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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第二章 - 魔城の主
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魔城の主 第一節

 前を行くノルドが、自慢の氷剣を閃かせ、小型の魔獣を連続で斬り伏せた。


「――後ろからも来ます!」


 クランスの警告に、私は後方へと向き直る。蝙蝠にも似た有翼の魔獣が三体、横並びに飛んでくるのが見えた。


「お任せを」


 魔力を充填した宝石を投げ――それが敵に最接近したタイミングで起爆。青白い雷光が弾け、それに打たれた魔獣たちが地に墜ちた。

 そうして狙いを定めやすくなったところで、すかさず投げナイフを連続投擲――魔力によるブーストで十分な加速を得たナイフが、三体の魔獣の急所を、正確に射抜いた。


「これでよし、と」

 手元へと戻ってくる宝石を受け止めながら。

「後方はクリアです」


 ……しかし、その報告への応答はない。


 気づいてみれば、薄暗い迷宮の空間に響いているのは、私の足音ばかり。

 ――焦って振り向くも、そこにノルドとクランスの姿は、まるで最初からいなかったかのように、消え失せていた。


 ……何らかの罠にかかってしまったのだろうか。

 想定外の事態に、思わず一歩後ずさって――ぴちゃ、という嫌な水音が、耳に届く。


 ……音の方向、即ち足元を見ると――暗碧色の床を覆い隠すように、赤黒い血溜まりが広がっていた。

 その血は当然、私のものではない。

 魔獣のものでも、ノルドとクランスのものでも、ない、はず――。


 その血溜まりが、急に飛沫を上げた。

 私は咄嗟に足を退けようとするが、それは叶わず――バランスを崩し転んでしまう。


 そして、姿勢が変わったことで、なぜ足が動かなかったのか、その理由が理解できた――血溜まりの中から現れた、人の手が――私の足首を掴んでいる。


 血溜まりから次々に手が現れる。両腕をも掴んで拘束され、服に赤黒い染みが広がっていく。

 私は、否応なしに背筋が凍りつくのを感じながら――しかし、これはきっと『そういう罠』なのだと、そう自身に言い聞かせて。努めて冷静に、この状況を打破するための方法を考えようと――


「やあ」


 ――後方から、唐突に声が響く。


「やっと来てくれたんだ」


 その声。


 私が、よく知った――しかし、二度と聞くことは叶わないはずの、その声に。

 それまでの思考が、全て白紙に戻ってしまう。


 恐怖だけではない。罪の意識、悲しみ、嘆き――様々な感情が入り混じって頭の中を埋め尽くす。

 唯一できたことは――後ろを、振り返ることだった。


「……酷い有様だろう? 我ながら、なかなかに凄惨な死に様だと思うよ」


 頭からは流血し、片腕はなく。脇腹は大きく裂かれている。


 それでも、その姿。

 赤毛のポニーテールに、薄紫の瞳。見間違えようもない。


「……スフィラ、私――」


「言い訳かい? せっかくだし、聞かせてもらおうかな。私が深層に向かうのを止めずに、見殺しにした理由を、さ」


 ――言葉が、出てこない。焦燥も、混乱もある。だがそれ以上に――


「どうしたの? 今なら聞いてあげるって言ってるんだけど」


 もう何を言おうと、何をしようと。


「……思いつかないのかな。じゃあ、しょうがない――」


 謝罪も、贖いも、祈りも、慰めも。何の役にも立たないことを。


「――報いを受けろ。ここで死んだ――お前が見殺しにした、全ての人の分を」


 私が許されることはない、と――思い知ったのだ。



   ***



 カーテンの隙間から、黄金色の光が差し込んでいる。


 上体を起こし、顔を顰めながらカーテンを開けた。

 早朝の日光がベッドを明るく照らし出すのを、目を細めて耐え――頭痛と眩しさでくらくらしながらも、直近の記憶を呼び覚まそうと、思考の糸を手繰り寄せる。


 ……スフィラに、背中から心臓を貫かれたのは……夢だったようだ。


 その、さらに前の記憶は――そうだ、魔城の迷宮から戻ってきて、クランスに夕食を奢ってもらい……酒を、飲んだ。


 そこからは記憶が曖昧だ。

 いったいどのくらい飲んだのか――記憶にあるのは一杯だけだが、記憶の飛び具合と、この頭痛からして――調子に乗って、相当な量を飲んでしまったのかもしれない。


 そして、現在の状況は……窓から見える景色には全く見覚えがないものの、おそらくどこかの宿屋だ。

 十中八九、ノルドが酔っ払いの介抱という迷惑を被ってくれたのだろう。

 ……さすがに、私が酔った勢いで、行きずりの男と一夜を明かした――なんてことはないと思いたい。

 服は昨日着ていたものから変わっていないし、特に乱れてもいないので、その可能性は低そうだが。ベッドだってどう見てもシングルサイズ、なんならこの部屋自体が一人用の――。


 と、そこでようやく。私が寝ているベッドの隣に、もう一つベッドがあることに気がつく。


 そして、そこには――当然ではあるのだが――ノルドが寝ていた。



「よくも! やってくれやがりましたね! 人が泥酔したのをいいことに相部屋なんて!」


「……いや、まあ、悪かったが……そんなに怒ることか?」


「乙女の一大事ですよ! お嫁に行けなくなったらどうしてくれるんですか!」


「? 嫁に行く予定があるのか?」


「……ないですけど! そういう話をしているのではなく!」


 ノルドは腑に落ちないといった表情で、未だベッドの上に座っている。

 寝ぼけているわけではない……と思うのだが、彼がそんな調子なので、私もどう怒ったらいいのか、だんだんわからなくなってくる。


「オンターに薦めてもらった宿なんだが……二人部屋しか残ってなかったんでな。他にアテもなかったし、酔っ払いを連れてあれ以上歩くのは、気が進まなかった」


 ……そう言われてしまっては、反論できなかった――そもそも、泥酔したのは私の落度である。

 一時の感情に任せてつい怒ってしまったが、それが落ち着いてくると……こうして怒っている私自身が、なんだか逆に恥ずかしくなってきて。


「……いや、まあ……自力で歩けないほど酔ったのは私が悪いので、今回はお咎めなしにしますけど……っていうか、別に二人部屋でも……いいですけど。心の準備というものがあるので! 一言ほしいです、事前に!」


 などと、我ながら浅ましい発言しか出てこなかった。


「あと――私だからいいものの、他の女性に同じことしちゃダメですからね!」


「……? あぁ」


 ベッドから降りつつ、ノルドが生返事をする。わかっているのかいないのか……。


「まあ、フラムの方も」

 隣に立ったノルドが、頭一つ上の高さから言う。

「今後、酒には気をつけろよ」


「……それは私も、ちょっと――いや、かなり、反省してます。……おかげで、酷い悪夢も見ましたし」


 確かなことはわからないが……頭痛もしていたし、あの悪夢も、きっと酒のせいだろう。


 ……あれが、単なる夢でよかったと、そう思う反面――夢で見たあの光景こそが、私の迎えるべき末路のようにも、思えてならなかった。


 いずれ全ての問題を片付けたら、これまで私が重ねてきた罪――ヴェルラートの受付で、見て見ぬふりをしてきた犠牲者たちの存在に――向き合わなければならない。

 いっそ、あの夢のように――スフィラたちが現れて、憎悪を込めた刃で、私のことを斬り刻んでくれたら。

 それで彼らの魂が、幾分かでも安らぎを得られるのなら――そうしてほしいとさえ思う。


 それほどまでに――そんなことでは到底足りないほどに、私の犯した罪は重かった。


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