第77話 リュクサンブール6
「おはよう! ……おはよう! ……おはよう! ……おはよう! ……おはよう!」
ぺちぺちぺちぺちぺち、クンが自慢の肉球で5人の頬をたたく。これが、勇者パーティーの正しい朝の迎え方である。
「……どうしたんじゃ、もう朝なんかのう?」
「まだ日の出前だけど、外が大変なことになってるよ!」
シモンが1番に起き上がると、クンが慌てた様子で扉の近くに立っていた。
「いい、確認に行くよ。屈んだまま静かにだよ」
頭をポリポリと掻きながらわけもわからず、コソコソ声のクンと一緒に扉の外に出る。
「なんじゃこれは!」
「もう! 静かにって言ったのに!」
シモンは慌てて口を抑えて、周りの状況を見渡す。丘の上には誰もいなかったが、正面の丘の北側の下にはかなりの数の兵士が陣形を組んで立っていた。クンとシモンは匍匐前進をするようにゆっくりと馬車の中へと戻った。
「クンよ! あれは一体どういう事じゃ?」
「知らないよ! なんか音がすると思って見てみたら、兵士が沢山集まりだしたんだ!」
「なんですって。兵士がいるのですか?」
「これは一大事だな!」
「ヤバいわね!」
仲間たちが次々と目を覚まし、話に加わってくる。
「朝ごはんできたよ!」
難しい顔をして向き合っていると、突然、厨房への扉が開き、勇者が顔を覗かせてそう言った。
「とりあえず、朝ごはんを食べましょう」
「そうじゃの! 食べん事には良い作戦も思いつかんじゃろしの!」
朝食は、トーストにマヨネーズを塗って粉チーズを振りかけて焼いたマヨパンに、リア自家製のベーコンを使ったベーコンエッグ、それと昨日の残りの豚汁とミルクたっぷりのコーヒーであった。
「よし! 腹も膨れて頭もシャッキリしたし、作戦会議を始めるぞ!」
「魔石の定着も確認できましたので、まずは探求の羅針盤を見ていただけますか?」
「うん! わかった!」
勇者が懐から出した探求の羅針盤に、視線が集中する。
「針は北を向いてるよ!」
「震えもないという事は、それなりに遠いという事だな!」
とりあえず進むべき方角が確定し、少し安心した雰囲気になる。
「ちょっと待つのじゃ! 北という事は、あの兵士の数を乗越えねばならんということじゃのう」
「だが、ワタシたちは手を出すことは絶対にできない! 守りに徹して突き抜ける他無いんだ!」
「あっ、そうだ! 守りといえばあの人達を呼べばいいんじゃない?」
『守備ゴブリン隊!』
全員が人差し指を立てながら、綺麗にハモった。
「守備ゴブリン隊の隊長といえば、執事のヤツじゃのう! ヤツならここを突破する凄い作戦を立ててくれるはずじゃ!」
「それじゃあ、さっそく呼ぶ?」
勇者は懐から青の召喚の玉を取り出し、投げようと構えた。
「ニコラちゃん師匠、お待ちください。守備ゴブリン隊を呼び出せるのは1刻だけです。使うタイミングは非常に重要であるかと思われます」
「そうだな! 今動き出したとしても、ただ目立って総攻撃を受けるだけだろうしな!」
勇者たちは、自分たちが指揮官なったつもりになって議論を重ねた。そして、北にいる兵士たちが敵兵に攻撃出るタイミングという結論に至った。その時が来るまで、リアが丘と似た色の布を被り、双眼鏡により監視を行った。ちなみに、1刻とは約2時間の事である。
「皆様、正面に敵影を発見しました。しばらくすると、攻撃が始まるはずです」
「よし、ニコラちゃん! 守備ゴブリン隊を召喚してくれ!」
「それじゃ、行くよ! 守備ゴブリン隊! 君たちに決めた!」
勇者は、そう言いながら青の召喚の玉を放り投げた。玉が床にぶつかるとまばゆい光を放ち、光の中に4体の影が現れた。
「お久しぶりでございますね、皆様方。我は執事、守備ゴブリン隊の隊長で御座います」
全身緑色の執事服を着た色白のイケメン執事が、左手を腹部に当て、右手は後ろに回し頭を下げながらそう言った。その後ろには、槍と大きな盾をもち、フルプレートで身を固めた重装歩兵風のゴブリンが3体立っていた。
「執事様、さっそく護衛をお願いしたいのですが」
「まず、今の状況を伺いましょう。話は全てそこからです」
執事にここリュクサンブールで大規模な戦闘が起こっており、北に脱出する必要があることをリアが説明する。
「なるほど、この場所と今の状況については理解しました。では、手短で構いませんのでリットベルガー王国を出てから、ここまでの出来事をお話しいただけますか」
クルト海峡、メーリングの町、リニシイージャ、東西の境界線での出来事まで話した時、執事は頷きながら、リアの話を止めた。
「なるほど、わかりました。この作戦に必要なのは、商人の服4人分とボゼッティ家の家紋が描かれた小さな旗が2つです。すぐ準備に取り掛かりましょう」
必要な材料をリアから受取ると、執事はあっという間に商人の服4人分と家紋入りの旗を縫い上げた。
「なんという針使いの早さじゃ! しかし、家紋の刺繍はそれで良いのか? ワシらはだいたいのイメージでしか伝えておらんのじゃが」
「それが良いのです。はっきりしないそれっぽいものが、今回の作戦において重要なのです」
執事の言っている事は理解できなかったが、それ以上に執事の策略家としての力を知っていたため、そのまま作戦は進行していった。




