魔城の主 第九節
「来客は本来想定してないもんでね。不味くても文句はナシで頼むよ」
エレナが人数分の、冷たい珈琲を淹れて戻ってきて、手ずから全員に配った。
――それを終えたエレナが席に戻っても、フラムは警戒を緩めず……どうやら、ノルドが珈琲を口にするかどうかを見ているらしかった。
念のため、僕もその珈琲を調べてみるが……成分におかしなところはないし、グラスに毒が塗られているなんてこともない。用意されたミルクも液糖も、至って普通のもの。
――そこでノルドが、やっとフラムの視線に気づいたのか、珈琲を一口飲んでみせた。
それを見るや否や、フラムも待っていたと言わんばかりにグラスを傾ける。……喉が渇いていたらしい。
「ひとまずは、話ができそうな連中で安心した。……強制送還の座標を上書きされた時は、さすがにアタシも焦ったが」
……そのエレナの言葉の意味を、ノルドとフラムは、すぐには理解できなかったようだが――ノルドはやがて、話が繋がったらしく。
「……保険を掛けてくれとは言ったが、まさかそんな方法を使ったとはな」
と、僕に向けて笑いかけた。苦笑いのようにも見えたが……称賛と受け取ってよさそうだ。
「奥に隠し部屋があることは、戦闘中にわかっていたので。地形情報から座標を取得して、強制送還の転送先を書き換えたんです。……ギリギリでしたが」
……当然、僕がその気になれば――そんな回りくどいことをしなくても、いつでも誰でも、どこへでも転送は可能だ。
しかし、そのような無法が罷り通るのは、迷宮管理者だけなので――『一介の探索者が、機転を利かせて実行した上手いやり方』として、『相手が指定した転送先の座標を上書きする』という方法を、選ばざるを得なかった。
「なるほど」
フラムが腕組みし、いかにも納得したという顔で頷いてみせる。
「やっと私も、状況が飲み込めました」
「すみません。説明するタイミングを逃してしまったので」
転送が終わったら、早めに説明するつもりだったのだが――エレナが現れたことで、僕はすっかりその機を逸してしまっていた。
「……まったく。こっちは四十階に到達されるだけでも、想定外だったってのに……とんだ傑物どもじゃないか」
そう言って、エレナがまた溜息をつく。
「おかげで、苦労して作った防衛兵器もボロボロだ。外周の砲台とセンサー群は、ちょっと凍っただけだから無事としても――魔力発振器はスクラップだね。アレ高いんだぞ。相場知ってるか? アンタたち」
「……お褒めに与り光栄だが。あの兵器を相手に、加減して勝てるほどの腕じゃないんでな」
小言に対し、ノルドがそんなふうに言い返す。
――エレナはまだ不満そうではあるが、少し笑って。
「戦闘になったら、どのみち壊されるだろうとは思ってたさ。ただ、丹精込めて作り上げた作品を景気よくぶっ壊されたら、それが当たり前の結果だろうと、親心から文句の一つも出るってもんでね」
まあ、また作るか――などと言い、エレナも珈琲を呷った。
「……それで」
話に一区切りがついたところで、フラムが切り出す。
「そろそろ教えていただけますか? 貴方の目的を」
「……そうだな。わざわざ茶まで出して、命乞いってわけでもないだろう」
フラムとノルドに問われ――エレナが珈琲のグラスを置いた。からん、という氷の音が響く。
「こっちも、そろそろ本題に入ろうと思ってたところさ」
エレナはそこで、僅かに思案する素振りを見せてから、話を続けた。
「……ある人物から、あんたたちの話を聞かせてもらってね。協力者たり得るか、防衛兵器との戦闘で実力を見させてもらった。結果は……多少危なっかしくはあったが、合格だ」
「……それはどうも」
ノルドがあからさまに素っ気ない態度を取るので、エレナが言葉を付け加える。
「――誤解がないように言っておくが、別にこっちが上の立場だなんて思っちゃいないよ。確かに、一方的に実力を測りはしたが……少なくとも今からするのは、対等な立場での提案だ」
さらに少しの間が置かれる。
……僕はやや心配しながら、『提案』の内容が話されるのを待っていた。
というのも、『ある人物』が、エレナと何を、どこまで話したのか――それが気がかりだったのだ。
ゆえに――僕は微かな胃痛を感じながら、それを聞くことになった。
「ヴェルラートの現国家元首、レウィンス――あのクソ野郎に、落とし前をつけさせるんだろ? ――協力しようじゃないか」




