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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第一章 - 迷宮管理者の地上紀行
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迷宮管理者の地上紀行 第八節

 スフィラからは――無窮の書を通じ、宿は確保済みであると連絡が入っていた。

 ノルドがオンターに教えてもらった宿とは逆方向だったので、彼らとは酒場を出てすぐ、別れることになった。


 万が一にも、ノルドたちと同じ宿になってしまっては、要らぬ面倒が増えてしまうかもしれない――スフィラの取った宿が酒場から遠めの立地なのは、そのあたりを考えてのことだという。

 ――オンターが勧めるであろう宿の逆方向、かつ最寄りの宿でもないため問題ないとは思うが、もし被ってしまった場合は念のため一報をくれ、と添えられていた。


 結果的に、彼らとは宿が被らなかったことを報告してから――歩き出して暫く経つ。そろそろ、目的地が見えてくるはずだ。



「やあ、おつかれさま」


 宿のエントランスに入ると、腕組みして壁に寄り掛かっていたスフィラが、僕に向かって片手を軽く挙げてみせた。


 スフィラの言葉を受け、ここ半日の出来事が思い起こされる。

 交渉に始まり、観光、探索、そして夕食――。

 何だかここまでの疲れが、今になって一気にのしかかってきたような気がした。


「……そんなに大変だったかい? それとも、気疲れというやつかな」


「……そんなところですね。スフィラさんも、さぞお忙しくされていたのでは?」


 やむを得ない事情があるとはいえ、面倒を丸投げしてきたと言っても過言ではないスフィラに、僕は嫌味も込めつつ訊いてみた。


「うん、それはもういろいろと、アレとかコレとか――いや、本当に調べ物はしていたとも。ここではなんだ、続きは部屋で話すとしようじゃないか」


 舌打ちが出る寸前の僕の顔を見て、スフィラが慌ててそう促した。



「さて、何から話そうか……とりあえず、『魔城の迷宮』の情報からがいいかな?」


「そうですね」


 一人用の部屋を二つ借りたので、当然だがそれぞれの部屋に椅子は一脚だけ。

 そのため、僕は椅子に、スフィラは何もない空中に腰掛けて――もとい、浮いていた。


「では……まず、最も気になっているであろうところから。魔城の迷宮は、あれほど危険度が低いにも関わらず、なぜ今も踏破されていないのか、という問題について」


 ――確かに、それは僕もずっと考えていたことだった。

 いくら『稼げない』迷宮とはいえ、好奇心とか、あるいは自身の実績とするために、踏破を目指す者もいたはずだ。

 未だに踏破されていないということは、それなりの理由があるに違いない。


「……まあ、答えは割とシンプルでね。三十階から先は、次の階層へ進むのに運が絡む、ということらしい。より具体的には、『次の階層に進む扉が三つあり、正解は一つだけで、残り二つのハズレを選ぶと迷宮から放り出される』……なんというか、子供が考えたようなシステムさ」


「……それを、毎階層やらされると……?」


「ああ。当然、正解を当てるためのヒントも何もない、完全な運だね」

 スフィラが肩をすくめてみせる。

「ちなみに、最高で三十七階まで到達した、という記録が残っていたよ。それだけでも、ざっくり二千分の一という確率だ。迷宮が何階まで続いているかは知らないが……仮に四十階まで、十回連続成功が必要としても、およそ六万分の一という幸運を引かなければならない」


「もし、それよりも迷宮が深かった場合は……それこそ、天文学的な確率になってきそうですね」


「察するに……魔城の迷宮の主は、よほど迷宮を踏破されたくないようだ。どんな理由があるのかは知らないが……迷宮管理者としては、少々親近感が湧かなくもないね」


 ……と、僕はそこで、一つの考えが浮かんだ。


「……スフィラさん、その仕組みであれば……ノルドさんなら難なく突破できるんじゃ……?」


「いかにも」

 スフィラは不敵な笑みを浮かべて。

「我々迷宮管理者であればその程度、朝飯前の寝ぼすけさんでも余裕綽々といったところだが……おそらくノルドくんも、『正解の扉』を見分けられるだろうと予想している。……いやまあ、ノルドくんが、というよりは、『第六感の結晶飾り』を持っていれば、という方が正確だが」


「……それなら、問題なく踏破できそうですね。……そもそも魔城の迷宮に行く理由がもうない、という点を除けばですが」


 魔城の迷宮に入ったのは、僕の実力を二人に見せることと、そのついでに収入を得ること、という二つの目的があったからだ。

 前者は――雑魚ばかりが相手ではあったが、一応達成できている。

 そして後者は――魔城の迷宮では、土台無理な話だった。


 ……それを踏まえて考えれば、ノルドたちが明日、再度魔城の迷宮へ向かうとは考えにくい。

 ――しかし、スフィラはまだその笑みを崩さず、調子良く言う。


「うむ。そこで、クランスくんにはどうにかあの二人を説得して、再び魔城の迷宮に挑んでもらいたい」


「なんでですか。嫌ですよ」


「初対面だった今日より、よっぽど交渉はしやすいと思うけどねぇ」


「そういう問題じゃ……そんな強引に説得しようものなら、さすがにボロが出ますって」


「気にする必要はないよ、ボロなんていずれ出るに決まっているんだ。そうなったら、対象者の記憶をちょっとばかり、(いじく)らせてもらうだけさ」


 ……この上司ときたら、迷宮管理者の『緊急手段』を、さも当然のことのように言う。

 上から怒られてしまえ。


「……まあ、真面目な話をすると、魔城の迷宮も、我々の管理を離れたのに存続している『偽迷宮』だからね。遅かれ早かれ調査をする必要はある。それなら――多少強引でも、協力者がいるうちにやってしまった方が、効率がいい」


「……はぁ。焦って失敗しないといいですけどね」


「確かに、調査計画としては急拵えにも程がある。だから私も出よう」


「やっと働いていただけますか」


「今の今まで私が働いていなかったかのような言い方は嬉しくないなぁ」


「実際、今日は何をされていらしたんですか、具体的に」


「ふむ。魔城の迷宮についての情報収集、この宿の手配、本来の調査項目をいくつかと、今後の調査候補地の選定、管理局への報告――」


 ――リストにまとめてあるのか、スフィラが自身の無窮の書を見ながら、すらすらと列挙していく。……意外にも、仕事は真面目にこなしていたのか。


「――あと、時間が空いたので、メイネス・エン・ヴェーダ社の新工場と研究所をこっそり視察したり」


「……は?」


「いやいや、これも調査の一環だからね? 半分、私の趣味というのは否定しないが」


「半分ではなく、ほとんどの間違いでは」


「――まあ、明日からはそんな暇もなくなりそうだ。クランスくんたちより先に、迷宮の最深部までお邪魔してこようと思うのでね」


「……なるほど」


 スフィラが先行して偵察し、必要な情報を逐次、僕の無窮の書へ送信する――忙しないやり方ではあるが、事前に情報があるのとないのとでは大違いだ。


「そうだ、それで今のうちに訊いておきたいんだが。クランスくんが今日潜ってみて、何か新しい情報とか、気づいたことはあったかな?」


「――ええ」


 僕も、そのことに思い至ったところだった。

 魔城の迷宮、エントランス――絶景を映す幻の裏側から、こちらを見ていた影について。


「――ふむ。女の子ねぇ」


「多分、ですけど。距離があったので」


 僕の説明を聞いて、興味深いとでも言いたげに、空中に座ったスフィラが脚を組み直す。


「……いずれにしても、迷宮のエントランスと深部を隣接させるなんて、なかなか大胆なことをするなぁ」


「いったい何が目的で、そんな構造にしたんですかね」


「さあね。訊けそうだったら本人に訊いてみるよ」


「……それはちょっと、どうかと思いますけど」


「うん、まあ基本はこっそり調べて回るだけにするさ。姿を現すのは、場合によって、だね」


 そう言いながら――スフィラは虚空からティーセットを現出させると、慣れた手つきで紅茶を注ぎ始めた。


「クランスくんもいかがかな? まだ寝るには早いし、紅茶の一杯くらいは平気だろう」


「……いただきます」


 僕の返答を聞くより早く、スフィラは再び虚空に手を突っ込んで、ティーカップとソーサーを一客、追加で取り出していた。


「さて、それで……他に話すことはあったかな」


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