第9話 王都リットベルガー5
「おーい! ここだよー! ジャクリーヌー!」
「スマン! 遅くなった!」
指定された場所、南の馬車乗り場に到着した、勇者パーティー。空はまだ赤いが、太陽はわずかに頭をだしているだけで、すぐにでも、日暮れの時刻を迎えてしまいそうである。
「くうー……この勝負、ニコラちゃんの勝ちじゃな」
「やったー! 焼き饅頭、いただきー!」
「お前たち! なんだ? 勝負って? ……それより、旨そうな焼き饅頭だなー! ……あーん」
勇者の持つ焼き饅頭に、口を開いて近づく、ジャクリーヌ。危険を察知し、一気にそれを食べる勇者。
「せめて、ひとくち……ひとくちだけでも、食べたかった……」
「ジャクリーヌのひとくち、でかいから嫌だ!」
目の前で、旨いものを逃し、口惜しむジャクリーヌ。口を焼き饅頭で一杯にしながら、もぐもぐする勇者。こんな状態でも、言葉を伝えられるのは、クンの翻訳のお陰である。
「!? むっ! なにかくるぞ! 気をつけろ、みんな!」
なにかの気配を感じ、警戒を促すジャクリーヌ。
とまっていた馬車のあたりから、人影が現れ、こちらに近づいてくる。
その人物は、フードを深くかぶっており、顔がハッキリと見えない。しかし、顎から伸びる髭だけは、なんとか確認することができた。
「きっと、使いの人じゃろて。時刻もピッタリじゃしの」
「……ねえ、あなたは、使いの人なの?」
イザベルの問いかけに、その男は、頷くのではなく、クイッと顎を動かした。そして、顎を動かした方向へ、歩いていった。
「こっちについてこい! そういうことだろう……」
その男のあとに、ついていく勇者パーティー。城へとつづく道を、脇に入り、奥へと進んでいく。そこは、家がひしめく住宅街であった。
さらに奥へと進む。少し大きめの水路を超えると、周りの風景が急に変わった。家だったものが、ぼろ小屋に、整備された道が、ただの土へと。
「貧民街か……相変わらずの雰囲気だな……」
「金持ちがいれば貧乏人もいる……どこの世も、そんなものじゃて……」
2人が話をしていると、小屋の中に、男が入っていった。どうやら、そこが目的地らしい。
小屋に入ると、中には、テーブルが1つ、椅子が5つ置いてあるだけだった。奥に扉があったが、外観から考えると、道具置き場程度のものだろう。
最後尾にいたイザベルが、扉を閉める。すると……
「さあさあ、椅子に座れ、お前ら! 疲れただろ? 結構な距離歩いたからな! がっはっは!」
テーブルの奥に、案内をした男、左側にジャクリーヌとシモン、右側にイザベルと勇者が座る。
「それじゃあ、さっそく話を……!? って! 国王様! 国王様ではないですか!」
いつの間にか、フードをはずしたその男の正体は、まさかの国王であった。ジャクリーヌは驚きのあまり、固まったまま動かない。
「今の儂は、国王ではなく、ただのパウルだ! パウルと呼べ! 敬語もやめろよ!」
「それより、小屋の中、なにか魔力を感じるんだけど、これはなに? パウル?」
「ある魔法具を使って、盗聴防止の魔法をかけとるだけだ! 安心して、大声を出せよ!」
「ワシが開発した魔法具じゃな!」
えっへん! と言わんばかりの顔をする、シモン。褒めてくれオーラも溢れ出ている。
「それを、エミーが改良したものを使ってある。シモンの開発したものは、問題があったからな!」
「エミーが改良を……エミーよ……成長して、ワシを超えてしまったようじゃのう!」
エミーの成長を喜ぶ言葉とは裏腹に、悔しさのにじむ表情のシモン。意外と負けず嫌いらしい。
「それでは、本題に移るぞ!」
先程までとは違い、キリッとした表情になる、パウル。
「実は、先日、城内に間者が紛れていることが、判明したのだ!」
「なるほどのう! これで、これまでに起こった、不可解な点の説明がつくのう!」
「どういうことだ? シモン?」
「順序立てて考えてみると、わかるはずだわ! まずは、城門前の出来事ね」
シモンのいうことがわからず、首を傾げる、ジャクリーヌと勇者。イザベルは、理解したようだ。
「まずは、シモンが兵士に声をかけたんだったな」
「そうじゃ。そして、ワシらの身元を明かそうとすると、言葉を遮られたんじゃ」
「そのあと、その兵士が、近衛騎士団の者であると気づいたが、再び言葉を遮られ、こっそり、ウインクされたんだ」
「次は、エミーさんの所に行って、話をしたわね」
「エミーの自己紹介のあと、ワシが、ニコラちゃんの事を、紹介しようとしたとき、再び言葉を遮られたんじゃ」
「城に入ってからは、隊列を組んで歩いたわね」
「そこで、ワタシたち3人は、ニコラちゃんとは絶対に話してはいけないと、エミーに言われたな」
「エミーさんは、ニコラちゃんを『彼』と呼ぶし、態度も厳しいものに変わってたしね」
「そして、ゲオルゲに変装した、ゲルベルガと、王女様を目撃して、玉座の間に入る。というわけだな」
「これで、どうじゃ? 不可解な点の説明、わかったかの? ジャクリーヌよ」
これまでの話を、頭の中にめぐらせる、ジャクリーヌ。
「!? なるほど! 『勇者に関する情報』を漏らさないようにしていたわけか!」
「その通りだ、ジャクリーヌ! よくぞそこまで、たどり着いたな!」
パチパチパチ、拍手を送りながら、ジャクリーヌを称賛する、パウル。
「間者の存在はわかっていたが、どこに潜んでおるかまでは、わからんからな! 特に城の中は、警戒を高めていたというわけだ!」
「もしかして、ゲルベルガも、このことを知ってるのか?」
「いや、知っているのは、ここにいる全員以外は、ゲオルゲ、エミーと、あと1人だけだ! ゲルベルガのことは、今回の作戦に巻き込んでしまった、ということだ」
「ゲルベルガは変装して、通路に立っていた。ゲオルゲに、変な理由でもつけられて、といった所じゃろな!」
「ということは、ゲルベルガは、悪いことなどしていないわけだな! それなら、以前と同じように、おはぎを食べに行けるぞ! やったぞ、みんな!」
昨夜の一件で抱えていた、ゲルベルガへの疑惑が消え、喜びに沸く、勇者パーティー。
「ねえ、パウル! 今回の作戦っていうのは、なんだったの?」
「それにはまず、先日起きた出来事、つまり、間者の存在が判明した理由を、話さなければな!」
パウルは、一呼吸し、一旦心を落ち着け、ゆっくりと話しだした。
「10日程前の話だ。ゲオルゲから、城内に間者が紛れている可能性があるとの情報が入った。その日は丁度、勇者の装備を受け取るため、鍛冶師の村へ部隊を送り出す日だった。任務内容は極秘で、部隊の隊員には、城に飾る剣と鎧を受け取るために村に向う、という偽りの情報が与えられていた。その時点で、情報にハッキリとした確証はなかった。しかし、儂には予感があった。すでに、本当の情報は漏れており、なにかしらの形で、剣と鎧を奪いに来るとな。儂は独断で、鍛冶師の村に使者を送った。出発した部隊は、王都から北に進み、ブレニッケ山脈を迂回して、東から鍛冶師のいる村に向かい、剣と鎧を受け取った。王都に戻る部隊は、山脈の脇あたりで、敵に襲われ、剣と鎧を奪われた。しかし、それは儂が送った使者により、すり替えられた偽物であった。隊員たちは、任務の失敗を悔やみつつ、王都に戻った。というわけだ」
長話に疲れたのか、パウルは椅子の背に体を預け、深く息を吐いている。
「それで、間者の存在が判明した、というわけじゃのう!」
「だが、本物の剣と鎧は、ここにあるんだぞ! どうやって運んだんだ?」
「エンダーン!」
勇者は呪文を唱え、剣と鎧を装着した。
「この剣と鎧は、シイバの村の馬車にあったわけだから、ブレニッケ山脈を越えてきたことになるわね!」
「そんなことあるわけがないだろう! あの山脈は、人には絶対に超えられないぞ!」
「そう! 人ではな!」
なにか、含みのある言い方をする、パウル。
「!? お主! まさか! あやつに頼んだのか?」
「そうだ! 儂の茶飲み友達、ディールにな!」
「なになに! ディールさんって、山登り得意な人なの?」
「人ではない! ドラゴンだ!」
『!!?』
まさかのドラゴンの登場に、驚愕する、ジャクリーヌ、イザベル、勇者。
「なあ……もしかして……ディールって、ノルトハイム平原に出没するヤツか?」
「ああ! あいつ、いつも平原まで飛んできて、近くの森で人に変身してから、やってくるからな!」
「あの、ノルトハイム平原の上を、よく飛んでるヤツよね! 攻撃さえしなけりゃ問題ないわ! でもたまに、馬鹿なやつが、ちょっかいかけたりするのよね! 反撃でブレスだされて、それでできたでっかい穴が、いくつかあるわね!」
楽しげに話をする、イザベル。しかし、内容は結構エグい。
「のう! パウルよ! お主はその対価に、なにを差し出したんじゃ?」
「王国の食料、2ヶ月分だ!」
「!? な! なんじゃと! 馬鹿なことをしおって! お主は!」
「いや、それだけの……それ以上の価値が、この剣と鎧にはあるんだ!」
腹を立てるシモンに、まっすぐな目を向けるパウル。その目には、妙に力があり、シモンの怒りは、すっかり収まってしまった。
「それで、作戦というのは、なんだったんだ?」
「ゲオルゲは、鍛冶師の村で特別につくった剣と鎧を、勇者に与える。そういう役目を持っていた。もし、お前たちが、玉座の間にいるときに、中にゲオルゲもいるとわかってしまうと、勇者がいるのではないか、そう疑われる可能性があったのだ」
「なるほどね! それで、ゲルベルガさんが、ゲオルゲのフリをして、通路にいたわけね!」
「わずかにでも疑いがあると、いままでの事すべてが、水の泡になってしまうからのう!」
話が一旦落ち着くと、パウルは奥の部屋から、用意してあった弁当を持ってきた。その弁当を一口食べると、すぐに、ゲルベルガがつくったものだと、全員が気づいた。パウルの話によると、昨夜の一件の謝罪として、ゲオルゲに勇者たちに渡してくれと、頼んでいたものらしい。弁当を頬張る、その顔は笑顔に満ち、瞳は涙で少し、潤んでいるように見えた。
「次は、これから先のことについて話そう! まず、勇者殿の胸当ての後ろを見てくれ!」
「あっ! なにかの模様がある! 孔雀が羽を開いたような模様だね!」
「ワタシには、大きな木のように見えるぞ!」
「そこに、5つの凹みがあるだろう! それは、魔石を入れる穴なんだ!」
「なるほどのう! その魔石を探せ、ということじゃな!」
「いや! そうではない! まずは、勇者殿の剣と鎧、それと、5つの魔石に詳しい人物に、会ってもらいたい!」
「そんな人なら、知ってるよ! あたしのひいひいおじいちゃん、そういうの詳しいからね!」
「ワシも知っとるぞい! ワシの師匠、そういう研究しておったからの!」
「それならば、2人同時に、その人の名をいうがよい! せーの……」
『ペテルセン!』
なんと2人は、同じ名を叫んだ。ただの偶然だろうか?
「あたしのひいひいおじいちゃん、シモンの師匠なの?」
「ワシの師匠、イザベルのひいひいおじいちゃんなんかの?」
「その通りだ! こんな偶然あるんだな! がっはっは!」
「お主、知っておって、わざとやったんじゃろ?」
馬車乗り場に戻った、勇者パーティーとパウル。
パウルは馬車に乗り込むと、そのまま城へと帰っていった。去り際、馬車の窓から、頭を下げるゲオルゲの姿が見えた。
宿屋の部屋に戻ると、それぞれのベッドに横になった。
「これで、進むべき道が、決まったわけだな!」
「そうね! 明日は東門から、北へ向うわよ!」
「ノルトハイム平原じゃな!」
「……それじゃ! 寝るとするか!」
『おやすみ!』
勇者パーティーは眠りについた、新たな冒険に、ワクワクしながら……