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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第二章 - 魔城の主
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魔城の主 第七節

 魔城の迷宮、四十階。


 そこで僕たちを待ち構えていたのは――絢爛かつ荘厳な魔城には、およそ似つかわしくない――巨大人型兵器だった。


「……いや、敵の傾向が機械に偏っていたので、全く予想していなかったわけではないですけど」

 無窮の書を開きながら、そんな言葉が思わず口を突いて出る。

「だからって、このスケールは……」


 その兵器は、目測で――四、五階建ての建物に匹敵する高さがあるように見えた。

 ……しかも、それは地面の上に見えている部分――『腰から上だけ』での高さだ。腰から下は地中に隠れているのか、それとも存在しないのかわからないが――もしあるのだとすれば、この倍以上の全高があることになる。

 設計を間違えたのかと、疑いたくなるような大きさだ。


「……酔狂な奴もいたもんだな」


 ノルドも呆れ半分、称賛半分といった様子で肩をすくめてみせた。

 誰も来ない迷宮の奥で、人知れずこんなものを作り上げるのは、確かに酔狂だと――僕も内心思う。


 ――巨大兵器の、鈍色の装甲が震える。その震動は、一面に広がる金属製の床を通し、僕たちの足元にまで響いてきた。

 そして、兵器の頭部、蜘蛛の複眼を思わせる多数の青い灯火が、一際強く輝くと――遂にその巨体が動き出す。


「――ここで障壁を張り続けます。危ないと思ったら、僕の後ろへ!」


 この空間は開けており、遮蔽物と呼べるようなものが全くない。

 戦術の幅を広げるためにも、僕はこの場所と――可能なら他にもいくつか、強度の高い障壁を展開しておくべきだろう。


 横方向へ振りかぶられた右腕の、その前腕を囲むように取りつけられた装置が眩い光を纏うのが見えた。

 ――どのような攻撃を仕掛けてくるかわからないので、まずは防御を固め、様子見を図りたいが……。


 兵器の右腕がこちらへと迫り始め、前腕の装置に蓄えられた蒼白の光が、奔流となって――さながら光の帯のように照射され始める。

 そして、そのまま――左から右へと振り抜かれた。目が眩むほどの光が、しかし、一秒とかからずに過ぎ去っていく。


「……ッ、大丈夫か?」


「……はい。このくらいなら、まだ余裕があります」


 後方から確認するノルドに、僕は前方を警戒したまま答えた。

 ……初撃から容赦のない大技、その威力と光量には圧倒されたが――障壁の強度は十分足りている。


「――次が来ますよ!」


 フラムが声を張り上げる。

 ――巨大兵器が姿勢を戻すその間に、床や壁面の金属板が数箇所開いて、その裏から砲台が現れていた。


 正面、側面、さらには上方でも光が灯り――魔法弾が斉射された。

 その攻撃に対し、僕は即座に、障壁を全周に拡張することで防ぎ切る。

 ……先程の光帯に比べれば出力は低いが、多方向から狙われるというのは相当に厄介だ。


 さらに――今度は兵器の肩部装甲が展開し、連装型の機銃が顔を出した。

 耳障りな音とともにそれが連射され、障壁とぶつかり火花を散らす。


「……手数が多いな」


「あの魔法弾の砲台から潰しませんか? 今の銃弾は、私たちに付与してもらった自動障壁で防げそうですし。ね、クランスさん?」


「……そうですね。あの機銃だけなら、問題なく防げるかと」


 障壁が受けた攻撃の情報は、無窮の書によって数値化され、確認できている。

 フラムの予想通り、機銃の威力はここまでの攻撃の中で最も低く、自動障壁でも余裕を持って防げる程度のものだった。


 そうして作戦を練る間にも、幾条もの魔法弾が飛来し、障壁に当たっては消える。

 ……砲台は床と壁、そして天井の、あらゆる位置に仕込まれているらしく――次々に新しいものが現れては砲撃し、それが終わると、再装填のためか再び金属板の下に隠れる……という動作を繰り返していた。


「……その前に、一つ試してもいいか、クランス」


 氷の魔剣を床に突き立て、ノルドが問うた。


「はい、何でしょう」


「この障壁の後方を、少しだけ開けることはできるか? 魔力を外に出せる程度の、小さい隙間で構わない」


「……なるほど、わかりました」


 その注文だけで、彼の大凡の狙いはわかる――ここを動くことなく、魔法で敵の本体を直接攻撃できるなら、それに越したことはない。


 ――障壁の構造を作り変え、後方に僅かな隙間を設ける。

 無窮の書によって追加された視界により、そこを流れていくノルドの魔力が、はっきりと見て取れた。


 銃弾を受ける度に火花を散らす、障壁の向こう側で――不可視の魔力が巨大兵器に向かって、金属の床板の上を滑るように流れていく。

 ……だが。


「……!」


 ある程度近づいたところで、まるで壁にでもぶつかったように、魔力の流れは左右に分かれてしまった。

 ――ノルドの反応からも、それが意図した動きでないことはわかる。


「……さすがに、対策されてるか」


「あれ、ダメだったんですか?」


 一人、魔力を視ていなかったらしいフラムが、残念そうに訊いた。


「……魔力避け、とでも言うのがわかりやすいか。遠くから魔力を流そうとしても、一定の距離で押し返されるな」


 ならば、と言わんばかりに、魔力の流れを変え、今度は空中に氷柱を作り出すノルド。

 ――魔力のままでは敵の本体に近づかせることができないが、魔氷という『物体』にしてしまえば関係がない、ということか。


 ……だが、相手の反応は迅速だった。

 壁面から、魔法弾を放つ砲台が追加で出現すると――生成された魔氷に対して砲撃を行い、それを粉砕してしまった。


「……なるほど。直接干渉する魔法も、弾体のある魔法も無意味、と」


「……厄介ですね」


「ああ」

 しかし、ノルドはそこで微かに笑い。

「だが、完璧な体制ってわけでもない」


 ――暫し、行き場を失っていたノルドの魔力が、再び目的を持って流れ始める。


「おや、さては何か、いい策を思いつきましたね」


 と、フラムはどこか楽しそうだ。


「相手の周囲にある魔力避けだが、斥力はそこまで強くないようだ。懐にさえ入れれば、魔法を叩き込めるだろう……問題は、周囲からの攻撃が執拗で、本体に近づきにくいことだが」

 そう説明しながら、ノルドが魔力を繰り続ける。

「この体制の欠点は……その魔力避けが、『本体の周囲にしかない』ところだな」


 刹那――床、壁面、天井。

 立方体に近いその空間の、全ての面が凍結し、白銀に覆われる。


 その大規模な凍結魔法から逃れたのは、巨大兵器の周囲と、僕たちを護る障壁の内側だけ。

 展開されていた砲台は完全に静止しており、新たな砲台が展開される様子もない。


 ……これだけの規模の魔法を行使すれば、急な疲労感や、眩暈に襲われてもおかしくないものだが――ノルドは涼しい顔をしている。

 やはり、この探索者は只者ではない。


「なるほど、これなら弾幕は張れませんね。お見事です」


 周囲を見回しながら、フラムがそんな称賛の言葉を口にした。


「――さっさと片付けるとしよう。懐に入って……いや、もう魔法を潰されることもないのか」


 床に浅く突き刺さっていた剣を抜いて構え直しながら、ノルドが言うと――フラムが片手に宝石、もう一方の手には剣の柄のような物体を持って、その前へと出た。


「では、私が斬り込みますかね。新参者とはいえ、見せ場の一つもなしというのは、格好がつきません」


「厄介な砲台が動かなくなったとはいえ、本体は健在だ。気を抜くなよ」


「ええ、もちろん」


 ――方針が決まったようなので、僕もそれに応じて動き出す。


「では、障壁を正面だけに戻し――」


《武装損害率、五十パーセントを突破……防衛フェーズ移行……魔力発振器、リミッター解除……》


 ――そんな機械音声によって、僕の言葉は遮られてしまった。


「なんか、ヤバそうなこと言ってますけど!」


「……わざわざ警告とは、親切な奴だな」


「暢気なこと言ってる場合ですか!」


 フラムとノルドがそんなやり取りをしている間にも、再び巨大兵器の腕部武装――おそらく、あれが魔力発振器――に、光が蓄えられていく。


 数秒の後――今度は、右から左へと光帯が薙ぎ払われた。

 絶大なエネルギーの衝突に、障壁が軋むが――予測された威力に合わせて強化を施したため、破られることはない。


「まだ来ます!」


 さらに障壁を強化しつつ、そう警告する。

 視界では、まだ捉えられていないが――無窮の書が齎した情報を見れば、右腕も同様の攻撃を準備していることは明白だった。


「……これが過ぎたら反撃だ。一気に行くぞ」


 ノルドが剣を構えつつ言った。


「がってん!」

「……はい!」


 敵の右腕が床と水平になり、光帯が照射される。

 またも障壁が悲鳴を上げるものの――その冗談のような高出力を、三度(みたび)防ぎ切った。


 そして、光が完全に過ぎ去ったのを確認し、障壁の形状を変更する。

 ――その瞬間、待っていたと言わんばかりに、ノルドとフラムが、左右からそれぞれ同時に飛び出した。


 ノルドは、光帯が過ぎ去るより前から――空中の高い位置に、無数の氷柱を生成していた。

 それらは、巨大兵器の背面と基部から現れた新たな砲台によって、今まさに撃ち落とされ始めているが――


「砲台の数が足りません、ね!」


 その隙にフラムが火球を放ち、基部側の砲台を吹き飛ばす。……床や壁面の砲台をほとんど凍結されたことにより、相手の迎撃能力は著しく低下していた。

 その状態で、こちらが手数を重視した魔法と連携によって畳み掛ければ――飽和攻撃が成立する。


 背面の砲台を保持しているアームが、大きく動く。どうやら、今度はフラムに狙いを定めようとしているらしかった。


 しかし――フラムの背から炎の翼が現れ、その姿は空中へ大きく飛び上がる。

 標的の急な動きを追い切れず、アームが右往左往している間に――ノルドが連続して放った氷柱が、二つのアームを破壊。さらには、飛翔するフラムが高速で空間を横切り、兵器両腕の魔力発振器を――巨大な前腕もろとも、炎の剣で溶斬してみせた。


「……さて、そろそろネタ切れですかね」


 宙返りを決めてから華麗に着地して、フラムが言う。

 少し離れたところで、ノルドも氷の魔剣を担ぎ、巨大兵器を見上げていた。


 肩部の機銃が、性懲りもなく二人に銃撃を試みるが――自動障壁で完全に防がれた挙句、ノルドが追加で放った氷塊で氷漬けになり、機能を停止する。


「……苦し紛れに自爆でもされたら面倒だ。終わらせよう」


 そう言ってノルドが剣を構え直した――その時。


《武装損害率、九十パーセントを突破……防衛フェーズ移行……フィールド解除、緊急障壁展開……強制送還装置、作動準備……》


 巨大兵器の胴体をカバーするように、基部から頭部までを、青色をした多重障壁が覆い尽くす。


「……なんて?」


「自爆より面倒なことを……!」


 悪態をつきながら兵器の近くへと向かう二人に、僕も走って合流する。


「フラム、まだいけるか」


「ええ。あと一撃……いえ、三、四撃くらいは余裕です」


「……なら、俺が障壁を極低温で止める。とどめは任せた」


「任されました」


 言い終わるが早いか、ノルドは再び剣を床に突き立て、魔力を流し始めた。


「クランスは……そうだな……今から掛けられる保険があれば、頼む」


「わ、わかりました」


 ……この期に及んでは、僕がサポートできることは多くない。

 精々、極低温による障壁の無力化を、ほんの僅かに加速するとか、障壁が消えた時に、なけなしの攻撃を追加で撃ち込むとか――そんなところだ。

 ノルドも、なんとなくそれをわかっていて、今の指示を出したのだろう。

 ……障壁の低温化は片手間にサポートしつつ、間に合わなかった場合の、次善の策を考えることにする。


《強制送還実行まで、三十秒……》


「……意外と待ってくれるみたいだな」


 ノルドが失笑しつつ、そう言った。

 既に多重障壁の一枚目は、ほとんど消えかかっている。このペースなら十分間に合うだろう。


《強制送還実行まで、二十秒……》


 残っている障壁は一枚。それも、忽ち暗くなっていき――


「フラム!」


「――これで……どうだ!」


 気合の入った掛け声と共に――フラムの炎剣が、今までで最も強く、眩く輝き。

 太陽の如き刃を以て、巨大兵器を一閃した。


 ――兵器の胴体を覆う鈍色の装甲が。

 その内に収められていた部材が。

 魔力を送る配管や配線が――呆気なく断ち切られ。

 各部に灯っていた青色の光が、魔力の供給を失い、消える。


 ……それは紛れもなく、この兵器が停止した証左だった。


「……やったか」


「勝った! 魔城の迷宮、踏――」


《強制送還実行まで、十秒……》


「――は?」


 フラムが、どうしようもなく間の抜けた声を出す。

 確かに、目の前の巨大人型兵器は停止したはずだが――


「……ッ!」


 ノルドが地を蹴る。

 ――それと同時に、僕も『それ』に気づいて――強制送還の実行が停止しない原因を、理解した。


 強制送還のカウントが始まった時、多重障壁で巨大兵器を覆ったのは、『この兵器こそが本体である』と確信させるためのミスリード。

 ……その時点で一片の疑いも抱かなかったからこそ、『第六感の結晶飾り』を持つ、ノルドまでもが欺かれたのだろう。


 そして実際には、巨大兵器は本体ではなく――その背後、ずっと死角になっていた壁面。

 そこに取りつけられた、薄い箱型の装置こそが――この防衛兵器の本体だった。


 その『本体』も、ノルドが最初に放った凍結魔法を受けていたはずだが――何らかの対策がされていたのか。詳しい理由は不明だが、結果的には稼働し続けたということになる。


「間に合えッ――!」


《強制送還を実行……》


 ――何とも、狡賢(ずるがしこ)い手を使ってくれたものだ――。

 氷剣を携えて跳躍した、ノルドの後ろ姿は――足元から立ち上った転送時の光に遮られ、見えなくなった。


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