3 転校初日
転校初日。予定通りに、職員室を探して、担任の先生と会う。
初対面だ。ハンバーガーの橋本先生よりも体格の良い男性教師の森先生。
森先生の何かは、うなぎとかどじょうとか、そんな感じ。ギョロッと大きな目で、じっと僕を観察している。そっちには目を合わせない癖が、僕にはもうついている。
森先生に案内されつつ、森先生の何かにはずっと見つめられつつ、僕は新しい教室に向かう。
授業はすでに始まっている時間だから、廊下には今、生徒の姿はない。
なのに、ドアから窓から、首を長くして教師と僕の到着を待つ何かがウヨウヨいた。
生徒の何かは、前の学校とは全然違う形みたいだ。
ここの生徒の何かは、今、僕を連れて歩く森先生の何かに似ている。小型というか子どもというか。
何かがどんななのかは、興味ある。
とは思うけれど、基本的にあまり近寄りたくない雰囲気があるので微妙。
さて、ドアに、何かたちが密集して教室の中がよく見えない。
そこを先生は通り抜けていく。
僕も続くしか・・・ないんだけど。立ち止まってしまう。ものすごく見られている。
気にしないことにするしかない。
意地で目を閉じたくはなかったけど気持ち悪さが優って、ドアを潜るときに目を閉じてしまう。
先生が、
「こっちだ」
と呼ぶ声に目を開ける。
今まで見たことのない人たち、新しいクラスメイトが揃っている。
誰もが、何かもが、僕を見ている。
・・・あ。二人、いや、三人。違うのがついている人がいる。
僕は思わず他の人との違いを探してしまう。けど、初対面で、こんな状態で、分かるはずがない。そんな力は僕にはない。
自己紹介の時間だ。
名前を、言い間違えないように気を付ける。僕は、木村になった。母親の苗字だ。
すでに木村がこのクラスにいるから、きっと違う名前で呼ばれると森先生が職員室で言っていた。
僕の席は後ろだった。それで良い。
隣に教えてもらいながら、教科書を開く。
まるで水槽の、砂から顔をだす細い魚たちのような、何かたちにずっと見つめられている教室で。
***
初日ももう終わり。
疲れた。
結構、僕に親切にしようと来てくれる人は多かったけど、初対面だからこそ気をつかう。贅沢な悩みだろうけど。
仲良くなれそうな人?
そんなの全く分からない。誰かと誰かの違いなんて分からない。きっと全部これからだ。
初日は、帰る前に職員室に来るようにと言われていたので、職員室で担任の森先生に会いにいく。
「何かあったらいつでも相談に来なさい」
とにっこりと笑って僕に言った。
「ありがとうございます」
と言えば良いのだと、僕は前の学校のクラスメイトから教えられていて、実行した。そしてこれは正解だったようだ。
ところで職員室。ここの先生たちは、なぜか魚系の何かが多いように見える。
なぜだろう。海は別に近くない。川? プールが得意?
何もわからない。でもそのうち、僕は分かるようになるんだろうか。
この道の博士とかになったりさ。まぁ僕だけに必要な知識だろうけど。
話も終わって、僕は教室にカバンを取りに戻った。本当は全部持って職員室に行けば良かったらしいが、そうと思っていなかった。少しだけ面倒だ。
廊下で何人もの生徒とすれ違う。なんだか遠慮して隅を歩きたくなる。
何人かは、
「転校生?」
と声をかけてきて遊びに誘ってくれた、けど、
「ありがとう、今日は初日だし、帰るんだ」
「部活とか何にするの?」
「全然、まだ決めてない。3つまで体験して決めて良いって言われてて」
「ソフトボール来てよ」
すごいな、初対面なのに、すごく話しかけてくる。うまくやっていけそうな気もする。だけど目立ちたくないのは本心でもある。矛盾してる。
一生懸命さが出ないように、答えながら、僕は最終的に一人で教室に戻ることが出来た。
教室には一人だけがいた。窓際で、参考書を読んでいた。男だ。そんな人いるんだなと思った。
あぁ、だから、この人は他のクラスメイトとは違う何かがいるんだろうか。
この人のは、まるで小鬼みたいだった。この学校は、本人より大きかったり背の高い何かが多いのに、本人より小柄なのも珍しいと思う。ひょっとして、変わっているのかも。この人は。
あれ。
この小鬼みたいな何か、本を持ってる。
これもこの何かの一部分なんだろう。
そして、この小鬼な何かは、本に視線を戻しながら、僕をチラチラ見てくる。
本人の方は、一度僕を見るために顔を上げたきり、僕など見ずに読書を進めている様子なのに。
僕は自分の机からカバンを取ろうと後ろに歩いた。
その時だ。小鬼みたいな何かが、僕に、本みたいな何かを掲げて見せた。
うっかり僕は見てしまった。僕に対してのこういう能動的な動きが初めてだったからだ。
そして、見ると、小鬼の見せたそれは本ではなかった。
書道の書き初めみたいな・・・文字が書いてあった。筆で書いたような文字だ。
思わず読んでしまった。口に出して。
「将棋がしたい」
「・・・」
「・・・」
無言だったのはどれぐらいだろう。
僕は不覚にも読み上げたことに恥ずかしさと後悔を感じつつ、自分の机に辿り着き、カバンを取り上げた。
「将棋強い? やる?」
と参考書を黙々と読んでいた人が顔を上げて僕を振り仰いだ。
「・・・えー。そんなに強くない」
彼よりも、小鬼の方が僕をジィッと見つめていた。なんだこれは。期待の圧を感じる。鈍感と思う僕でさえ。
「将棋できるならやろうよ。よろしく」
と言われた。
「いや、本当、弱いと思う」
と僕は逃げを打った。
見るからに小鬼がしょんぼりとした。
でも本人に変わりはない。
何かと本人は、連動してないのかも。
じゃあ、見えない友達みたいな? まぁ何を考えても結局わからないんだけど。
とはいえここまで感情的な何かは面白かった。そもそも筆文字で気持ちを伝えてくるところが一味違う。
じゃあ、そんな小鬼がそばにいる、この人も変わっているのだろうか。
「初めだし、飛車抜きでも良いよ」
と向こうが誘ってくる。
「角も抜いてくれたら良いけど」
と僕は言った。情けないハンデだけど、僕は将棋はやったことはあるけど、あまりしたことがない。
すると向こうはすぐに
「良いよ」
と快諾した。
驚いた。どれだけ将棋したいんだろう。
机の中を探る様子に、将棋セットが出てくるんだろうか、と思ったら、取り出されたのはノートだった。
一番後ろのページをピリピリ破り出す。
「きみも駒作ってよ。歩は白紙で良いだろ」
紙で今から作るんだ。斬新だな・・・とまた僕は驚いた。
けれど、まるで普通のことみたいに、
「良いよ」
と快諾したふりをして、まるで当たり前のように、その人の前の椅子に座った。
初対面なのに。なぜか流れに乗っかって。
***
すぐ帰るはずだったのに、ちょっと遅くなった。
結構楽しかったからだ。
初日にこんな風に過ごせて、安心した。自己主張の強い小鬼が見えたお陰だろう。
良いこともあるものだ。




