5 遭遇
僕は大学生になった。
友人もいて、まるで普通に生きている。
アルバイトを探したら、大学は別だけど高校まで一緒、将棋好き小鬼のいる吉村くんが、塾の先生に誘ってくれた。
優秀な吉村くんはそこでアルバイトをしている。
僕の成績は程ほど。
塾講師…。
思い切れない僕の性格をしっかり把握してなのか、吉村くんは追加情報をくれた。授業よりも運営側、例えば名簿管理や教材準備がメインの人を募集中とのことだ。
思い切って紹介してもらって、僕は塾の先生のアルバイトを始めた。
中学生の社会と、小学生の算数も担当することになった。
ちなみに、生徒にも、もちろん何かはついている。
同じ学校の生徒はだいたい同じものがいる。
違うのがいるな、と思ったら、その子は少し遠いところから通ってきている確率が高い。
僕は中学二年からこの視界だけれど、未だに何か分かっていない。
多分僕が積極的に知ろうとしていないせいだ。
とはいえ、推察だけはそれなりにしている。
思うに、住んでいる場所によって側にいるものが違う感じ。特に子ども。
土地由来の何かなのかもしれない。
大人になると違うのに代わるのだろうか。または進化みたいに姿を変えるんだろうか。
うーん、分からない。
身近な友人にそんな進化の兆しはない。
吉村くんの小鬼も変わりはない、ように見える。
そういえば吉村くんの家に遊びに行った時、吉村くんのおばあちゃんに挨拶した。おばあちゃんの背中には吉村くんのに良く似た大きめの鬼がいた。
吉村くんにさりげなく聞くと、おばあちゃんもかなり将棋が強いらしい。そういうこと? いや、よく分からない。
まぁ話を戻す。
僕はアルバイトに精を出すようになった。
教材の管理やデータ入力など、やることは多い。裏方でコツコツする仕事は僕には合っていた。
まぁ、授業もあるので、ある意味表舞台もこなすけど。
そんなある日、僕はイジメの現場っぽいところに遭遇した。
休憩にコンビニに惣菜パンでも買おうと外に出たら、駐輪場で、小学生たちが集まって一人を泣かせていた。
僕が見たのが丁度泣き始めだったのか、破裂したみたいに、女の子の大号泣が響いた。
僕以外の周りの人もギョッとした。
「わーーーー!!!! ゔあー!!!!!」
と顔を歪めて泣いている。
その女の子の側には、ビョンビョン伸び縮みしている何かがいて、泣き声に合わせて激しく縦揺れしている。怖い。
取り囲む側の生徒たちはたじろいだようだ。
そっちの何かたちは、何故かゆらゆら横揺れしている。
僕の担当する生徒だ。これは放っておけないやつだ。
僕は彼らより年長者、そして塾の先生として、心を決めて近寄り、声をかけた。
「すごく泣いてるけど、どうした? 何してるの?」
すると、周りの子たちの方が、一斉に僕に訴えてきた。
「エミリちゃんが嘘ついたの!」
「エミリちゃんが悪いんだよ!」
わいわい皆が訴えてくる。
僕は自分の調停スキルの低さを痛感する。
「ふぅん…」
と言う以外にどうすれば良いのか。
周りの何かは相変わらずゆらゆら揺れながら、僕を見ていたり、泣いている女の子を見ていたりだ。
「えーと、とりあえず、えー」
僕は非常に困りながら、泣き続ける女の子の方に近づいた。
名前は知っている。三原エミリちゃんだ。
「三原さん、大丈夫? えー、と、」
「うそ、ついて。ないもんー!」
と。しゃくりあげながら、三原さんが訴えてきた。
「せ、せんせいにもいるし、なんか黒いおじさんが、ハンバーガーもってる、もん!」
「へ。嘘」
と僕は思わず呟いた。その言葉に三原さんがさらに、
「うああー!」
と大号泣し、周りが、
「ほら嘘つきー!嘘ばっかり!」
「かまってちゃん!」
と騒ぎ立てた。
まずいことになった。周りの何かが揃ってじっとりと僕を見咎めてきた。
ま、まて。待って。
「静かに!」
と僕は先生権限で黙らせようとした。
しかし効果は無かった。
大学生にもなったのに、僕は小学生の喧騒を止める力も無い。
「待て待て、待って、僕は三原さんの話を聞きたい」
と僕は焦りを抱えつつも、本心から言った。
「嘘って言ったのは、驚いて、嘘見えてんのすげー、っていう、嘘って言葉だから!」
思い切り僕は弁明したが、周囲がらさらに騒がしくなる。
見えてるわけないじゃん、そんなこと言うから調子乗るんだよ、皆んなの気を引きたいだけ、と。
ある意味常識的な指摘かもしれない。
いやまぁ、普通はそうだろう、けどさぁ。
一向に騒ぎが収まらず騒ぎっぱなしなので、気づいた他のアルバイトが駆けつけた。
お陰で、一応、解散することができた。
ただその中で、僕は粘った。
何があったのか教えて欲しい、という流れで、僕が三原さんの話を聞くことになったのだ。
***
野次馬のような連中がついてこれない、先生用のスペースへ三原さんを招き、座ってもらう。
先生のスペースにはオヤツが置いてあるので、自分と三原さん用に2つ確保。
そのオヤツを進呈して、僕は、一転して黙ってしまった三原さんの側の椅子にかけた。
「えー」
と僕。
切り出しに迷う。しかし向こうが黙ったままなので、それなりにしばらく検討し、やっと尋ねた。
「僕にさ、小さいおじさんが、側にいる? 結構灰色ったいうか、怖い感じで、目がギョロッとしてる感じ、とか?」
僕の探り探りの質問に、三原さんが顔を上げて、不審の眼差しで僕を見た。
「・・・ちいさいって言ってないもん」
と小さな声ながら答えた。
あれ、違うのか。
僕は三原さんの側にいる、絵の苦手な子どもが書き殴ったウサギみたいなのが更に雨に濡れてグシャっとしたような、何か、をチラッと見て、尋ねた。
「三原さんの側には、何かいる? 見えたりする?」
この質問には、三原さんは首を横に振った。
ということは、やっぱり自分のはいるのに見えないってことか。だったら僕と同じだ。
僕は考える。
三原さんは黙っている。
僕の出方を待っているんだろう。
少し時間をもらってから、僕は尋ねた。
「いつから? 今日見えるようになった? 突然だよね? 今日何かあった? えーと、例えばだけどさ、えー」
やっぱり親の離婚? いや、そうとも限らないんじゃないか。




