04 義兄の助言
「それで? 婚約者との同居生活はどうなんだ? 彼女は噂通り?」
ニヤニヤと表現が似合うほど、面白がる雰囲気を隠しもせず、義兄のエルハルトにラズベルトは尋ねられた。
「なに……こんな朝早くから」
ラズベルトは重たい瞼を擦りながら寝ぼけ声で返事をする。
エルハルトが開けたカーテンの外はまだ薄暗い。やっと山際が白み始めたくらいだった。
義兄といっても、数日違いの同い年で、赤子の頃から一緒に育った間柄のため、お互いに遠慮なんてものは全くない。ラズベルトが寝てようがお構いなしに部屋に上がり込んで来ることは日常茶飯事だ。今も、エルハルトが勢いよくベッドの端に座る衝撃で目が覚めた。
もっとも、ラズベルトが学園に通っている三年間は帰省中しか顔を会わせていなかったし、最近エルハルトは剣術の師匠の家に入り浸っているので、会うのは数日ぶりだった。
「朝の鍛練をしてきたんだよ。たまにはラズも相手しろよ」
よく見ればエルハルトは動きやすい鍛練服を来ていた。
「えー、朝から運動とか面倒だからいい」
ラズベルトはどちらかといえば夜型の人間だ。絶対参加とか言われれば渋々参加するが、自主参加は絶対しない。
「相変わらずだなぁ。あ、それよりも、婚約者の話だよ。オルティース公爵令嬢の話!」
話がもとに戻った。
「噂……」
卒業パーティーでの婚約破棄イベントで、王太子が「愛想の欠片もない」とレティシアのことを言っていたが、それ以外にもレティシアについての噂は在学中に色々と耳にしたことがあった。「プライドが高く威圧的」「我が儘で金遣いが荒い」「自分の思い通りにならないと癇癪を起こす」「王太子に近づく令嬢はいつの間にか居なくなる(レティシアが裏で手を回りしてるに違いない)」等々。
ラズベルトは、当時自分には関わりのないことだと、気にも留めていなかった噂の数々を思い出してみた。
(確かに愛想は良いとは言えないのかもしれないけど)
ヘルマン家に着いた時の挨拶も淡々としていた。しかし、それ以外の噂について、彼女が「噂通り」の人物なのか判断がつかなかった。
その理由は──
「……ない」
「え?」
ボソボソと蚊の鳴くような声で返事では、エルハルトには聞こえなかったようで、聞き返される。
「ほとんど顔を会わせてない」
今度は少し大きな声で返事をする。それを聞いたエルハルトは、「え、何で?」と首を傾げた。
エルハルトが不思議に思うのも仕方がなかった。レティシアがへルマン侯爵家で過ごすようになって、一週間が過ぎようとしていた。それなのに、ほとんど顔を会わせていないとはどういうことなのかと。
実は、ラズベルトがレティシアと顔を会わせるのは食事の時だけだった。しかも、挨拶程度の会話をするのみ。レティシアも食事以外は部屋で過ごしていることが多いため、ほとんど話す機会がないのだ。
(いや、食事の時に話し掛ければ良いんだけど、何を話たら良いのかわからないんだよなぁ)
女性と話をすることに対して抵抗があるわけではない。学園でも女生徒や女性の教師と談笑していたし、屋敷でも侍女たちと普通に話をする。
(婚約者だと思うとなぁ……)
まさか自分の婚約者がこんなに早く出来るとは思っていなかったのだ。へルマン家の跡取りとして、いつかは婚約し結婚するんだろうなという意識はあったが、基本的に自由主義の一族で、これまで両親にそういったことに触れられたことはなかったので、どこか他人事だった。
今回のレティシアとの婚約は、正に寝耳に水だった。
自分の婚約者という現実と気持ちの間に乖離があり、まだ実感が伴っていないのだ。
(それに、王太子と婚約破棄したばかりだし、どう接して良いのかもわからないんだよな)
レティシアと王太子が婚約破棄をしてから、まだ約一ヶ月しか経っていない。
食事の時に見かけるレティシアは、悲しんでいるような表情は見せなかったが、心の内ではどう思っているのか分からない。
レティシアが王太子に対してどのような感情を持っていたにせよ、あのような衆目の前で婚約破棄を言い渡され、他の女性に婚約者を奪われたのだ、傷ついていないわけないとラズベルトと思った。
そして、傷心も癒える間も無くラズベルトとの婚約だ。
(向こうも僕のことが分からないだろうし、こちらから交流を持った方が良いんだろうけど、どう話しかければ? それにまだ環境に慣れていないかもしれないし、もう少し静かに過ごせるように見守っておいた方が良いかもしれないし……)
実家を離れて、見ず知らずの屋敷に来たのだ。オルティース家から共に来た侍女と一緒に部屋で過ごす方が、レティシアにとっては安らかな時間かもしてない。そう思うと、なかなか声をかけるのも憚られた。
「また、声を掛けるのは迷惑なんじゃとかゴチャゴチャと考えてるんだろ?」
「うっ……」
エルハルトに心情を言い当てられ、ラズベルトは言葉に詰まる。
「そりゃ、まだここの環境に慣れないかもしれないけどさ、それなら尚更向こうから声を掛けて来るのは難しいんじゃないか? 突然決まったとはいえ、婚約者なんだから、お茶くらい誘えば良いじゃん」
エルハルトの言うことはもっともである。
「お茶くらいって簡単に言うけどさぁ」
「何か問題がある?」
「……ない」
問題はない。
ただ、ラズベルトがレティシアとの関わり方を悩んでいるだけなのだ。




