時点では、二人ともまだヴェルラートにいるだろうと思っていた」


「……では、ノルドさんのことも、実はとっくに知っていたというわけですね」


「まあね。ただし、それも『一方的に』だ。面識はなかったから、知り合いとは言えない――私はあの酒場で、フラムは知り合いだ、としか言わなかっただろう」


 と、今度こそ屁理屈を捏ねるスフィラ。しかし、僕にそれを指摘する気力は、もう残っていなかった。代わりに溜息をついて、レモネードを喉へ流し込む。


 ……冷静に考えてみれば、スフィラ自身が『自分は顔が割れているから、ヴェルラートで表立って活動はできない』と言っていたのに、ヴェルラートから脱出してきたノルドとフラムに協力を取りつけろ、というのもおかしな話だった。

 あの二人が加われば、正面突破も可能になると踏んでの判断かと思っていたが――最初から魔城の迷宮を経由するつもりだったのなら、わからない話でもない。


 ……まあ、単純にフィールドワークをしたくない、スフィラの言い訳に過ぎなかったのかもしれないが。僕たち迷宮管理者は、その気になれば幻影やら暗示やらを使って、顔を誤魔化すことだってできるのだし。


「それじゃ、現地での仕込み、頑張ってくれたまえ。私も、暇ができたら応援に行こう」


 ガトーショコラを食べ終えたスフィラが席を立つ。

 ……あまり来る気がなさそうな言い方だな、と思った。行けたら行く、というやつだ。


「……まあ、別に来ていただかなくても大丈夫だとは思いますけど。やることはそこまで多くないので」


「そうは言ってもね。今この時も、財宝の迷宮で死傷者が増え続けているわけだから。もちろん、その数は減少傾向だとは思うが」


 ノルドとフラムが流した『ヴェルラートの不穏な噂』は既に、かなり広がっているようだった。迷宮へ出入りする探索者の数を調査したわけではないので、確かなことは言えないが……その影響は間違いなく出ているはずだ。


 よって、今から財宝の迷宮へ挑もうとする探索者は――噂を聞いてなお挑む命知らずか、退()()きならない事情があるか、あるいは噂を知らないか。

 ……いずれにしても、いきなりゼロにはならないだろう。


「……あまり、アテにはしないでおきます」


「いざとなったら直接助けを求めたまえ。かわいい後輩に泣きつかれれば、私だって飛んでいくとも」


 ――そういうことを言うから、こっちは逆に要請しにくくなるんだ――そんな思いの込められた電撃が迸り、数日ぶりにスフィラが飛び上がった。



   ***



 スフィラと別れ、僕はハーリングの船着き場へと向かう。


 それほど大きな港でもないので、目的の乗り場にはすぐ目星がついた。

 自分が乗るべきものと思われる、係留された小型船の上に、何やら作業をしている船頭らしき男がいるので――念のため声を掛けてみる。


「ヴェルラート行きは、この船でしょうか」


「――ん、おう。合ってるよ」


「ありがとうございます」


 僕は、礼を言ってから――タラップと呼ぶにはあまりにも簡素で心許ない板の上を、なるべく少ない歩数で渡った。


「見ない顔だが、探索者かい?」


 船に乗り込んだ僕に、船頭が顔だけ向けて訊いてきた。


「はい。このあたりには初めて来ます」


「そうかい。ここんとこ、ヴェルラート行きに乗る探索者も減ってなあ」


 それを聞いて――顔にこそ出さないが、僕は少し安堵した。渡航者の数が、船頭の目にもわかるほど減っているということは。


「……例の噂のせい、ですかね」


「だろうなあ。……アンタ、知ってて行くのか」


「ええ、まあ……」

 船頭の口調が、明らかに僕のことを心配しているものだったので、少々気まずさがあった。

「同業者が減っているうちがチャンスですから」


「……それなら、止めはしないがよ。無茶はしねえようにな」


 ……この船頭にも、思うところがあるのかもしれない。

 こうしてヴェルラートへ送り届ける探索者のうち、少なくない者が、二度と帰りの船に乗れないことに――。


「はい、もちろん。お気遣い、ありがとうございます」


 もっとも、迷宮管理者である僕に限っては、心配は無用というもの。

 最悪の場合、スフィラがやったように――自身が死亡したように偽装することには、なるかもしれないが。


 ただ、そうなった場合……この船頭の男を始めとして、これまで僕が関わってきた地上の人々の、何人かが――不必要に心を痛めてしまうのであれば、それは極力、避けたいとも思う。


「――よし、そろそろ時間だ。船を出すから、適当に座んな」


 船頭に促され、僕は小型船の屋根の下――長椅子の片隅に腰を下ろした。

 僕以外にこの便の利用者はおらず、それゆえ他に話し声などもない。推進力を生む魔力機関の稼働音と、船体によって掻き分けられる波の音ばかりを聞きながら――僕は無窮の書を使い、視界を追加しながら、同時に船のスキャンを進める。


 ……船底のあたりに、爆発物の反応。事前に聞いていた通りだ。

 さらに解析を進めると、そこに付属されている、簡易的な通信装置の存在も判明した。厄介なことを……。


 エレナから任された、ヴェルラートでの単独行動――まだ上陸はしていないわけだが、既に任務は始まっている。

 まずは、この小型船を始めとした、ヴェルラートに出入りする船の全てを調査。仕掛けられた爆発物を――起爆させないのは当然として――気づかれずに無力化することからだ。


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