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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第一章 - 迷宮管理者の地上紀行
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迷宮管理者の地上紀行 第四節

「あ、あのー……」


 探索受付に併設された酒場。私が、同行者であるノルドと二人、適当な席に座り――注文を済ませてから間もなくのこと。

 近づいてきた足音の主に、そう声をかけられた。


 見ると、年若い青年――少年と言えなくもないか――が、そこに立っていた。なんとなく、ぎこちない笑顔だった。


「……何か?」


 ノルドが、愛想の欠片もない……なんなら威圧的にすら聞こえる声で返すので、私はそれを窘めるように視線を送ってみたものの――当の本人がそれに気づいたかどうかはわからない。


「うちのが無愛想でごめんなさい。何かご用ですか?」


 青年が気圧されたように硬直していたので、こちらから改めて訊いてみた。

 すると、少し緊張がほぐれたのか、先程よりは自然な表情になって。


「その……探索に慣れていそうな方々だったので。もしよければ、同行していただけないかな……と」


 ……いわゆる、パーティへの勧誘だった。


 ノルドに目配せする。

 こういったことに関しては、ほとんど受付の仕事しかしてこなかった私よりも、探索者として相応の経験を積んでいる彼に、判断を任せるべきだろう。

 ……それに、この青年が、腕利きの探索者とパーティを組むことで、労せずして分け前を得よう……といった魂胆でいる可能性もある。

 そのあたりは、きっとノルドの『直感』で判断がつくはずなので、とにもかくにも、まずは彼の反応を待つべきだ。


「……名前と、ランクを聞いても?」


 ノルドの返答はそれだった。

 ――すぐに追い返さないということは、とりあえず、この青年に悪い企みがあるわけではなさそうだ。


「クランスといいます。探索者ランクはⅣです」


 ランクⅣ――驚きと同時に、疑いも持たずにはいられない申告。

 これまで私は、『財宝の迷宮』に挑む探索者を数多く見てきたが、この若さでランクⅣというのは珍しい。

 あるいは、若く見えているだけで、実年齢はもっと上、という可能性もあるが。


 ……などと、偉そうなことを考えている私だが、一方で自身のランクはというと――探索者としての最初の登録を、つい先程済ませたばかりなので――最低ランクのⅠを得たばかりだった。


「……使っている武器と、得意とする戦い方について――」


「ちょっといいですか、ノルドさん」

 そのまま話を続けようとしたノルドの言葉を、椅子から立ち上がりつつ遮る。

「話が長くなりそうなら、まずは座ってもらうべきかと」


「……そうだな」


 その返答よりも早く、私はノルドの隣へと速やかに移動し、クランスには、今し方自分が座っていた、ノルドの対面となる席へと促した。

 ――注文した品はまだ来ていないので、今なら料理の皿を動かす手間もない。


「それと、こちらも自己紹介しませんとね。私はフラムといいます。で、こっちの無愛想なのが――」


「ノルドだ。……改めて、使っている武器と、戦術……それに得意な魔法なんかもあれば、教えてくれ」


 私の斜め前に座るクランスが、また少し緊張した表情を見せる。

 しかし、おもむろにその右手を前へと差し出した。


 その動作とほぼ同時。何もない空間に、突如として青白い光が弾け――現れた物体を、クランスの右手が受け止めた。


「これが、僕の武器……というには、ちょっと攻撃が苦手ですが。防御や補助については高い性能を誇る遺物、『無窮の書』です」


 クランスが、手にしていたものをテーブルに置く。

 ――真っ白な装丁に、金色の繊細な装飾が施された、厚みのある書物だった。


「その名前……聞いたことはありますけど……」


「……一般的には、あまり価値のある遺物とは見做されていないんですよね」

 困ったように笑いつつ、クランスが書を開く。表紙と同じく、ページも真っ白だ。

「ただ、稀にこの遺物と適合して、隠された力を引き出せる人がいるんです。僕もその一人で」


 クランスが白紙のページに手を翳すと、書を取り出した時と同じ、青白い光がページを駆け巡り、いくつかの四角形が浮かび上がる。

 ……ちょうど、転送陣の制御盤と同じようなデザインで、様々な情報が表示されていた。


「一例ですが……例えば周辺の地形情報を確認するとか、相手の武装・推定魔力量、魔獣が相手であればその種類等から、推奨される攻撃と防御方法を提案・実行したり、周囲の情報を常に観測して、敵からの攻撃を自動的に防いだり……とにかく、様々なことが行えます。ちなみに、出力に制限はありますが、使用できる魔力はほぼ無限です」


「……えっと、なんて?」


「……すみません、簡単に言うと、戦闘の強力なサポート兼、武器としても――」


「あ、いや、ごめんなさい。そうじゃなくって、最後……なんて言いました? 魔力が無限……?」


 再確認するも、しかしクランスは淡々とした口調のまま答える。


「はい、一応有限ではあると思うんですが、底が全然見えないので。実質無限、と言った方が正確ですかね」


 ――さすがに冗談では? と思い、ノルドの方を見てみるが――私と同様に、彼も目を丸くしているだけだった。……まさか『無窮』の名が、そんな意味で偽りなしとは。

 クランスは私たちの驚きを意に介していないのか、はたまた気づいていないだけかは知らないが、その調子を崩さず説明を続ける。


「ただ、明確な欠点も一つあって……出力に制限があると言いましたが、特に攻撃に関しては、自動的に威力が低く調整されてしまうんです。この特性のせいで、敵に致命傷を与えることは困難を極めます」


「……なるほど。それで、攻撃役を探していたと」


 酒場の給仕が、二人が頼んでいた飲み物と軽食を運んできた。

 ――なんとなく視線を感じた気がするが、おそらくは私が着ている給仕服のせいだろう。この酒場の給仕とは似ても似つかない格好なので、ここの給仕に間違われる可能性はほぼない……つまり、単に珍しがられただけだ。

 もっとも、この服はヴェルラートにいた頃の制服というわけでもなく、完全に私の趣味なので、そういった好奇の目で見られるのには慣れている。


「もう一つ、訊いておきたい」

 冷たい珈琲を一口飲んでから、ノルドが質問を続ける。

「探索の行き先と目的についてだ。……何故、迷宮に挑む」


 その問いに、クランスは短い思考を挟んだ後、答えた。


「……目下の目標は、ヴェルラートの『財宝の迷宮』。……そこに隠された、悪事を暴くことです」


 ――その名前が出る可能性は、低いと思っていた。


 この街――トラルウィクに来るまでの道中で、ヴェルラートの悪事について噂を流してもらうよう、各所へ頼んできたのは他ならぬ私たちだ。

 しかし、それからまだ一日余りしか経っていない。噂というものは得てして急速に広まるものだが、さすがにまだ、ここまでは届いていないと考えていた。


 それに――仮に噂が届いていたとしても、そんな不確かな情報を耳にしただけで、すぐに行動を起こす者など、そうはいない。

 特段の事情……例えば、友人がヴェルラートに渡っているので、早急に止めに行かなければならない、とか――そういった事情があるなら話は別だが、急ぐ理由がないのなら、情報の精度が上がるまで待つのが普通だろう。


 それゆえに、クランスの答えは意外であり、同時に期待できた。

 どこから情報を仕入れたにせよ、その目的が私たちと同じであるなら、願ってもないことだ。

 ……しかし、もしクランスが、以前からヴェルラートの秘密を知っていたのであれば、私の素性は伏せておくべきだろうか。『元ヴェルラートの探索受付』だと知られては、要らぬ警戒をされてしまうかも……いや、むしろ正直に伝えた方が誠実に映るだろうか。


「……どこでその情報を? 噂でも聞いたのか」


 ノルドがクランスに問うた。

 ――私は、期待と不安が入り混じった思いで、クランスの答えを待つ。


「いえ――偶につるんでいる、探索者の先輩がいるんですが、その人から聞きました。確かな情報……の、はずです」


「ほう……?」


「情報通な方がいらっしゃるんですね」


 私の反応に対し、クランスはどこか気まずそうに見えた。


「……それで、正直に言ってしまうと」

 歯切れ悪くクランスが続ける。

「フラムさんとは面識があったようで――その、聞いていた特徴と同じだったので。もしかしたらと思って声を掛けた、というわけなんです」


「……そういうことでしたか」


 どうやら、素性を明かすべきか否かと悩むまでもなく、それは最初から割れてしまっていたらしい。

 ……クランスの言う特徴というのは、十中八九、私が着ている給仕服のことだろう。奇抜な服装も貫き通してみるものだと、喜ぶべきところだろうか。


「ちなみに、ですが――」

 心にさざ波が立つのを、極力、声色に出ないようにして。

「――その、クランスさんの先輩という方の、お名前を伺っても?」


 だがその問いに対し、クランスは申し訳なさそうに答えた。


「……すみません、ちょっと事情があって、名前は伏せるように言われているんです。……ただ、そのうち顔を出すと思うので、その時には必ず、自己紹介させます」


「……なるほど……あ、単なる私の興味本位ですので、どうかお気になさらず。お会いできるのを楽しみにしておきますね」


 それは実際のところ、興味本位どころか――私にとって、一縷の望みを懸けた質問だった。

 ……冷静に考えてみれば、自分でも馬鹿馬鹿しいと思ってしまうような。


 ……当時の状況から考えて、『あの人』が生きている可能性はゼロに等しい。

 それは嫌というほどわかっているのに――それを信じたくない、認めたくない私の心は、目の前のわずかな希望に、縋らずにはいられなかったのだ。


「それで、どうするんですか? ノルドさん」


 気持ちを切り替え――ノルドに判断を促してみる。必要な情報は訊けたはずなので、そろそろ結論を出してもらわなければ。

 ……私個人としては、仮に同行はしないにしても、今後も情報交換などの交流は持っておきたいと思う。ノルドもそれには同意してくれると考えているが。


「あ、ところで……僕の方から話しかけておいてなんですが。先にお食事を済ませてくださって大丈夫なので! 冷めてしまいますし!」


 すっかり話し込んでしまっていたので――飲み物こそ減ってはいるが、食事の方は二人とも、未だ手つかずだった。

 私が頼んだ焼き菓子はともかく、ノルドが頼んだ串焼きは、温かいうちに食べるべきだろう。

「……すまない、気を遣わせたな。お言葉には甘えるが、結論は先に伝えておく」


 串焼きが乗った皿を手元に引き寄せながら、ノルドが言った。

 クランスが、また少し緊張した面持ちを見せる。


「行き先や方針は、後で詰めていく必要はあるが――同行に異論なしだ。こちらとしても是非、その力を貸してもらいたい。……ただ念のため、一度、実戦でその能力を確認させてくれ」


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