第8話 王都リットベルガー4
「明るいと思ったら、満月だったのか……」
部屋の窓から、空を見上げながら呟く、ジャクリーヌ。ぐっすりと眠れたようで、穏やかな表情をしている。
「おはよう!」
窓の下枠にちょこんと座り、朝の挨拶をする、クン。
「クン、おはよう! お前はいつも朝が早いな! ……!? もしかして、ワタシが起こしてしまったのか?」
「違うよ。だいたい、みんなも起きてるよ」
クンの言葉を聞き、部屋の中に視線を移す、ジャクリーヌ。
『おはよう!』
朝の挨拶をする、シモンとイザベル。勇者の挨拶は、先程クンがしたものに、含まれていたようだ。
「今朝は全員、早起きだったようじゃな! まだ一刻ほど、日の出まで時間があるわい!」
「それならさあ、朝食の時間まで、みんなでお話しようよ! 昨日のことで、話したいこともあるし!」
この宿の食堂は、日の出の時刻とともに開く。ちなみに、一刻とは、約2時間のことである。
「……ゲルベルガの一件のことだな!」
「たしかに気にはなるけど……それは一旦置いといて……あたしは『王女様 vs ニコラちゃん』の話がしたいの!」
「いやー! あの闘いは見応えがあったのう! 王女様による、不意打ちを1発見舞ってからの、連打! それをなんとか耐えしのぐ、ニコラちゃん! 劣勢の中、1発を繰り出すも、カウンターで打ち返す、王女様! しかし、それを待っていたかのように、さらにカウンターを……」
「じじい! その例えは、わかる人にはわかるが、そうでない人には、全く伝わらないぞ!」
ジャクリーヌの言う通り、イザベルと勇者は、ポカンとした顔をしている。クンはその例えが気に入ったのか、尻尾を振りながら、繰り返し猫パンチを放っている。
「話を戻すぞ……ワタシは不思議だったんだ。あのときの王女様の話し方。疑っているというか、試しているというか、そんな感じでな」
「最終的には、その疑念のようなものは、晴れたわけじゃろ! あの腹話術のおかげでな!」
「王女様の追求に、あの返しは、本当に神がかってたよね! ……クン! ナイスアドリブ!」
クンに向かって、親指を立てる、イザベル。すかさず、ジャクリーヌとシモンもあわせる。
「あれ、アドリブじゃないよ!」
「!? なんだと! どういうことだ?」
想定外の返答に、驚きの声をあげる、ジャクリーヌ。余程のことだったのか、親指はそのままだ。
「謁見前の通路で、ボクが、一瞬だけ振り向いたのは、知ってる?」
「ああ! 王女様がいる方向を、なにかに驚いたような感じで、見ていたな!」
「あのとき、見えたから、見たんだ……王女様を」
「見えたから、見た? ……どういうことだ?」
「見えた……いや、聞こえた……うーん……そう! わかったんだ!」
「なんだ? どういうことだ? わかったなんて?」
ハッキリとせず、言葉として成立すらしていない、勇者の言に、困惑する。
「王女様が、ぼくに話しかけてくるのが、だよ!」
「未来が、見えたとでもいうのか? そんなことあるわけが……!? いや! あったな!」
「あたしとニコラちゃんで、ジャクリーヌがなんていうか当てるゲーム、をしたときね!」
「それをニコラちゃんが、一言一句間違えずに、当てたんじゃったな!」
過去の出来事を重ね合わせ、やっと納得する、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「でも、結局は、声と口の動きがズレて、それをアドリブで誤魔化した。ということでしょう?」
「腹話術で誤魔化して、王女様が去っていくところまで、見えたんだ!」
「なんじゃと! 会話の最後まで、すべてが見えていた、ということか! こりゃまた、驚きじゃのう!」
事実が、予想を大きく上回り、驚きを隠すことができない、シモン。
「もしかして、スキル『予知』を所持しているんじゃないか?」
「そんなスキル、あたしは知らない。似たようなモノなら知ってるけど、ただの第六感的なヤツよ。それも、内容まで、わかるものじゃないしね!」
「その能力にあえて、名をつけるとしたら、スキル『未来』かの!」
「スキル『未来』かっこいい! それにする!」
シモンの命名を、勇者はたいそう気に入ったようだ。
「よく考えてみたら、あたしたち、スキル『未来』で、無敵じゃない?」
「そうだな! 未来がわかれば、どんな強敵にも勝てそうだな!」
これから進むべき道に、希望の光が照らされ、やる気に満ちている。ジャクリーヌ、シモン、イザベルは、そんな顔をしている。
「好きなときに、未来は見れないよ! たまに見えるだけ」
「そうなのか! ……残念だが、それをあてに、戦うわけにはいかない……スキル『未来』は、ないものと考えたほうが良さそうだな!」
あまりにも期待が大きかったため、その反動で部屋の空気は、しんみりとなる。
「とにかくだ、身支度を整えよう! そのうち、朝食の時間になるさ!」
「そうじゃ! 旨いものを食えば、気持ちも晴れる! ここの飯、旨くて評判らしいからの!」
「それならあたし、おかわりしようかな! 3回くらい!」
「イザベルは、食いしん坊だな!」
『わっはっは!』
しんみりしていた雰囲気が、いつもの賑やかなものへと変わる。その光景を、勇者は笑顔で見ていた。
「いやー! 旨かったのう! 特に、卵焼き! できたてをだしてくれるから、あつあつのフワフワじゃった! ワシ、2回おかわりしたぞい!」
「だしがきいてるのよね! あたしは、3回おかわりしちゃった!」
「2人とも、朝からよく入るな! 食い過ぎじゃないか? ワタシは、5回おかわりしたがな!」
「ぼくは、2回!」
食堂での朝食を終え、2階の部屋に戻る、勇者パーティー。
ガチャリ、部屋への扉を開く。
「!? なにかいるぞ! ……鳥……か?」
「お主、窓を開けっ放しにしていたようじゃの!」
「飛んでるの燕みたいだけど、なにか咥えてるみたいだよ!」
「泥棒燕か! クン! そのコソドロを捕まえろ!」
身を伏せて、お尻をフリフリさせるクン。狙いを定めているようだ。
走り出し、獲物との距離を一気に詰める。一旦屈み、高くジャンプし、口で獲物をキャッチする。
『ナイスキャッチ!』
「クン! 噛みちぎるなよ!」
「あああいあああ、あいおおう!」
パチパチパチ、見事な狩りに声援と拍手が送られる。ジャクリーヌの声に、クンは応えるが、獲物を咥えたままで、うまく話すことができない。ちなみに、クンが言いたかったのは「甘噛だから、大丈夫!」である。
ジャクリーヌが獲物の燕に手を伸ばそうとする。
ポンッ! その音とともに燕は、煙のようなものに覆われ、そこから、何かが現れた。
「もう……ひどい目に遭いましたねえ」
それは、蝶のような羽を背に持ち、黄緑色のドレスを纏い、黄緑色の前髪で両目が隠れた、手のひらサイズの女の子であった。
「お主! パウ! パウではないか!」
「シモンじいさま、お久しぶりです」
どうも、シモンとパウという名の女の子は、知り合いのようだ。他の3人と1匹は、状況が飲み込めず、困惑しているようだ。
「パウよ、まずは紹介をせぬか! 皆が困っとるじゃろう?」
「改めまして……ぼくは風の妖精パウ。国王様の使いで、ここへやってきました。まさか、黒猫に、食べられそうになるとは、思ってもみませんでしたが……」
ブルブルと震える、パウ。クンに捕らえられたことが、余程恐ろしかったのだろう。
「こやつは、いつも王の側に控えておる、お付きの妖精じゃ」
「ちょっと待て! そんなヤツ知らないぞ! 近衛騎士団隊長のワタシが、それを知らないなど、あり得ないだろう?」
「先程の燕のように、ぼくは変身が得意なのです。普段も、いろんな小動物に化けて、国王様をお守りしています」
「だいだい、このことは、国王様とワシ、それにエミーしか知らん、国家機密のようなものじゃからのう!」
「ぼくのことは、誰にも話してはいけませんよ。皆さん」
人差し指を、唇に当てながら話す、パウ。その姿は可愛らしく、ジャクリーヌの表情が、怒りから一瞬でデレへと変わる。
「ねえねえ、それよりパウちゃんは、あたしたちに、何かを伝えにきたんじゃないの?」
「そうでした、そうでした。国王様より、これを渡すよう遣わされました」
先程、燕の姿で咥えていたものを、差し出すパウ。
「風の妖精パウよ! 先代魔法師長シモンが、たしかに、受け取ったぞい!」
「これで、ぼくのお使いは完了しました。あとは戻って、国王様に報告するだけです」
「パウちゃん、もう帰っちゃうの? なでなでとかしたかったのに!」
パウにそう話すイザベルの目つきは、若干、変質者っぽい。
「それでは、これにて、失礼させていただきます」
深くお辞儀をしたあと、窓に向かって進む、パウ。
「そうだ、最後に1つ……クンちゃん、次にあったときは、噛まないでね!」
パウはそう言うと、ポンッと燕に変身し、窓から飛んでいってしまった。
去り際に虚をつかれたクンは、頬が赤く染まり、まんざらでもない様子であった。
「それじゃ、じじい! その指示書、読んでくれ!」
「では、どれどれ……!? な! なんじゃこれは!」
「なになにー! 衝撃の事実でも、書いてあったのー!」
期待に胸踊らせる、イザベル。勇者も、両拳を胸あたりにおき、ワクワクのポーズをしている。
「いや、字が小さすぎて、読めんのじゃ!」
「そんなことなの! あたしと、ニコラちゃんのワクワク、返しなさいよ!」
「どうせ、老眼で見えないとかだろ! 貸してみろ! ワタシが読んでやる!」
シモンから指示書を奪い取る、ジャクリーヌ。
「!? ちっさ! 文字ちっさ!」
予想を遥かに超える文字の小ささに、若干キャラが変わる、ジャクリーヌ。
「そんなに、小さい文字なの?」
「これは、一番若いニコラちゃんでも無理だ! というより、人では読むのは無理だろうな!」
ジャクリーヌの持つ指示書を覗き込む、イザベルと勇者。
すぐに、2人はブンブンと首を横に振る。読めないということだろう。
「どれどれ……」
クンが勇者の肩から、覗き込む。
「日暮れの時刻に、南の馬車乗り場で待つ。だって」
「クン! お前すごいな! こんな小さな文字を……」
「いや、これ、大きさ以前に、人じゃ読めないよ!」
「どういうことだ? クン?」
「これは、精霊文字だよ!」
「!? なんじゃと! 精霊文字じゃと! まあ、それならワシらに読むのは、絶対に無理じゃの!」
精霊文字という単語に驚く、シモンとイザベル。ジャクリーヌと勇者は、事の重要性がわからず、ポカンとした顔をしている。
「精霊が書いた文字は、すべて精霊文字と言われているの。文字だから、解読さえできれば読める、そう思うかもしれないけど、この文字には、精霊の意思が含まれているのよ。そして、その意志を読み解くことができるもの、つまり、精霊同士でなければ、読むことができない。そういうことなのよ」
「なるほどな! だから、ワタシたちには絶対に読めないわけだな……あれ? それなら、なぜクンは読むことができたんだ?」
「クンが精霊ということかの? ニコラちゃん?」
「クンは、ずっとうちの飼い猫。ボクが生まれるのと、同時にやってきた。親友というより、双子の兄弟」
勇者の言葉を通訳するクン。自分で話しておきながら、顔を真赤にしている。その言葉が、余程嬉しかったのだろう。
「理由はわからんが、指示書の内容はわかった! そういうことにしておこう!」
ハッキリとしない点も、いくつかあるが、一旦話を落ち着かせる。ジャクリーヌの一言で、そう決まった。
「これで、待ち合わせの日暮れの時刻まで、暇になったわけよね!」
「そじゃの!」
「それじゃさ、それまでの間、各自、自由行動にしない?」
「それはいいな! ワタシは、ずっと留守にしていた家の様子を、見ておきたくてな!」
「ワシは、もっと街の様子を見てみたいの! どうじゃ? ニコラちゃん一緒に?」
「うん! ボクも街、もっと見たい!」
「あたしは、薬草のストックが切れそうだから、採取にいってくるわ!」
『また、あとで!』
宿屋の前で手を振り、それぞれの場所に向かう。
ジャクリーヌは家の前で、たまたま非番だったエルターを見かけ、説教をしたり、シモンと勇者は、買い出しで商店街にきていたエミーと偶然出会い、話し込んだり、イザベルは、希少な薬草の群生地を発見し、1人で踊ったり、そんなこんなで、時間は過ぎていった。
そして、待ち合わせの日暮れの時刻は、すぐそこまで、迫っていた。