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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第一章 - 迷宮管理者の地上紀行
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迷宮管理者の地上紀行 第七節

 ……日がすっかり暮れた頃。


 自分、フラム、クランスの三人は、受付に併設された酒場へと戻ってきていた。

 対面に座ったクランスはともかく、隣のフラムは――疲労、というよりは……意気消沈といった風情だ。



 オンターが心配していた通り、『魔城の迷宮』は、あまりに安全すぎた。


 一階での観光を終えた後、三十階に転移したはいいが――出てきた敵といえば、他の迷宮で嫌と言うほど見かける警邏機械や、最下級の魔獣ばかり。

 おまけにその数はお世辞にも多いとは言えず、集めた素材を全て売り払っても、三人分の質素な夕食と宿代が精々……という有り様だった。


 探索受付の方を見ると……相も変わらずそこへ立ち寄る者はなく、カウンターの内側でオンターが黙々と事務仕事に励んでいた。

 自分たちが帰還報告をした時もそうだったが……それほどまでに探索者が来ない理由も、今では身に沁みて理解できている――この迷宮は、『稼げない』のだ。


「……ま、まあ気を取り直して、夕食にしましょう」


 クランスが努めて明るく言うが――そういえば、彼はこちらの懐事情について知らなかったか。


「今日こそはお肉、お腹いっぱい食べたかった、なあ……」


「……この実入りで無茶を言うな。今日は粉物で我慢しろ」


 死にそうな顔で言うフラムに現実を叩きつける。

 安くて腹持ちの良いものを選べば、なんとかまともな食事にはなるだろう。


「……あの、もしかして……不躾な質問ですが。素寒貧でいらっしゃる……?」


「……ヴェルラートの銀行には寄れなかったからな」


「今頃差し押さえられてるんですかね、私たちの財産……」


 フラムがどこか遠くを見ている。向こうに何か大事なものでも置いてきたのだろうか。


「なるほど。そういうことでしたら、ここは僕が奢りますよ」


 ――刹那、絶望の淵にあったフラムの瞳に、光が戻った。

 屍のようにうなだれていた身体が、水揚げされた活魚か何かのように跳ね起きる。


「本当ですか! ありがとうございます! 一生ついていきますクランスさん!」


「……奢りというのも悪い。余裕ができ次第、返すが……」


 大層現金な新参探索者の発言に、そう横槍を入れてみたものの。


「いえいえ、気にしないでください。お二人にはこれからお世話になるわけですし……どうしてもということなら、いつかご飯を奢り返していただければ、それで」


「奢ります! めっちゃ奢ります! 三倍にして返しますので!」


 クランスには断られ、フラムもこの調子であれば……仕方がない。


「……なら、今は厚意に甘えるとしよう。恩に着る」



   ***



「かんぱーい!」


 フラムが上機嫌に果実酒のグラスを掲げるので、一応、それに合わせてグラスを少し前に出す動作で返した。

 他人の金を借りているも同然なのに酒まで頼むのはいかがなものか、とは言ったのだが……クランスは当然止めず、フラムも遠慮をしないので、結局こうなった。


「か、乾杯」


 クランスも、やや苦笑いしながら、リンゴジュースの入ったグラスを前へと掲げた。訊いたところ、酒は飲めないとの答えだった。


 自分の飲み物は、といえば……一見ワインにも見える、グラスを満たした赤紫の液体は、実際のところ、単なるブドウジュースだ。

 酒が嫌いとか、苦手というわけではないが……特に好んで飲もうとも思わない。


 ――グラスを傾ける。

 甘みと酸味、そして葡萄特有の、少しの渋みが口の中に広がった。よく冷えている。


 グラスを置いて、今度はナイフとフォークを手に、肉料理の皿に取り掛かる。

 ――酒場というと、料理は大皿に載せた状態で出され、取り皿を使ってそれぞれに分ける、という形式のことも多いが……この酒場では、最初から一人分で用意されたサラダやステーキなどのセットを、一揃えとして出すことが多いらしかった。

 理由はわからないが……その方が観光客には評判がいいとか、そんなところだろうか。



 そうして暫くの間、三人は黙々と食に励んでいた。

 ――フラム同様、自分もおよそ二日ぶりにしっかりとした食事にありつけたため、気づけば食べることだけに集中してしまっていた。

 あらかた食べ終えて、グラスを何度か傾けた後になり、ようやく。


「……そろそろ、明日以降の方針を――」


「そのまえにー、デザートたのみましょー!」


 ……嫌な予感がして、隣の新参探索者を見る――顔は赤いし、身体は明らかに傾いているし、手つきも危なっかしければ呂律も怪しい。

 たった一杯の酒で、ここまで酔うものか……。


 そして、どうやらデザートをご所望のようだが――どちらかといえば今のフラムに必要なのは、酔い醒ましに頭から被るための氷水だろう。


 しかし――いかんせん、こんな状態のフラムを見たのは初めてなので、下手なことをすれば、何をしでかすかわからない。

 子供のように駄々を捏ねられようものなら、悪目立ちするばかりだ――そう判断を下し、すかさず給仕を捕まえ……仕方なく、アイスクリームを追加で注文した。


「……注文が嵩んで悪いな。一応訊くが、懐は大丈夫か」


「ま、まだまだ余裕ですので、ご心配なく……」


 そう言ったクランスの顔は引きつっていた。懐事情のせいではなく、この酔っ払いのせいで。


 こんなことなら、もっと早く明日の予定について話しておくべきだった――変わらず上機嫌で独り言を喋り続けるフラムの横でそう反省し、深く溜息をついた。



   ***



 秋の夜――風が吹くと、少し肌寒いくらいの空気。

 こういった夜は、個人的には好きだった。地面に落ちる月明かりで、おそらく空には綺麗な月が出ているであろうこともわかったが……さすがに、今それを見上げる気分にはならなかった。

 その理由は当然――


「おしゃけ……のみたりにゃいえす……」


 ――などと宣う、この酔っ払いのせいだ。

 外の冷たい空気に当たれば、少しはマシになるかと思ったのだが……現状、その気配はない。


 ほとんど夢見心地のフラムに肩を貸して歩きながら、オンターに教えてもらった宿を目指す。

 それほど遠くないのが幸い――あるいは、こうした酔っ払いを客にできることを考え、あえて酒場の近くに店を構えているのかもしれないが――ともかく、この状態で延々歩かされなくて済むのはありがたい。


 教わったのと同じ名が書かれた看板を見つけ、エントランスに入る。

 受付には、男が一人いるだけだった。


「――今から泊まれるだろうか。二部屋お願いしたいんだが」


「あいにく、今日はもう一部屋しか空いてないんだ。二人部屋ではあるんだが……」


 その答えに、ふむ、と考えを巡らせる。

 ……正直、これ以上酔っ払いを担いで歩くのは御免被りたかった。


「……なら、その部屋で構わない。幾らだ?」


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