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迷宮管理者の掟  作者: 鶴燈
第一章 - 迷宮管理者の地上紀行
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迷宮管理者の地上紀行 第三節

「さて。それじゃ、この先の方針を決めようか」


 受付を離れ、併設された酒場の席を借りたスフィラが言う。

 ……食事や情報交換の場として、酒場が探索受付のすぐ横に併設されているのは珍しいことではないらしい。規模の小さいところでは、受付の担当が酒場の給仕を兼任していることもあるとか。


「方針って、まずここの迷宮から始めるんじゃないんですか」


 対面に座すスフィラに対し、そう問うた。――そこには当然、言外の意味がある。


 迷宮管理者が『地上』調査で、なぜわざわざ迷宮に潜るのかといえば……その迷宮が、管理者から放棄されたにも関わらず、機能を停止していない――つまり、管理者以外の何者かによって掌握、運用されている可能性が高いからだ。


 本来であれば、管理者から放棄された時点で魔力の供給が絶たれ、徐々に機能を停止、最終的には単なる遺構と成り果てるはずの迷宮が、なぜか存続している――そういった例が、特にここ数年で多くなってきている。

 地上における迷宮技術の解析が日進月歩で進んでいることを考えれば、それ自体は当然の帰結ともいえる。


 そして、この場所――街の名をトラルウィク、そのやや外れに位置する『魔城の迷宮』こそが、最初の探索先になるものと決め込んでいたのだが。


「うーん、そうだな……どこから話したものか」


 そう言ってスフィラは、『席を借りるのに、何も注文しないのは忍びない』と頼んでいた紅茶を啜ろうとしたが、まだ熱すぎたのか断念した。

 暫し、手持ち無沙汰な沈黙が流れる。


「手始めに、現地協力者を探したい。より具体的には、腕の立つ探索者を何人か、ね」


「……なるほど」


「そして、問題はその後だが……いや、結論からいこう。最終目標は、ヴェルラートにある『財宝の迷宮』の踏破……いや、制圧、とでも言うべきかな?」


 ヴェルラート、という土地の名前には覚えがないが、迷宮の名は先程、スフィラとオンターの会話で聞いたばかりだ。


「その迷宮に、何か無視できない問題が?」


「いかにも」



 そこから、スフィラが要点を滔々と説明した。


 『財宝の迷宮』はヴェルラートの島民によって運用されていること。

 探索者を罠で殺害しては遺品を回収していること、その遺品を新たな戦利品に加え、それを餌に、また新たな探索者をおびき寄せ……そうして、島の経済を活性化させていること。

 そして、スフィラはその真実を知ってしまったため、自身が死んだように偽装し、ヴェルラートを離脱したこと……。


「なるほど、だからオンターさんが驚いて……」


「そういうわけだ。こんなところまで噂が届いているのは、少々意外だったがね」


 スフィラが妖しく笑う。この上司がこういう笑い方をするのは、何か悪知恵を働かせている時なので、反射的に少し警戒してしまう。


「……では、その悪事を止めに行く、と」


 それは間違いなく、『調査』という枠を大きく逸脱した行為になるだろう。地上人類への不必要な干渉は禁物、という原則には反するが――迷宮管理者には、それよりも優先される『掟』がある。


 ――より善き世界のために、行動すること。

 ――目の前に救える者がいるのなら、手を差し伸べること。


 漠然としているが、その判断は基本的に、管理者個人それぞれに委ねられている。

 ……ヴェルラートの暗部を暴くことは、世界を善い方向へ動かすはずだし、何より、『財宝の迷宮』の犠牲者がこれ以上増えるのを、指を咥えて見ているつもりは、僕だって毛頭ない。


「そのために、まず協力者探しですか」


「うむ。故にだね、生半可な実力の協力者ではかえって足手まといだ。我々――いや、クランス君がサポートするとはいえ、相当な腕利きを探す必要がある」


 その言い方に、僕は思わず眉間に皺が寄ってしまう。


「……僕一人に丸投げして、自分は留守番するつもりですか」


「留守番だなんてとんでもない、ちゃんと働くとも。ただ、お察しの通り、私はヴェルラートでは死んだことになっている。この顔を覚えている者がいたら、面倒どころの騒ぎじゃないからね。表立って活動なんて、とてもとても」


 その理由はもっともだが、だからこそ溜息が出てしまった。

 よく知らない土地での単独行動……ましてや現地民を引き連れて、危険極まりない偽迷宮の探索をするなど、想像するだけで胃が痛くなる。


「まあ、あまり気負わなくていい。それ以外の調査や雑務はこちらで全てやっておくから、クランス君はその件に集中してくれて構わないよ。もちろん、必要な時には助け舟も出すさ」


「僕が調査と雑務やるんで、スフィラさんがどうにかやってくださいよ……」


「それで、優秀な協力者の探し方についてだが。遺物の所持状況を、一つの指標にしたいね」


 部下からの請願は華麗に受け流して、スフィラが今度こそ紅茶を一口飲んだ。


 確かに、腕の立つ探索者であれば、貴重な遺物の一つや二つ、身につけている可能性が高い。

 他にも、オンターのような顔が広い者を捕まえて、腕利きを探していると訊ねるのも一つの手だが……それらの手段を併用すれば、より確実というものだ。


 とはいえ、仮に優秀な探索者を見つけられても、同行してもらうためには交渉が必須になるだろう。

 ……そのことを考えると全く気は進まないのだが、仕方なく、僕は『管理者権限』を起動した。


 視界の端に青い光が流れ、いくつかの情報と、周辺の地図が映し出される。

 ――それらの文字や図は、宙に描かれているようにも見えるが、正確には僕の視界に直接投影されているものなので、周りから覗き見られるようなことはない。


 僕が思考すると、それに従い表示が切り替わり、不要な表示が縮小されたり、削減されたりしていく。

 最終的に、周辺の遺物反応を地図に表示した状態で固定された。


 この地上調査で『管理者権限』を使うのは、機能テスト以来の二回目なので、スムーズに扱えるかは多少不安だったのだが。


「さて、どうかな?」


「……問題なさそうです」


 対面から訊いてきたスフィラも、おそらく同様の機能を使っているのだろう。


「……ん?」


 と、そのスフィラが怪訝な顔をした。


「どうかしましたか?」


「……いや、これは……いきなり大当たりじゃないかな?」


 その言葉を受けて、表示した地図を縮小してみるが……

 僕たちが『管理者権限』のカモフラージュとして持っている『無窮の書』の反応が、地図の中心にある以外、突出した反応は何も――。


 と、今度は逆に縮尺を大きくしたところで、やっと気がついた。

 重なり合っていて見えなかったが、付近に『無窮の書』以外の反応が三つある。

 それも、目と鼻の先と言えるほどの近距離だ。方向からして、この建物の入口あたりになる。


 ――そうして、僕とスフィラが入口の方向へ視線を向けたのと、その押戸が開かれたのはほぼ同時だった。

 開かれた扉の隙間から、来訪者の影が落ちる。


 まず入ってきたのは、暗灰色のコートを着た銀髪の男だった。

 肩の向こうに、背負った剣の柄が見える。

 背丈は明らかに僕より高く、体格もいい、いかにも探索者といった風貌だ。


 そして、その男に続いて今度は女性。

 襟の高い黒のワンピースに、白いフリル付きのエプロンと、ヘッドドレス……早い話が、その服装は給仕の――メイドが着るそれだった。

 見たところ武装はしていないようだが、あちらは探索者ではなく、単なる付き人なのだろうか。


 ――などと考えていたものの、あまりじろじろと見ていては、要らぬ警戒をされるかもしれないし、そもそも礼を欠いている……そう思い、視線を正面に戻す。


 ――思わず、え、と声が出そうになった。


 そこに、一瞬前まで座っていたはずのスフィラの姿……と、その傍らにあったはずの紅茶のカップが、忽然と消え失せていたのだ。


 しかし、呆気にとられたのは束の間。

 その現象について思い当たる節はあったので、すぐに『管理者権限』で、異なる視界を追加するための操作を行う。

 すると間もなく、消えたスフィラ……と、紅茶のカップが、先程と寸分違わぬ位置に再び現れた。

 ……半透明で、だが。


《急に姿が消えたと思われないように、周囲への偽装工作はしておいた。心配はいらないよ》


 声ではなく、意識に直接伝達される情報として、スフィラからの言葉が届いた。

 ……僕の方も、独り言を喋るわけにはいかないので、同様の手段で言葉を返す。


《突然消えなければならない理由が?》


《うん。だが、これは僥倖と言えるかもしれない。そこの二人……女の子の方だけだが、私の知り合いだ》


 ――それを聞いて、受付へ向かった来訪者の方を横目で見る――スフィラが地上でどの程度顔が広かったのかは知らないが、事前にある程度の情報がある相手なら、協力も取り付けやすいかもしれない。


《おっと、わかっているかもしれないが、私の名前は出さないように頼むよ》


 その言葉の意図を測りかねて、質問の形で返す。


《……警戒されるから、ですか?》


 少しの間を置いて、メッセージが返ってきた。


《それもあるが、どちらかといえば別の心配だ。私がヴェルラートにいた時、彼女――フラムとは懇意にしてもらっていてね。……正直に言うと、彼女はヴェルラート側の密偵などではなく、離反した結果ここにいる可能性が高い、と踏んでいる。大方、隣の男の子と協力して、うまく脱出した……というところかな?》


 受付の方を確認すると、来訪者の二人はオンターと話し込んでいるようだった。会話の内容までは、さすがに聞き取れない。


《彼女は、ヴェルラートで『財宝の迷宮』の探索受付をしていたんだ。暇な時はよくお喋りをしたものさ。……『探索者』だった私の身を、真剣に案じてくれたあの姿勢が、上辺だけのものだったとはとても思えなくてね。――っと、話が長くなってしまうな。要点を先に伝えるとしよう》


 スフィラからの言葉が、意識へと流れてくる。それを聞きながら、紅茶を一口飲んだ。


《もし彼女が……迷宮深部へ探索に向かう私を止めなかったことを、自分が見殺しにしたも同然だと、自責の念に駆られていたとしたら……私の名前は、あまり聞きたくないものだろう。ましてや、私が生きてヴェルラートを脱出していたと知ったら、いずれ自分のもとへ報復に現れる未来さえ、想像してしまうかもしれない》


《……つまり、フラムさんを精神的に追い詰めてしまうかもしれないから、名前は出さないでほしいと》


《そういうことだ》


 向かいに座る半透明のスフィラが、ちょっと申し訳なさそうに苦笑している。


《それはいいですけど……バレるのでは? オンターさんとか、普通に名前を出してしまいそうな気が》


《……あ、しまった。そうだな……オンターに関しては、ちょっと方法を考えておこう》


《不安だなぁ》


《……ま、まあ、もしかしたらフラムも、私のことを『財宝に目が眩んで、身の程を弁えずに無茶して死んだアホ』程度にしか思ってないかもしれないしね? ……いや、それはさすがに私が悲しいけども》


《いっそ、スフィラさんが咽び泣きながら、フラムさんとの再会を喜んでしまった方が早い気がします》


 スフィラが片手で頭を抱えるようにするのが見えた。

 相当に悩んでいる様子だが……やがて、どこか諦めたような、あるいは腹を括ったような微笑みを浮かべて。


《その必要があると判断したら、すぐにそうするとも。なるべく、最良の機会を選んでね。ただ、咽び泣きながら、はナシだ。それは『頼れるお姉さん』という私の沽券に関わる》


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