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2/8

2 気持ち

結局、誰にも言わないまま、変わりがないように振る舞ったまま、6日過ごした。土日も挟んだ。


本当は秋には引っ越しと転校が決まっているので、何も変わりがないはずはない。

ただ、それ以上に視界が変。だが、様子見だ。

説明もどうしていいのか、見せられる証拠もないから、頭がおかしいと思われるだけだと思うと言いたい気持ちにならない。


誰かに頼りたい気持ちは勿論ある。でも誰かって誰だろう。


「ぅお、まだいたのか。日向。もう、いつもより遅いぞ」

最近の定番、川の土手で座り込んでぼーっとしている僕のところに、自転車を止めた橋本先生が降りてきた。


「もう8時過ぎてるぞ。ご飯まだだろ? 親御さん、帰りが遅いのか?」

「先生はこれから? ハンバーガー行くとか」

「いや、これからスーパーで惣菜買って帰るんだ」

話しながら先生は僕の隣に座り込んだ。


僕は特に話をすることもなかったので無言でいた。


先生は僕の顔をじっと見つめ、それから僕が見つめる川を見た。

ちらっと見ると、先生の後ろにはやっぱりハンバーガーがいて、先生の態度以上に僕に興味がある様子だった。なんだろう、本当にこれ。


思いつくものは考えては見たんだけど、どれもしっくり来なかった。

そもそも、生徒はほとんど同じものが側にいるっていうところが謎だった。違う生徒もいるのでさらに謎だ。


「あのなー、本当は先生は、じゃあ今からハンバーガー一緒に行くか、って誘いたいなとは思うんだが、それやっちゃダメなんだよなぁー」

と先生は川を眺めたまま、それは残念そうに僕に話した。


「特定の生徒だけにとかなんか色々。先生が教師になろうって思ったのって、困ってて、空腹で、気付いてくれた先生が、ハンバーガー奢ってくれて、一緒に食べてさ。先生の子ども時代、ハンバーガーって憧れだった。『困ったらなんでも相談に来い』って言ってもらって、子どもながらに感動して、尊敬して、自分もこんな先生になろうって思った。で、先生になったんたけどなー」

「子どもっていつの話ですか?」

「小学二年」

「僕、中学二年です。小学校の先生にならなかったのは?」

「別に小学校に限定しなかったんだ。いや、あのな、言いたいのは、今、本当はものすごく、一緒にハンバーガ行こうぜ、先生奢る、って言いたいけど、今はルール違反だから、だからこの気持ちだけで申し訳ないけど、この気持ちだけ日向くんにあげよう。ハンバーガー行こうぜって言いたい気持ち。はい」

橋本先生は、サッカーボールを持つような手の動きをして、それを僕に渡すそぶりをした。

僕は、それをつい両手を出して、受け取った。


「お! 受け取るんだ」

と橋本先生は嬉しそうになった。

僕はただ頷いた。

なぜなら、橋本先生は、僕にハンバーガーを、先生の背中のハンバーガーに比べたら、ただ本当にハンバーガーみたいに見える何かを、手の中に包んで渡してきた、から。


僕の手の中、もらったハンバーガーが浮かんでいる。

・・・見えたものだからつい、手を出して受け取ったけど、どうすれば良いんだろう。

食べる?


食べる真似をしてみたら、消えた。

空になった手を見る僕に、橋本先生は愉快になったようだ。

「ノリが良いな! 演劇の才能あるんじゃないか」

「向いてません、目立ちたくないので」

「そっか」

先生は楽しそうだ。

空腹は満たされていないし、僕に変わりはない気がする。

なんか、でも。

「あの、気持ち、ありがとうございました・・・」

と僕は言った。

「気持ちだけで、なんか悪いけどな・・・」

と、途端に橋本先生は残念そうだった。

僕は慰めた。

「仕方ないですよ。先生って仕事大変そうだもん」

「・・・」

橋本先生が渋い顔で無言になる。


僕は立ち上がりかけた。

「そろそろ帰ります」

「あぁ、帰ろ帰ろ」

橋本先生も立ち上がった。


橋本先生は自転車なので、僕はちょっとだけ手を振って、橋本先生と、その背中のハンバーガーを見送った。


初めて、見えて良かったなと思ったら、少しは嬉しくなった。

まぁ、良いことだってあるべきだ。


***


結局、僕に突然見えるものが何なのか、分からないまま、月日は流れていく。


橋本先生のハンバーガーの件で、実はその人の気持ちを表しているんじゃないか、と考えたけど、生徒がほぼ同じという説明がつかない。

見た目が同じだけで中身は違うとか? 同じ制服を着てる生徒と同じように。でもそれだと、生徒でも違うのがついている人がよく分からない。


学校の外も勿論観察した。

大人は違う何かが多いけど、登校途中、いつも同じ場所でペチャクチャ話してる人たちは、3人まとめて1つ、大きな猿に覆われていた。

大人だけど似たのがいる夫婦もいた。ちなみにうちの親はバラバラだ。

幼稚園ぐらいの子は、ついてる何かは、似てたり違ったりた。ついてる数も決まっていない。

赤ちゃん、ベビーカーが何かだった赤ちゃんもいた。そうとしか見えなかった。


ネットで調べても、ホラーかオカルトか天使とかは見つけたけど、たぶん違う、しっくり来ない。

しっくりくるほど分かってない気もする。そもそも良いのか悪いのかすら分からない。僕が鈍いのだろうか。


結局、僕の幻覚…だから何も情報がない、という可能性。


***


ネットで調べるけど、実際に誰かに打ち明けてはいない。

どこかで質問してみようかと思ったけど、実際はどう書いて良いのかも困るし、勇気のいる事だった。何もできていない。


霊感の強い人の話で、対処法で、心を強く持てとか書いてある。

心の強い弱いってよく掴めない。

見ないことです、気にしないことです、とあるのも見つけた。

ここまで視界に存在しているのに、見ない、気にしないでいられる方法が分からない。


実害はない気がする。ここまで特に何もないからだ。

これを日常として過ごすのでいけるのでは、と思うようになった。


調べて分かったことは、調べたって、見えなくなる方法は見つからない、ということだ。


一つ判断したのは、他の人には見えていないものだ、ということ。


つまり、僕が何か変になった可能性が高いということ。

狂ったのが脳ではなく他の何かだとしても、僕が異常をきたしているのだということ。


だから、僕は口を閉ざしたまま、様子見で生きていく。


こんなまま、転校だ。

苗字も変わる。


***


転居先は母方の祖父母の家だ。

小さな頃から遊びに来ていたから、全く知らない場所ではない。


だけど、詳しいことは何も知らない。不安ばかりだ。


転校生って来て欲しいけど、自分はなりたくはない。

僕でガッカリされないだろうか。うまくできるんだろうか。

目立ちたくないのに、初日から目立たざるを得ない。

苦痛しかない。


どうすることもできない。

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