魔城の主 第四節
「……最初は感動しましたけど、こうも景色が変わらないと……さすがにちょっと飽きてきますね?」
探索は順調そのもの……なのだが、フラムが言うように、目に映る光景は全くと言っていいほど変化がなかった。
三十九階まで登って――正確には、下って――きたわけだが、迷宮に施された幻影は、豪奢な城の内部を模すばかり。
強いて変化を挙げるとすれば……敵の傾向がこれまでにも増して、機械系に偏っていることくらいか。
「この迷宮に限った話でもないだろう」
「でも、せっかく内装にこだわってるのに、全体の構成がちょっと手抜きというか。もう少し変化があってもいいと思うんですよね」
ノルドとフラムの会話を聞きながら、僕もこの迷宮について思い返してみる。
「……エントランスにあった庭園とか、その気になれば使えそうですよね」
「ええ。他にも礼拝堂とか、図書館とか地下牢とか……城にありそうな場所、というだけなら、私でもいくつか思いつきます。まあ、迷宮のデザインなんてしたことないので、それを作る場合にかかる労力が、どれほどのものかはわかりませんが」
「はは……まあ、言うだけならタダですから」
――管理者の端くれである僕も、しかしそういった作業の経験はないため、要する労力については知見がなかった。
「……さて、お喋りは一旦そこまでにしておけ。今度はそれなりに、数が多そうだ」
ノルドが氷剣に魔力を纏わせ、構えた。
……周辺スキャンの情報によると、この先は真っ直ぐな一本道ではあるが――左右にごく短い袋小路が、等間隔で存在している。
前方を見ると――その袋小路から、今まさに、敵が湧き出してきていた。
「おや、大物……は、言い過ぎか。中物……中型……の敵も、混ざってますね」
フラムが何度か言い直しながら、先陣を切って宝石を投げた。
――込められた魔力が敵の眼前で激しい放電を起こし、小型の機械はそれだけで、いくつか機能停止に陥る。
だが、それでは止まらないものも少なくない。
新手――砲塔を思わせる、複数の銃口を備えた中型機械が、こちらの位置を捉えたらしく、一斉射撃へと移った。
――当然、その攻撃は誰にも届かない。最前に立つノルドと、その斜め後方に立つフラム目がけて飛来した弾丸は――彼らの近くに現れる、無数の小さな障壁によって、尽く弾かれていた。
あの程度の威力であれば、無窮の書によってノルドとフラムに施された『簡易自動障壁』だけでも、十全に対処できる。
そして、書の持ち主である僕は、より強力な自動障壁で護られているので、流れ弾を意に介する必要もない。
ノルドが地を蹴り――弾丸が飛来する中、強引に敵の懐へと飛び込んだ。
未だ殺到する小型機械をまず一閃して薙ぎ払い、続く刺突で中央の砲塔型を一機破壊。さらに、その攻撃と同時に生成していた二本の氷柱が、左右の砲塔型へ叩き込まれる。
――だが、その奥から第二波。またも小型の群れと、砲塔型が二機。
ノルドであればその程度、難なく処理してしまうことだろうが――
「妨害します」
僕も、見ているばかりでは申し訳が立たないというもの。
前方へ魔力を送り込み、敵の足元で発動させる。
――鈍い音と共に、小型機械は低く浮き上がり、砲塔型はバランスを崩して倒れた。
弱い衝撃を与えるだけの、いわゆる非殺傷系魔法だが――隙を作るにはこれでも十分。
特に、砲塔型のような重心が高い機械であれば、一度倒れてしまったら、姿勢を戻すのに時間を要するはずだ。
案の定、倒れた砲塔型は格納されていたアームを用いて、姿勢を戻そうとしたが――それだけの時間があれば、ノルドが次の攻撃を準備し終えないはずがない。再び前方へ飛び込むと、大きく横へ、回転するように薙ぎ払った。
――斧頭のように成形された剣先の魔氷によって、重量を増したその一撃は、砲塔型を二機まとめて、容易く砕く。
その一撃の直後に、難を逃れていた小型機械が殺到するが――それらは、連続して飛来した光弾によって、残らず撃ち抜かれる。
フラムの周囲に浮遊している、複数の宝石から放たれた攻撃だった。
「……打ち止めか」
「けっこう多かったですね」
ノルドが納刀し、フラムは引き寄せた宝石をエプロンの裏に仕舞う。
「この迷宮にしては珍しいな。……ここの主も、いよいよなりふり構ってられないか」
「もしかしたら、最下層が近いのかもしれませんね」
スキャンで得た情報を確認しながら言う。
「……このフロアは、もうすぐ終点みたいです」
「じゃあ、やっぱり四十階が最下層なんですかね?」
「それは見てみるまでわからないが――何が出てきてもいいように、準備はしておけ」
「なら、下りる前に一度休憩したいですね」
と、フラムが提案する。
ここまで、まともな戦闘は今の一戦だけではあったが――三十階から休みなく進んできたので、心理的な余裕のためにも、休憩を取るのは悪くないだろう。
それに、ノルドとフラムは多少、魔力も消耗したはずだ。
「僕も賛成です。……安全に休める場所があるといいんですが」
一本道の角を曲がると、その先に扉が見えた。
各階層の最後にある、三つの扉と同じデザインだが――ここには扉が一つしかない。
三人がその扉をくぐると――そこは、多くの机と椅子が置かれた、やや広い部屋になっていた。
「……談話室、ですかね?」
フラムが不思議そうに呟く。これほど物が置いてある部屋は、この迷宮では初めて見る。
ノルドが最初に進み、手近な椅子と机を、手甲で軽く叩いた。
――いかにも木製の家具、といった音が返ってくるだけで、特段おかしなところはない。
「……どういうつもりか知らないが、ひとまず危険はなさそうだ」
「いかにも休んでけって感じですね。ありがたいですけど」
そう言ったフラムが、分厚いクッションを備えたソファに、勢いよく腰掛ける。
弾力で、フラムの体が上へと少し跳ね返った。
ノルドが机を挟んでフラムの対面に座ったので、僕はさらにその隣へと失礼する。
ソファはふかふかとしており、座り心地はなかなか良い。……幻影ではない、高級そうな家具だった。
「迷宮の中だってこと、忘れちゃいそうですね、これ」
「まあ、いきなり罠が作動したり、敵が出てきたりはしないと思うが……少しは気を張っておけよ」
「それはもちろん。さすがに居眠りとかはしません」
言いながら、フラムが辺りを見回す。
「……でも、せっかく上品なお部屋なのに、お茶もお菓子もなし、というのは……やっぱりちょっと気配りが足りてないと思います、魔城の主さんは」
「討ち入りに来た探索者を丁重にもてなす奴もいないだろう……懐柔するつもりならともかく……」
呆れ気味にノルドが言う、その横で――
「まあ、ないものは自分で用意するしかないですよね」
僕は、虚空からお茶菓子とティーセットを取り出してみせる。
――ノルドは少し面食らったような顔をし、フラムはその目を輝かせていた。
しかし、無窮の書で異空間に収納していたものでも――たとえば、熱湯を熱いまま維持しておくことはできない。
……いや、『技術的には可能』なのかもしれないが、現在の仕様では、温度変化や食品の腐敗などを防ぐようには、なっていなかった。
別の方法としては、『沸騰した湯』というものを、魔力によって一から生成するという手も、あるにはあるのだが――物質の生成ともなると、無窮の書が接続している、迷宮管理局本部の演算装置を頼らなくてはならない。そんなつまらないことに管理局の演算リソースを割くな、という話だ。
……そもそも。例えば貴金属や稀少遺物、あるいは通貨などを大量に生成しようものなら、地上の経済状況に影響を与えかねないので、物質生成機能は基本的に使用禁止である。
正当な理由を添えて申請すれば、許可が下りて使えるかもしれないが……少なくとも、茶を淹れるための熱湯を作る申請など、万に一つも通らないだろう。
ゆえに――ティーセットと一緒に取り出した『湯を沸かす遺物』で、熱湯ができるのを待つ。
その間に、手持ち無沙汰な三人はまた、取留めのない会話に興じていた。
「そういえば、宝石魔法も使えたんだな、フラムは」
「ええ。……あれ? ヴェルラートを出る時にも少しは使ってましたけど、気づきませんでしたか」
「……言われてみれば、魔法も少しは使ってたか……予告なしに閃光弾を投げまくってた印象が、どうにも強くてな」
ノルドにどこか嫌味っぽく言われ、眉を顰めるフラム。
それを横目に、僕は沸いた湯をティーポットに注ぐ。蓋をして、この後は暫く蒸らしだ。
……本当は先に、ティーポットとカップを温めておく行程があるのだが――通常の迷宮ならともかく、この部屋では用済みとなった湯を床に撒くのは、さすがに憚られた。
……こういう場合にも備えて、捨てた湯を入れるための器も用意しておくべきか。
「そういえば、クランス」
「――はい、なんでしょう」
あれこれと考えていると、ノルドが僕に話を振ってきた。
「……答えにくくなければ、でいいんだが」
ノルドはそう前置きして。
「よければ、探索者になった理由を訊きたいと思ってた」
「……あー……」
答えやすいか、答えにくいかといえば――非常に答えにくい質問だった。
馬鹿正直に答えるとすれば、『僕は迷宮管理者という存在であり、探索者のフリをして地上の調査を行っている真っ最中です』となってしまう。
……当然、そんな事実を赤裸々に伝えようものなら、即座に彼らの記憶処理を行った上で、後ほど始末書を書く羽目になるのが目に見えている。
つまり、どうにか誤魔化さなければならないのだが――嘘を言えば、『第六感の結晶飾り』を持つノルドに、嘘であると気づかれてしまう可能性が、非常に高い。
「……この世界を、知るため……ですかね……」
――捻り出した答えがそれだった。一応、嘘は言っていない。
「……なんと言うか、ざっくりというか、ふわっとした答えですね……?」
フラムが不思議そうに首を傾げる。ノルドもなんだか複雑な顔をしている。これはまずい。
「え、えーっと、その、せっかくこんな遺物に適合したので。人の役に立ちたい、この世界を良くしたい、という考えがあって……そのためには、まずこの世界を知ることから始めないとですから。そういう意味です」
……こんな感じで大丈夫だろうか。二割くらい嘘が入ってしまったような気もするが……。
「――そうか。いい理由だ」
と、ノルドが納得したという面持ちで微笑んだ。……とりあえず、悪い印象は与えなかったようなので、一安心か……?
「……む。なんですかノルドさんその目は。いかにも『フラムのやつとは大違い』とでも言いたげじゃあありませんか」
「……そんなことは思ってないが、クランスのことを少し見習った方がいいんじゃないか、とは思ってる」
「だいたい同じじゃないですかそれ! 私の動機を何だと思ってやがりますか!」
「成り行き」
「……っ。反論できない……」
フラムが拳を握りしめて、ぷるぷると震えている。
「……まあ、戦うための技術と道具があるなら、そういう選択にもなる。他にやりたい仕事でもあれば別だろうが……給仕の仕事でも探すか?」
「いいえ。少なくとも今は結構です。レウィンスの野郎をぶちのめすという目的もあるので」
ふん、とフラムが鼻を鳴らして、マシュマロを一つ、口に放り込みつつ喋り続ける。
「で、そういうノルドさんはどうなんですか。さぞかしご立派な動機をお持ちなんでしょうね」
「俺は……話すと長くなりそうだが」
「お茶する間に終わらないほどですか」
「……そこまでではない、と思うが。楽しい話ではないぞ」




