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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第二章 - 魔城の主
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魔城の主 第四節

「……最初は感動しましたけど、こうも景色が変わらないと……さすがにちょっと飽きてきますね?」


 探索は順調そのもの……なのだが、フラムが言うように、目に映る光景は全くと言っていいほど変化がなかった。

 三十九階まで登って――正確には、下って――きたわけだが、迷宮に施された幻影は、豪奢な城の内部を模すばかり。

 強いて変化を挙げるとすれば……敵の傾向がこれまでにも増して、機械系に偏っていることくらいか。


「この迷宮に限った話でもないだろう」


「でも、せっかく内装にこだわってるのに、全体の構成がちょっと手抜きというか。もう少し変化があってもいいと思うんですよね」


 ノルドとフラムの会話を聞きながら、僕もこの迷宮について思い返してみる。


「……エントランスにあった庭園とか、その気になれば使えそうですよね」


「ええ。他にも礼拝堂とか、図書館とか地下牢とか……城にありそうな場所、というだけなら、私でもいくつか思いつきます。まあ、迷宮のデザインなんてしたことないので、それを作る場合にかかる労力が、どれほどのものかはわかりませんが」


「はは……まあ、言うだけならタダですから」


 ――管理者の端くれである僕も、しかしそういった作業の経験はないため、要する労力については知見がなかった。


「……さて、お喋りは一旦そこまでにしておけ。今度はそれなりに、数が多そうだ」


 ノルドが氷剣に魔力を纏わせ、構えた。


 ……周辺スキャンの情報によると、この先は真っ直ぐな一本道ではあるが――左右にごく短い袋小路が、等間隔で存在している。

 前方を見ると――その袋小路から、今まさに、敵が湧き出してきていた。


「おや、大物……は、言い過ぎか。中物……中型……の敵も、混ざってますね」


 フラムが何度か言い直しながら、先陣を切って宝石を投げた。

 ――込められた魔力が敵の眼前で激しい放電を起こし、小型の機械はそれだけで、いくつか機能停止に陥る。


 だが、それでは止まらないものも少なくない。

 新手――砲塔を思わせる、複数の銃口を備えた中型機械が、こちらの位置を捉えたらしく、一斉射撃へと移った。


 ――当然、その攻撃は誰にも届かない。最前に立つノルドと、その斜め後方に立つフラム目がけて飛来した弾丸は――彼らの近くに現れる、無数の小さな障壁によって、尽く弾かれていた。

 あの程度の威力であれば、無窮の書によってノルドとフラムに施された『簡易自動障壁』だけでも、十全に対処できる。

 そして、書の持ち主である僕は、より強力な自動障壁で護られているので、流れ弾を意に介する必要もない。


 ノルドが地を蹴り――弾丸が飛来する中、強引に敵の懐へと飛び込んだ。

 未だ殺到する小型機械をまず一閃して薙ぎ払い、続く刺突で中央の砲塔型を一機破壊。さらに、その攻撃と同時に生成していた二本の氷柱が、左右の砲塔型へ叩き込まれる。


 ――だが、その奥から第二波。またも小型の群れと、砲塔型が二機。

 ノルドであればその程度、難なく処理してしまうことだろうが――


「妨害します」


 僕も、見ているばかりでは申し訳が立たないというもの。


 前方へ魔力を送り込み、敵の足元で発動させる。

 ――鈍い音と共に、小型機械は低く浮き上がり、砲塔型はバランスを崩して倒れた。

 弱い衝撃を与えるだけの、いわゆる非殺傷系魔法だが――隙を作るにはこれでも十分。

 特に、砲塔型のような重心が高い機械であれば、一度倒れてしまったら、姿勢を戻すのに時間を要するはずだ。


 案の定、倒れた砲塔型は格納されていたアームを用いて、姿勢を戻そうとしたが――それだけの時間があれば、ノルドが次の攻撃を準備し終えないはずがない。再び前方へ飛び込むと、大きく横へ、回転するように薙ぎ払った。

 ――斧頭のように成形された剣先の魔氷によって、重量を増したその一撃は、砲塔型を二機まとめて、容易く砕く。


 その一撃の直後に、難を逃れていた小型機械が殺到するが――それらは、連続して飛来した光弾によって、残らず撃ち抜かれる。

 フラムの周囲に浮遊している、複数の宝石から放たれた攻撃だった。


「……打ち止めか」


「けっこう多かったですね」


 ノルドが納刀し、フラムは引き寄せた宝石をエプロンの裏に仕舞う。


「この迷宮にしては珍しいな。……ここの主も、いよいよなりふり構ってられないか」


「もしかしたら、最下層が近いのかもしれませんね」

 スキャンで得た情報を確認しながら言う。

「……このフロアは、もうすぐ終点みたいです」


「じゃあ、やっぱり四十階が最下層なんですかね?」


「それは見てみるまでわからないが――何が出てきてもいいように、準備はしておけ」


「なら、下りる前に一度休憩したいですね」


 と、フラムが提案する。

 ここまで、まともな戦闘は今の一戦だけではあったが――三十階から休みなく進んできたので、心理的な余裕のためにも、休憩を取るのは悪くないだろう。

 それに、ノルドとフラムは多少、魔力も消耗したはずだ。


「僕も賛成です。……安全に休める場所があるといいんですが」


 一本道の角を曲がると、その先に扉が見えた。

 各階層の最後にある、三つの扉と同じデザインだが――ここには扉が一つしかない。


 三人がその扉をくぐると――そこは、多くの机と椅子が置かれた、やや広い部屋になっていた。


「……談話室、ですかね?」


 フラムが不思議そうに呟く。これほど物が置いてある部屋は、この迷宮では初めて見る。


 ノルドが最初に進み、手近な椅子と机を、手甲で軽く叩いた。

 ――いかにも木製の家具、といった音が返ってくるだけで、特段おかしなところはない。


「……どういうつもりか知らないが、ひとまず危険はなさそうだ」


「いかにも休んでけって感じですね。ありがたいですけど」


 そう言ったフラムが、分厚いクッションを備えたソファに、勢いよく腰掛ける。

 弾力で、フラムの体が上へと少し跳ね返った。


 ノルドが机を挟んでフラムの対面に座ったので、僕はさらにその隣へと失礼する。

 ソファはふかふかとしており、座り心地はなかなか良い。……幻影ではない、高級そうな家具だった。


「迷宮の中だってこと、忘れちゃいそうですね、これ」


「まあ、いきなり罠が作動したり、敵が出てきたりはしないと思うが……少しは気を張っておけよ」


「それはもちろん。さすがに居眠りとかはしません」

 言いながら、フラムが辺りを見回す。

「……でも、せっかく上品なお部屋なのに、お茶もお菓子もなし、というのは……やっぱりちょっと気配りが足りてないと思います、魔城の主さんは」


「討ち入りに来た探索者を丁重にもてなす奴もいないだろう……懐柔するつもりならともかく……」


 呆れ気味にノルドが言う、その横で――


「まあ、ないものは自分で用意するしかないですよね」


 僕は、虚空からお茶菓子とティーセットを取り出してみせる。

 ――ノルドは少し面食らったような顔をし、フラムはその目を輝かせていた。


 しかし、無窮の書で異空間に収納していたものでも――たとえば、熱湯を熱いまま維持しておくことはできない。

 ……いや、『技術的には可能』なのかもしれないが、現在の仕様では、温度変化や食品の腐敗などを防ぐようには、なっていなかった。


 別の方法としては、『沸騰した湯』というものを、魔力によって一から生成するという手も、あるにはあるのだが――物質の生成ともなると、無窮の書が接続している、迷宮管理局本部の演算装置を頼らなくてはならない。そんなつまらないことに管理局の演算リソースを割くな、という話だ。


 ……そもそも。例えば貴金属や稀少遺物、あるいは通貨などを大量に生成しようものなら、地上の経済状況に影響を与えかねないので、物質生成機能は基本的に使用禁止である。

 正当な理由を添えて申請すれば、許可が下りて使えるかもしれないが……少なくとも、茶を淹れるための熱湯を作る申請など、万に一つも通らないだろう。


 ゆえに――ティーセットと一緒に取り出した『湯を沸かす遺物』で、熱湯ができるのを待つ。

 その間に、手持ち無沙汰な三人はまた、取留めのない会話に興じていた。


「そういえば、宝石魔法も使えたんだな、フラムは」


「ええ。……あれ? ヴェルラートを出る時にも少しは使ってましたけど、気づきませんでしたか」


「……言われてみれば、魔法も少しは使ってたか……予告なしに閃光弾を投げまくってた印象が、どうにも強くてな」


 ノルドにどこか嫌味っぽく言われ、眉を顰めるフラム。


 それを横目に、僕は沸いた湯をティーポットに注ぐ。蓋をして、この後は暫く蒸らしだ。

 ……本当は先に、ティーポットとカップを温めておく行程があるのだが――通常の迷宮ならともかく、この部屋では用済みとなった湯を床に撒くのは、さすがに憚られた。

 ……こういう場合にも備えて、捨てた湯を入れるための器も用意しておくべきか。


「そういえば、クランス」


「――はい、なんでしょう」


 あれこれと考えていると、ノルドが僕に話を振ってきた。


「……答えにくくなければ、でいいんだが」

 ノルドはそう前置きして。

「よければ、探索者になった理由を訊きたいと思ってた」


「……あー……」


 答えやすいか、答えにくいかといえば――非常に答えにくい質問だった。


 馬鹿正直に答えるとすれば、『僕は迷宮管理者という存在であり、探索者のフリをして地上の調査を行っている真っ最中です』となってしまう。

 ……当然、そんな事実を赤裸々に伝えようものなら、即座に彼らの記憶処理を行った上で、後ほど始末書を書く羽目になるのが目に見えている。

 つまり、どうにか誤魔化さなければならないのだが――嘘を言えば、『第六感の結晶飾り』を持つノルドに、嘘であると気づかれてしまう可能性が、非常に高い。


「……この世界を、知るため……ですかね……」


 ――捻り出した答えがそれだった。一応、嘘は言っていない。


「……なんと言うか、ざっくりというか、ふわっとした答えですね……?」


 フラムが不思議そうに首を傾げる。ノルドもなんだか複雑な顔をしている。これはまずい。


「え、えーっと、その、せっかくこんな遺物に適合したので。人の役に立ちたい、この世界を良くしたい、という考えがあって……そのためには、まずこの世界を知ることから始めないとですから。そういう意味です」


 ……こんな感じで大丈夫だろうか。二割くらい嘘が入ってしまったような気もするが……。


「――そうか。いい理由だ」


 と、ノルドが納得したという面持ちで微笑んだ。……とりあえず、悪い印象は与えなかったようなので、一安心か……?


「……む。なんですかノルドさんその目は。いかにも『フラムのやつとは大違い』とでも言いたげじゃあありませんか」


「……そんなことは思ってないが、クランスのことを少し見習った方がいいんじゃないか、とは思ってる」


「だいたい同じじゃないですかそれ! 私の動機を何だと思ってやがりますか!」


「成り行き」


「……っ。反論できない……」


 フラムが拳を握りしめて、ぷるぷると震えている。


「……まあ、戦うための技術と道具があるなら、そういう選択にもなる。他にやりたい仕事でもあれば別だろうが……給仕の仕事でも探すか?」


「いいえ。少なくとも今は結構です。レウィンスの野郎をぶちのめすという目的もあるので」


 ふん、とフラムが鼻を鳴らして、マシュマロを一つ、口に放り込みつつ喋り続ける。


「で、そういうノルドさんはどうなんですか。さぞかしご立派な動機をお持ちなんでしょうね」


「俺は……話すと長くなりそうだが」


「お茶する間に終わらないほどですか」


「……そこまでではない、と思うが。楽しい話ではないぞ」


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