12 真夜中の雑談
「ラズ。はい、これ頼まれてたやつ」
約束どおりエルハルトは、夜にラズベルトの部屋を訪れた。今日はきちんと部屋の扉をノックして来ただけマシだが、訪れる時間は、もう少し考慮してもらいたいところだ。
「確かに、夜来るって言ってたけど……もう真夜中なんだけど? 明日来るのかと思った」
夜は夜でも、どっぷりと真夜中である。
エルハルトは、夕食を久しぶりに屋敷で摂っていたから、夕食後に訪ねてくると思っていた。しかし訪れる気配がない。使用人に訪ねると『エルハルト様は外出しました』と言っていたので、きっと明日にでも来るんだろうと思って、ラズベルトはベッドに入ったのだ。
真っ暗な廊下は、人の気配がなくシーンッと静まり返っている。
寝ぼけ眼のラズベルトは、大きくあくびをしながら、ハーブの入った袋を受け取り、エルハルトを部屋に迎え入れた。
「ごめん、ごめん。師匠の家に行って荷造りとかしてたら、こんな時間になってたんだよ」
「荷造り? またどこか行くの?」
エルハルトが武術の師匠と領地外に修行に行くのは毎度のことだが、帰ってきたばかりだ。
「いや、逆だよ。修行のキリが付いたから、しばらく屋敷に戻って来たのんだよ」
「そうなんだ」
ラズベルトの声が、少し明るくなる。やはり家族が一緒の屋敷に居るのは嬉しいことだ。
「じゃあ、色々と旅の話を聞かせてもらえるね」
領地以外は学生時代に王都に居ただけ──それも学園以外はあまり外出したことがなかったラズベルトと違い、エルハルトは色々な場所を見て回っているため、いつも楽しい話を聞かせてくれる。基本的にインドアのラズベルトは、自分で知らない場所に行くよりも、人の話を聞いて楽しむタイプの人間だ。なので、学生時代もせっかく王都に居たのに、休みの日も学生寮で過ごしていることが多かった。
「ああ、たくさん聞かせてあげるよ。ところで、レティシアさんと、随分仲良くなったみたいで安心したよ……その辺りの話もじっくり聞きたいなぁ」
エルハルトがニヤリと目を細め、いたずらっぽくラズベルトを肘でつついた。
「う……まあ、仲良くはなった……ね?」
「なんで、疑問形なんだよ。昼間、いい雰囲気だったじゃん。『声をかけるのは迷惑なんじゃ』とかゴチャゴチャ思ってたラズはどこに行ったんだよって思ったね」
確かに、先日エルハルトにレティシアについて尋ねられたときは、そんな事をゴチャゴチャと考えていた。
「まあ、あれからお茶に誘ってみてさ……迷惑そうじゃなかったから、今は毎日午後に庭園や温室でお茶を飲んで過ごす時間を作ってるんだ」
「へぇ、良かったじゃん」
エルハルトはラズベルトの話を、先程同様ニヤニヤしながら聞いているが、目の奥に安心したような柔らかな表情を浮かべている。
ラズベルトの背中を押してくれたのはエルハルトだ。それに関して、ラズベルトは内心とても感謝している。思いきってレティシアに話かけたから、距離が縮んだ。それに特別な感情を抱くこともできたのだ。
「うん。ありがとう」
レティシアに好意を持っていると自覚したのも、エルハルトのお陰だと言ってもいいので、面映ゆいがお礼を言っておく。かぁっと顔の温度が上昇した気がした。きっと赤くなっているだろう。
「ははっ、どういたしまして」
ラズベルトのお礼と表情に、目を瞬かせたエルハルトは、ニカッと笑ってバシバシとラズベルトの背中を叩いた。
「痛い、痛いから……もう」
すっかり目の覚めてしまったラズベルトは、棚からお菓子の入った容器を取りだし、テーブルにお茶の準備する。
「あ、昼間作ってたやつ?」
「まあね。あの後に追加で作ったのもあるけど」
精神統一のため作ったクッキーも入っている。
「もしかして、レティシアさんが型抜きしたのもあったりする?」
「それは僕のだからないよ」
エルハルトの問いに、思わず間髪入れずに返事をしてしまい、ラズベルトは「しまった」という表情になる。この問いはたぶん、ラズベルトのレティシアへの気持ちを探るための問いだ。案の定、エルハルトはさっきよりも更に面白いものを見たと言わんばかりの表情をしている。
「ラズ、お前って結構……ブハッ」
最後まで言わずにエルハルトは、腹を折って笑っている。
『お前って結構、余裕ないよな』とでも言いたかったのだろう。
「悪かったね、余裕のない男で」
ラズベルトは憮然とした表情で、クッキーを手に取ると、まだ笑っているエルハルトの口に突っ込んだのだった。




