魔城の主 第三節
「この辺りは片付いたか」
前方で、警邏機械を手際よく破壊した後のノルドが、氷剣を鞘に収めて言った。
……あまりにも手際が良いので、僕が出る幕はほとんどないに等しい。
『無窮の書』によるサポート担当とはいえ……ここまで戦闘を任せっきりにしていると、なんだか申し訳ない気持ちだ。
酒場での待ち合わせは無事、定刻通りに果たされ――僕は二人に、どうにか『魔城の迷宮』を探索できるよう、極力自然な誘導……もとい、説得を試みた。
結果として――多少、怪しまれてしまったかもしれないが――二人がそれを承諾してくれたため、こうして再び、魔城の迷宮の三十階へと戻ってくることができていた。
交渉の材料は――魔城の迷宮が踏破されていない理由が、運次第の扉の存在に起因していること、『第六感の結晶飾り』があれば、おそらくそれを突破できること。三十八階以降は前人未踏のため、戦利品が期待できるかもしれないこと。……収入が見込めない場合、暫くは僕が肩代わりできること、など。
そんな理由を並べた上で、もしヴェルラートへ急ぎたいのならそれでもいいと、ダメ元での交渉ではあった。
しかし、ノルドはヴェルラートへの反攻には慎重な姿勢のようで、資金面の問題を考えなくていいのなら、魔城の迷宮を探索するのも吝かではない、と言ってくれた。
フラムの方は、複雑そうな顔をしていたが――彼女としては、ヴェルラートの悪事を一刻も早く止め、これ以上の犠牲者が出るのを防ぎたい気持ちがあるのかもしれなかった。
「さて……ここは直進だな」
ノルドが『直感』で判断し、進む先を決めていく。
……僕も周辺のスキャンにより確認はしているが、ほぼ最短経路を進んでいるようだった。
――直感、という表現が不自然に感じてしまうほどの、恐ろしい精度の高さである。
正面には、絢爛な城の回廊――を、模した道が続いていた。
……改めて見ても、シャンデリアに天井画、窓、大鏡など、幻影だというのに手が込んでいる。窓の外には風景まで見えているのだから、職人のようなこだわりすら感じられた。
そういえば、昨日来たときには考えなかったが――この幻影を作ったのは迷宮管理者なのか、それとも現在の『主』によるものなのだろうか。
きちんと調べればわかるはずだが、探索中にやることではないので――それは一区切りがついてからとしよう。
回廊を進み、角を曲がって、その先の開けた空間へと至る。
「……おや、あれが噂の扉ですか」
いち早く気づいたフラムが、部屋の左手へと歩いていく。――その先には、三つ並んだ木製の扉があった。
「思ったより小さいですね……もっと仰々しい感じかと」
――僕が想像していたのは、エントランスの最初の部屋にあったような、背丈の倍近い大扉だったので――思わずそんな感想が漏れた。
目の前の扉は、一般的な人の背丈に少し余裕をみた程度――つまり普通の大きさだった。多少、高級感のある造りではあるが、それを除けば至って普通の扉に見える。
……さて。問題は、ノルドが正解の扉を見分けられるか否かだが――。
「どうですか? ノルドさん」
フラムが振り返って問う。対するノルドは――
「問題ない。左の扉が『当たり』だ」
淀みなく、そう答えた。それを受けて、フラムは軽快な足取りで、さっさと扉を開けてしまう。
「……少しは警戒したらどうだ」
「いやぁ、ノルドさんが出した答えを信用してますし。それに、万が一ハズレを引いても、扉がいきなり爆発したり、床が抜けたりはしないと思いますよ」
……ノルドは何か言いたげだったが、フラムが次の言葉を待たずに扉の向こう側に隠れてしまったので、小さく溜息だけをついてから歩き出した。僕も遅れないよう、それに追従する。
「……目論見通りに進んでよかったです」
「そうだな。問題は、あと何回これをする必要があるか、だが……」
ノルドの言う通り――この迷宮が何階まで続いているのかわからない以上、長丁場に備える必要はある。
……もっとも、そのうちにスフィラが偵察で得た情報を送ってくれる予定なので、僕だけは先んじて、その情報を知ることができるはずだが。




