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7 紹介

ところで僕は、自分の苗字について、何の未練もない。


一番初めの、日向、は、今の僕から見れば特別だった。でも、日向は僕の苗字では無くなった。

次の、木村、にすっかり馴染む前に、母親の再婚と、母親の強い希望で、僕は母の再婚相手の苗字に変わった。木原だ。木村と似ているが、違う。

この木原という苗字は、僕にとっては完全に借り物だった。自分のものではない、という感覚。


そんな僕は、大学三年で、女性を紹介してもらうことになった。

僕には素敵なお嬢様だと思ったし、向こうは、僕の控えめさが気に入ったようだ。そのまま付き合いはじめた。

ちなみに彼女の何かは塗り壁みたいな大きなドーンとした存在感のあるものだった。圧迫感があるし、たまにそれのせいで部屋が暗く感じるが、見た目のおどろおどろしさは他に比べて随分なかったので、慣れることに問題はなかった。


さて付き合う中で、彼女は、僕の苗字へのこだわりのなさを知って、僕に養子になって欲しい、と言い出した。

つまり結婚の話だ。


彼女の家は歴史ある資産家だった。代々続く有名な書の家だという。そして、彼女が跡取りだった。男児がいないどころか一人娘だ。


僕は、家を継ぐことを決めている彼女にとって、非常に好ましい条件を満たしていた。彼女としても、裏方で彼女を支えるおとなしい人が好みの様子。

実際、僕は裏でコツコツするのが好きな性格だから、僕にとっても良い話だ。


婚約するにあたって、僕は彼女の家に連れて行かれた。

彼女のご両親が僕を気にいるかが重要らしい。非常に緊張する話だったが、行かないわけにはいかない。


僕は彼女に言われるがまま、家に行った。

豪邸だった。

この時代にこんな広い家に住んでいるなんて。話に聞いていたし、雰囲気からそうだとは知っていたけれど、間違いなくお嬢様だった。


そして。歴史ある家には、人ではなく、モノにも、何かがついているのだと、見て、知った。

彼女の家のあちらこちら、人はいないのに、何かがただずんでいる。これってひょっとしてお化けなんだろうか・・・。

お化けではあって欲しくないのでそう思いたくはない。


僕は、何かを絶対に刺激しないよう視線も合わせず、黙って彼女についていき、彼女の両親が待つ部屋に行き、ご両親と対面した。

ご両親は見た目は穏やかだった。

何かも、ご両親の後ろでじっとしている。父親の方が塗り壁だった。母親の方は、小さなウサギみたいなのが何匹もいた。まとまって一匹と考えれば良いのだろうか。

塗り壁には動きがない。ウサギはぴょこぴょこ動き回っている。

彼女は父親の方に似たのかもしれない。関係ないかもしれないが。


そんな事で気を紛らわせながらも、僕は彼女の両親との対面という緊張感あふれる時間の中、シャツの中で汗をかきながら、自分について話をした。穏やかな口調でかなり突っ込んだ質問をされたと思う。全部答えた。

なかなかの試練だった。


1時間ほど経って、彼女の父親は立ち上がり、僕についてくるよう促した。

またどっと汗をかきながら、僕は彼女の父親の後ろについて歩く。ちなみに和室だけど椅子とテーブルだったので、足を痺れさせて倒れるなんて失態は見せずに済んだ。


さて廊下に出ると、僕たちの周りをいろんな何かだけが出てきて、一緒に歩く。

百鬼夜行。なんて単語が僕の脳裏に浮かぶ。どこに連れて行かれるのだろうか。


案内された先は、立派な蔵だった。

他にもあるという説明を受けながら、開けられた扉に、僕は息を飲んだ。


家など比べ物にならない、何かが住んでいる。

どれも僕には関心がなさそうだ。


「どうだい」

と彼女の父親に感想を求められた。

「あ、圧倒されます」

と僕は伝えた。恐怖を感じないようにしながら。


彼女の父親は少し困ったような顔をした。

それから中に入り、僕を招く。


勇気を持って僕も入る。

蔵の中、色んなところに何かがいる。何かの箱に、手足の短い、だけど立派な侍みたいな何かがへばりついている。

別方向の棚の上に、泥が幾重にも重なったようなものが、また別の箱を抱え込んでいる。

正面、変なところに切れ込みがあった。そこから何かが顔を出している。僕は見ていない。下の、机にある箱を見つめている。


「結構貴重な品々があってね。せっかくだから気になるのを言ってくれたら、謂れを説明してあげるよ。どれが良いかな」

そんな言葉に、僕は彼女の父親を見る。

説明してくれるのだ。


なら、何かがついているものを尋ねれば、何かが、分かるかもしれない。なぜそんなものが見えるのかも。


どれにする。複数聞けるなんて思わない方がいい。

僕は何かがついているものばかり目を止めてから、やはり、入って正面のものを指差した。変なところに切れ込みがあって、顔を出している何かが、見つめている、机の上の箱だ。

「では、あの、正面にある、机の上の箱のは、何でしょうか?」

「おや。どうしてこれかな」

「正面で、目立つので」

「なるほどね」


彼女の父親が蔵の中を歩き、正面奥の机に辿り着く。僕もついていく。

彼女の父親が手袋をポケットから取り出してはめ、僕にも手袋を渡す。僕もはめた。マスクもつけるように言われてつける。


彼女の父親が箱を開ける。

すると、何かが目を大きく開けて、上から降りてきた。

彼女の父親は見えていないので、気にせず箱から中身を取り出し、机の上に広げてくれた。巻き物だった。

「家系図だよ。資料などで確認する機会が多くて、ここに出しているんだ」

「へぇ・・・」

「巻物は、初めの方を見るのが不便なんだよ。家系図と言ってもこれは一部だけど、今度、このあたりの時代の展示会をするからね」

「へぇー・・・」

と僕は話を聞きながら相槌を打つ。

何かがさらに降りてきて、一人の名前を指差した。気のせいではなく、そこだけスポットライトを当てたように明るくなる。

僕は聞いた。

「この、赤座右衛門ってどんな方ですか?」

「ん? あぁ」


彼女の父親がスラスラ説明してくれる。若くして亡くなったが独特の書を書いた人で、急逝したから作品点数は少ないけれど、愛好者も多い、こちらの業界では大変有名な人、ということだ。

「展示会にも出すから、見にきなさい」

「はい」


僕はそっと、視線を机の上の巻物から上げて、何かを見た。

何かは、目を三日月のように細めて笑っていた。非常に奇妙な、恐怖心を煽る感じの表情で。

なんだろう。この赤座右衛門って名前か何かに反応している。

だけど、これ以上のことは、やっぱり分からないんだろう。これが何かということも、どういう理由でこんな反応をしているのかということも。


説明を聞いても、わからないのは変わりなかった。


彼女の父親は、他にも気になるものがあるかと聞いてくれたので、僕は、何かがついているものと、もう一つは、何もついていないものを尋ねた。

それぞれに歴史があって、教えてもらった。

なぜついているものとついていないものがあるのか、やはり僕には分からない。

もうそんなものなんだろう。そういう意味では分かってきた。



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