6 先に生きている
僕が一気に話している。
三原さんは口を開いた。
「信じてくれる? 見えてるの」
推しはかる様子だ。
「うん、え、僕の側のって、ハンバーガーも持ってるんだよね」
「うん。先生、ハンバーガーそんなに好きなの?」
「いや、好きだけど、そこまででってわけじゃなくて、でも思い当たることがある」
「どんなこと? あと、これ、見えてるのって、なに?」
と三原さんは困ったようになった。
僕とやっぱり同じかもしれない。
そうか。
まさかこんなところで仲間が見つかるなんて。
そして。
まさか僕の方が、見えてる歴が長い年長者なんて。
僕がどうしようか、と考えをまとめようとするのを、待っていられなかったようで、三原さんはさらに言った。
「さっき、急に見えたの! カリンちゃんたちは、まるい、なんか、こんな感じの」
三原さんが、カバンから急いでノートと筆記具を取り出して、絵を描き出した。
「こんなの! こんなのがいる」
「ぁあー。うん。まぁまぁ。あ、先生のも描いてよ」
と僕が頼むと、三原さんは一生懸命描き出した。
「こんなの!」
「あー…へぇー」
三原さんは絵は不得手かも。
だけど、実物を見ている僕から見れば、そうだろうなと判断できる。転校前の中学の、クラスメイトの側にいた、目のギョロっとしたオジサンぽいのが、ぼくの側にはいるようだ。
ただ、僕も描き込まれていて、僕より大きく見えている様子。僕のは普通サイズ…?
まぁ、だとしても。
「そっかー…見えてるなぁ」
と僕はしみじみと言った。
「! 先生も見えてる? 見えてる人!?」
と三原さんが喜びと期待に目を輝かせた。
僕は返事を少し躊躇った。
中学二年から見え出して、高校。もう大学生。
一度も話した事なかった。
なのに。今。
しかも、歳下の女の子相手に話すことになるなんて。思ってもなかった。
僕は肯定することに怖さを感じながらも、三原さんを信じる気持ちで、コクリ、と頷いてみせた。
それから慌てた。僕は小心者だ。
「あ、誰にも言わないで! 今まで誰にも言った事ない。三原さんが初めだ。絶対秘密にして、絶対!」
「どうして?」
「見えないのが普通だと思うし、言い出せなくて」
僕が困り顔で言うのを、三原さんは真面目な顔で見つめる。
「でも先生も見えてるんでしょ。私も見えてる。どうしたらいいか教えて欲しい」
と真剣だ。
しかしだ。
「ごめん、僕も何か全然分かってない。害はないと、思ってるんだけど。気にせずこれが普通だと思って、普通に過ごせるってことだけ分かってる」
「これ普通じゃないよ。二人いたら、他の人に信じてもらえるから皆に言おうよ!」
「うーん。信じるかなぁ」
僕は、動揺を覚えながらも、どこかで嬉しくなり始めていた。
どうやら同じものが見えている人が現れた。なら、僕が狂ってて自分だけの幻覚を見ているわけでは無い。
何かしら、存在する本当のものを、見ているのだ。
「先生、他に見える人知ってる?」
と三原さんは聞いてくる。
「全然。三原さんが初めて会った」
「え、先生一人だったの? どうしよう、お父さんとお母さんに相談したい。良いと思う?」
「うーん、うぅーん、僕は誰にも話さなかったから…もう少し様子を見たら良いんじゃないかなぁ、とか思う。どうやって信じてもらうか考えたら、難しくない? 僕も見えてるって他の人に言ったところで、僕だって他の人にどうやったら信じてもらえるのかって、見えてない人に、見えてないものをさ、説明できるのか、分からないよ」
三原さんは困って、考え込むような難しそうな顔をした。
三原さんについている何かがウニョウニョと動く。
「僕が誰にも言わずにここまで来たのは、言うと頭がおかしいと思われると思ったからなんだ。実際、僕がおかしいんじゃないかって思ってたし。悩んでたけど誰にも言えなかった。だって、ほら、どう言うの? 証拠なんて見せられないよ」
僕の重ねての言葉に、三原さんは表情を強張らせた。
三原さんの何かも動きを止めている。時が止まったみたいに。
まだ小学三年生。辛い話にしてしまったかもしれない。
僕はフォローしようと思った。
「あのさ、僕はずっと同じ人いなくて、こんな話もしたことない。三原さんは僕がすぐいてラッキーだと思う」
「そっか…そうかも。本当、先生がいて良かったよ」
素直な子である。
まぁ、実際僕より恵まれてる。
「何かあったら話は聞くから相談しに来て。本当に何も知らないけど。もし何か分かったら僕にも教えて欲しい」
「うん・・・!」
三原さんは真顔で頷き、それから手に待つお菓子に気づいて、袋を破き始める。表情を緩めてお菓子を食べ出した。
僕も一緒に自分のを食べる。
美味しかったらしく、三原さんがニコニコする。
ついさっきの大号泣を思い出し、今はこんな様子にホッとする。
僕がいて良かったな、と思う。
同時に、僕にとっても晴天の霹靂、ものすごい確率の出会いだろう。奇跡みたいだ。良かった。
こうして、僕は、三原さんの、何かについての先生になった。教えるようなことは、僕は一つも分かってないんだけど。
***
その後、僕は、三原さんの塾のクラスメイトたちに、三原さんは嘘をついてない、と話した。
色んな声が上がる中、僕は、天動説と地動説と、当時の人々のことなどを、持ち出すことにした。
大昔、地球は平らだと皆んな思っていた。それが当時の真実だった。でも地球が丸い、地球の方が動いているって言い始めた人がいる。当時の人は、そんなの嘘だと言った。
当時の人にとっては、地面は平らだというのが本当の事だった。でも、地球は丸い、って言い始めた人にとっては、そっちが本当だった。
人は信じているものを真実だと言う。
信じている世界で生きている。
まぁつまり、そんな話をして本題を誤魔化すことにした。
人によって、ものの見え方や考え方は違う。真実だって人によって違うんだ、なんて言い方をした。
親御さんたちにもこの話は伝わった。子どもたちが出来事を話すからだ。
僕は、子どもたちにこんな説明をしたと話し、僕は三原さんは嘘は言っていないと思います、と答えた。
なお、三原さんの方は、僕との話で、あまり人に言わない方が良い、と思った様子だ。聞かれたり茶化されたら、嘘じゃない、と答えながらも、見えてる、と改めて主張はしなかった。
***
「先生、先生」
三原さんは、僕だけに秘密を打ち明けにくる。
「電柱に、毛虫みたいなおじさんみたいのが登ってるの見た」
「へー、僕が見たことない何かかも」
僕は全くたいしたことのない返答しかできない。
でも、三原さんは一所懸命発見を報告してくれる。
僕の知識は大したものは一つもない。
なのに、僕は三原さんにとっての教科書になるんだと気付かされる。
三原さんはまだ小学三年で、僕の方が大人だからだ。
僕のやり方、つまり、何もしないこと、が最善なのかは分からない。
だけど見本は僕だけ。
見本にされるような過ごし方はしていない。そう思うだけに、これで良いのか僕が不安になるわけだけど。
自分の、大したことがないと思う考えや判断が、他の人にとっては大切な教えになる。と、三原さんといると分かる。
僕は、先生なのだ。
とはいえ、三原さんは僕より活動的だ。謎を解明してくれるかもしれない。
それに僕は期待している。他力本願だ。
三原さんの目標は、見える仲間をもっと見つけて、活躍すること。
アニメの影響かなぁと思っている。
でも、もっと、仲間が見つかるなら頼もしくて良いな。
僕の師匠…見つからないかなぁ。と密かに期待もしている。
ただ、僕が、年長のままの可能性もある。
僕のこんな生き方が、年下の子の指針になるのは、心配だし、これで良いのかと本当に思う。
どうすることもできないけど、やっぱり。
僕は、きっとこのまま。
僕の道を歩いていくんだろう。
それが、例えば三原さんたちにとっては道の先頭だったとしても。
知らず誰かの導きになるのだとしても。