第7話 王都リットベルガー3
王との謁見を無事に終え、通路を歩く、勇者パーティー。依然として、隊列を組んだままだ。
「いやー! 終わったー! やっと、あの緊張感から、開放されたな!」
「これ! まだ城内じゃぞ! 静かにしていないと、あやつが……」
ギロリ、ジャクリーヌの声を聞き、ひと睨みする、エミー。
「ほれ! 言わんこっちゃない!」
「すまん! 喜びの感情を、抑えることができなかった」
「まあ、あたしも同じ気持ちだから、わかるんだけどね」
コソコソと小声で話す、シモン、ジャクリーヌ、イザベル。
その後ろでは、兵士やメイド、それと、高貴な身なりをしたもの、それぞれ数名ずつが、玉座の間にへと入っていった。きっと、通常の配置に戻っていったのだろう。
「にしても、きたときにおった野次馬、誰もいなくなってしもたの」
「あんなにいたのにねえ……まあ、見世物にされてるみたいで、あまりいい気はしてなかったから、今のほうがいいわ」
「ワタシは、大スター気分が味わえて、嬉しかった。あやうく、サイン会を始めるところだったぞ!」
話をしているうちに、通路を抜け、エントランスへとつづく階段の前まで、やってきた。
先導するエミーが、階段を1段おりたそのとき、通路の角から、人影が現れた。
「ねえ、君が例のアレ、でしょ?」
なんとそれは、謁見前に通路で見かけた、王女であった。
突然、勇者に声をかける王女。もちろん、こんな展開、台本にはない。安心しきっていたところに、再び、想定外のことが起こり困惑する、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「王女様、お戯れはその辺で。急に話しかけられて、困っているではないですか」
王女と勇者の間に入るエミー。エミーの好プレーに、こっそりと親指を立てながら「グッジョブ!」と心の中で3人は叫んだ。
「あなたはさがってなさい。エミー」
「ははあ」
あっさり引き下がる、エミー。現れた希望の炎が、すぐに消え去り、3人は途方に暮れる。
彼女は、王女エバ=マリア。彼女の母である王妃は、国王の子供を、長い間身ごもることができずにいた。そんな中誕生した、待望の第一子。つまりは、第一皇太子である。
「本当に、君がアレなの? 全く強そうに見えないけど? どうなの?」
再び、勇者に詰め寄る王女。
待望の第一子として、この世に生を受け、それはそれは甘やかされて育てられた、王女エバ=マリア。相手のこと考えず、自分の意見を押し付ける、そんなわがまま娘になっていた。
「ビエルデ大樹海で、たくさんモンスターを倒したよ!」
「へえー、そうなの! すごいわね! ……でも、なんか変ね……声と……口の動きが……ズレてるような……そんな気がするんだけど……」
ヤバい! もう駄目だ! 3人は心の中でそう叫んだ。
「これは、声が先に聞こえるという、腹話術です。どうですか? すごいでしょ?」
「すごい! すごい! 一体、どうやってるの?」
不測の事態に、咄嗟の判断で切り抜ける、勇者とクン。クンのアドリブだろうか?
「それじゃあ、さっきの腹話術って魔法。また見せてね! 楽しみにしてるわ! じゃあね!」
王女は去っていき、窮地は脱した。
「皆様、本日は本当にお疲れ様でした。庶民区域に、宿を用意しておりますので、今夜はそこで、ゆっくりお休みください……それでは、ごきげんよう」
城門の外で、勇者パーティーを見送るエミー。その頭は、深々と下げられ、姿が見えなくなるまで、ずっとそのままであった。それほど感謝している、そのあらわれだろう。
「いやー! なんとか乗り切ったな! みんな!」
「ワシは、何度心臓が止まったか、わからんぞい!」
「最後の、王女様のやつ、かなりヤバかったよねー!」
「腹話術、大成功!」
互いの健闘を称え合う。
勇者は、クンの翻訳にあわせ、Vサインをしている。クンも襟巻きから、顔をのぞかせ、前足をあげていた。
「欲をいえば、貴族区域の高級ホテルに、泊まりたかったなあ!」
「それは、商業二大巨頭の1つ『ザ・パウル=ハインツ王都』のことだな!」
王都には、商業二大巨頭といわれるものがあった。その1つは、高級ホテル『ザ・パウル=ハインツ王都』。もう1つは、高級レストラン『星三つ』である。どちらも、城の少し手前にある、一等地の広場に、存在感を放ちつつ、そびえ立っていた。
「あのホテルは、ワシらが一生に一度、泊まれるかどうかわからない、そんな所じゃしのう! イザベルの気持ちは、よくわかるぞい!」
「以前から、疑問に思ってたんだけど……なんで、ホテルの名前に、国王様の名前が付いてるの?」
「10年前に、今の名前に変わったんだ……たしか、その頃のイザベルは、旅の最中で……とにかく、いろいろあってな……」
そのときの出来事を、思い出しているのか、ジャクリーヌは、目を細めて空を見上げている。
「まあ、宿なんて、美味しい食事と、ぐっすり眠れるベッドさえあれば、それでいいしね!」
「それは、ワシも同感じゃ! どうじゃ、宿まで駆け足で行くかの?」
「気持ち的にはそうしたいが、疲れがそれを許してくれない。ゆっくり歩いて行くとしよう」
貴族区域の広場を過ぎ、庶民区域の商店街の中程まで進んできた、勇者パーティー。
「あたしヤバいかも……空腹すぎて、宿までたどり着けそうにないわ……」
「……ワシもじゃ……空腹と睡魔が同時にやってきておっての……早く食わねば、ちとヤバいわい……」
「お前たち! だらしがないな! 目的地の宿は、商店街を抜けて、しばらく進んだ……!? お? ……おーい! ゲルベルガじゃないか!」
空腹でギリギリの2人に、声をかけつづける、ジャクリーヌ。その前に、偶然姿を現すゲルベルガ。
「皆さんお揃いで! 夜の街にでも、繰り出すのかい?」
「いや、この先の宿に向かうところだ。早いとこ連れていかないと、2人がヤバくてな!」
「……あれ? なんでここに……ゲオルゲさんが?」
「……ゲオルゲ? 今日は呑む約束……しておったかのう?」
「!? ……本当にヤバいな、この2人! ……まあ、城での一件で、クタクタだろうからな……それなら、飯でも奢ってやるよ! どうだ?」
「それは、ありがたいぞ! さっそく、行こう! ……」
ヤバい2人のお陰で、タダ飯にたどり着いた、勇者パーティー。
ただ、ジャクリーヌは、今のゲルベルガの言動に、なにか、違和感を覚えたようで、なんともいえない表情をしていた。
「まさか、幻の名店を、貸し切りとはな! これが、現実とは驚きだな!」
「ははは、喜んでくれて、うれしいよ! 俺は、飯つくってるから、カウンターの中から、好きな物とって、飲んでてくれ!」
ここは、商店街から、少し脇に入った所にある、食事処『きまぐれ』。ゲルベルガの店である。店の名の通り、店主の気が向いたときにだけ開く、そんな店だった。出される料理は、すべて絶品なうえ、滅多に開いていることがないため、幻の名店、そう呼ばれていた。
ジャクリーヌ、シモン、イザベルの前には、葡萄酒。勇者の前には、桃ジュース。クンの前には、牛乳が置かれている。
いつもなら、出された瞬間に、勝手に飲み始めていたが、広場を歩いているときに、勇者から、ある発案があった。それは、『食前の挨拶を、みんな一緒にしてから食べよう!』というものであった。それを、全員が承諾し、今回から、それをとり行うこととなっていたのだ。
「はいよ! 水菜のシーザーサラダに、鶏のカシュナッツ炒めだ! どんどんつくるから、ジャンジャン食ってくれ!」
チーズの濃厚な香りと、ナッツの香ばしさが、鼻をくすぐる。もう待ちきれない! 全員がそんな表情になっている。
「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」
「いただきます!!」
シモンの号令にあわせ、手をパシリとあわせる、4人と1匹。そして、いただきますの合唱と共に、今宵の宴が開始された。
「このサラダ、シャキシャキの水菜にかけられた、濃厚な粉状のチーズ、それに半熟卵の黄身が絡まって、たまらないわね!」
「この炒めものは、香ばしいナッツとジューシーな鶏肉の、カリッフワッのコンビネーションは、クセになりそうじゃ! そして、鶏肉から溢れでた肉汁が、色とりどりの野菜を包み込み、見事なハーモニーを奏でておるわい!」
「2人とも、いつもの元気を取り戻したようだな! やはり、幻の名店の名は、伊達じゃなかったな!」
それからも、数々の料理が振る舞われた。いわゆる、大衆居酒屋の料理であったが、その味は、一流レストランのものを超えていた。
ちなみに、ゲルベルガには、1人弟子がいた。それは、一流レストラン『星三つ』の料理長であった。しかし、その事実を知るものは、2人の他にはいない。
「はあー! たらふく食ったのう! ワシ、腹がはち切れそうじゃ!」
「あとは、宿屋のベッドで眠るだけねえ! ……そうだ! ゲルベルガさん! 宿屋からベッド持ってきてー!」
「なにいってやがる! バカエルフめ! さっさと、宿屋に行きやがれ!」
食後の余韻を楽しむ。今日ゲルベルガと会ったばかりなのに、まるで旧友のようだ。
「……そうだ、ゲルベルガ。聞きたいことがあったんだ」
「なんだ? 隊長?」
ジャクリーヌは、これまでの楽しい雰囲気ではなく、真面目なトーンで話を始めた。
「なぜお前は、ワタシたちが、城にいたことを知っていたんだ?」
「チッ! 気づいてやがったか! うまく誤魔化したと思ったんだがな……」
「どういうことじゃ? ジャクリーヌ? さっぱりわからん」
楽しかった雰囲気が、急に不穏なものへと変わる。
「この店に来る前に、ゲルベルガと話をしただろ。あのときこいつは『城での一件』といったんだ」
「そうか! 城であったことを知らなければ、そんな言葉でてこないわ!」
「さらにその前、シモンとイザベルが、こいつをゲオルゲと間違えて呼んだんだ! そのとき、かなり動揺していたな! ゲルベルガ!」
苦悶の表情を浮かべる、ゲルベルガ。しかし、核心には至っていないのか、黙秘を貫いている。
「!? なるほど! そういうことじゃったのか! ワシ、わかってしもたぞい!」
突然、椅子から立ち上がり、挙手をするシモン。少し遅れて、イザベル、勇者、クンも同様に挙手をする。全員、答えにたどり着いたようだ。
それを見ていたゲルベルガが、諦めたような顔で、ゆっくり話し出す。
「……そうだ! 城の通路にいたのは、変装した俺だ! 鎧を着て立ってたんだ……ゲオルゲのフリをしてな……」
「……よく話してくれたな! ゲルベルガ!」
肩を落とすゲルベルガの肩に、ポンッと手を置くジャクリーヌ。
「……この事実より先のことは、俺の口から、話すことはできない。……ただ、近いうちに、それを話してくれる人物が、お前たちの前に現れるだろう……それまで待ってくれ……」
ゲルベルガのその言葉に、全員が無言で頷いた。
店から出る前、4人は順番に、ゲルベルガの耳元でささやいた。その言葉が、なんであったのかはわからないが、そのあとの、彼の表情は、先程までの苦悶に満ちたものと違い、穏やかなものとなっていた。
宿屋に到着すると、すぐに部屋へと移動した。疲れ切った体が、早く休みなさいと、信号を送りつづけていたのだ。
バフンッ、ベッドに大の字で飛び込む、4人と1匹。
「ゲルベルガさんの料理、美味しかったね」
「……ああ」
「ゲルベルガのおはぎ、また食べたいのう」
「……ああ」
「ぼくはつぎ、ピーチ大福2個食べるんだ」
「……ああ」
「おやすみ……」
4人と1匹は、眠りに落ちていった。
ゲルベルガへの疑惑を、抱いたままで……