第6話 王都リットベルガー2
「どうしたのだというんだ? 城門が、閉じられているではないか!」
城門の前に着いた、勇者パーティー。なぜか、城門は閉じられており、ジャクリーヌが声をあげる。
「もしかして、お城でなにかあった、とか? どうする?」
「とにかく、そこの兵士に、聞いてみるしかあるまいて」
城門前に立つ兵士に、近づいていく、シモン。
「そこの兵士よ、なぜ門がしまっておるんじゃ? ワシらは、国王……」
「皆様、よくおいでくださいました。……それでは」
兵士はシモンの言葉をさえぎり、城門の上にいる兵士に、なにやら合図を送った。
ギギギギ、大きく重厚な音をたてながら、城門は開いていく。
先ほどの合図は、開門の合図だったらしい。
「どうぞ、お進みください。城の入り口前に、案内人を待たせてありますので」
「……!? ん! お前、よく見たら……」
「どうぞ、お進みください」
ジャクリーヌは、なにかに気づいたようだが、兵士はその言葉を、再びさえぎった。そして、彼女にだけわかるように、ウインクをした。
兵士の言葉に従い、奥に進む、勇者パーティー。
「前来たときと違くない? ……なんかこう……あれでいて……これというか……」
「空気感じゃろ?」
「そう! 空気感! 城門前あたりから、妙にピリピリしてるっていうか……」
「たしかにな! これから行うことも大事だが、なにかしらに、警戒していかねばならない! そういうことだろう!」
もともと緊張していた所に、新たな緊張がさらに加わり、額から油汗がにじみ出る。クンの尻尾は襟巻の中で、大きく毛羽立っていた。
池にかかる、少し長い橋を進み、城の入り口付近までやってきた、勇者パーティー。
ほんのわずかにであるが、先程に比べ、顔色がよくなったように見える。
「たしか、入り口前に、案内してくれる人がいるんだったわね!」
「そうだ、イザベル。……ん? あれは! ……おーい、エミー! 案内人はお前だったのか!」
どうも、案内人はジャクリーヌの知り合いらしい。エミーという名のようだ。
「ジャクリーヌ様、イザベル様、よくお戻りになりました! 先代も、お変わりないようで」
「お主も、相変わらず、若く、美しいままじゃのう! ……それより、初対面のものに、まず、自己紹介をせんか!」
「お初にお目にかかります。私は、こちらで、魔法師長を務めております、エミーと申します」
エミーは勇者の前に向い、ペコリと頭を下げながら、紹介の挨拶をした。
彼女は、この城お抱えの魔法使いのトップ、つまりは、宮廷魔法師長であった。話にでた通り、先代の魔法師長をシモンが務めていた。
若くて美しい容姿を保っている彼女は、長寿で知られる種族、エルフであった。白銀の髪から、ピンッとのぞく長い耳が、その証である。
「こやつは、歴代最年少で、宮廷魔法師長になったんじゃぞ! すごかろう? ……そうじゃ! まだ、こちらの紹介がまだじゃったの! それでは……コホン……ここにおるのが……」
「つづきは、中でお話しましょう。刻限も迫っていることですし」
シモンが、勇者を紹介しようとすると、エミーは自分の唇に、人差し指を当て、その話をさえぎった。その様子を見た、シモンとイザベルは、それが何を示すのか、察しがついたように見えた。ジャクリーヌも、城門での一件とあわせ、何かを察したようだった。
大きな扉をくぐり、城の中に入る、勇者パーティー。
そこは、広いエントランスとなっており、2階まで吹き抜けになっていた。正面には、半円の形をした階段が左右対称にあり、置いてある家具の取手から、手すりの1つ1つまで、細かな装飾が施されていた。それはまさに、豪華絢爛とは、この景色を指すものだ、といわんばかりのものであった。
「それでは、これからとり行う儀式について、説明をいたします。まず、彼を先頭にして、3歩ほど後ろに、ジャクリーヌ様、シモン様、イザベル様、横にお並びください」
エミーの指示に合わせ、隊列を組む4人。
「これから、城の敷地をでるまでの間、この隊列を保ってください。私語は、できるだけ控えていただきたいのですが、絶対に、彼とは話してはいけません。いいですか? 皆様?」
こくりと頷く、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「私が先導しますので、皆さん、ついてきてください」
エミーを先頭に、隊列を組んだ4人がつづく。
「ねえ、エミーさんの威圧感、パなくない?」
「イザベル、お主、たまに、よくわからん言葉をつかうの? ……じゃが、城の中に入ってからの、エミーは、話し方から表情まで、急に厳しくなったのう。まるで、別人のようじゃわい」
「話の内容から察するに、イザベルの言葉は、半端ではない、そういう意味ではないか?」
ギロリ、3人の声が聞こえたのか、後ろを睨みつける、エミー。その表情は、先程まで、外で見せてくれた優しさなど、微塵も感じさせないほどのものであった。
「ヤバい! あの顔本気だよ! もっと小さい声にしよう」
「それ以前に、話を控えた方がよさそうじゃの」
階段を上り、広い通路にでた。この通路の1番奥に、目的地の玉座の間がある。
「わあ、通路の両端に、人だかりができてるよ」
「なにか儀式がはじまる。そんな噂を聞いて、城内の野次馬共が、見物にでもきたんじゃろ」
「!? おい! 見てみろ! ゲオルゲに、王女様までいるぞ!」
「えっ? どこどこ?」
「奥の方だ。玉座の間の扉の、少し前あたりだ」
「おお! 王女様! いつ見ても、見目麗しいのう」
「うわっ! あれがゲオルゲ! 本当に、菓子職人ゲルベルガと、瓜二つじゃん」
コソコソと話をする3人。どうやら、エミーには気づかれていないようだ。
「!? ん? 今、ニコラちゃん、王女様を見なかったか?」
「いや、ゲオルゲを見たんじゃろ? 全く同じ顔を、さっき見たばかりだったからの」
「あんな熊みたいなのを、1日に2度もつづけて見るなんて、驚いて当たり前よ!」
コンコン、玉座の間の、扉をノックするエミー。
「皆様を、おつれしました」
扉の前に立つ兵士が、ゆっくりと扉を開ける。
「それではどうぞ、中へお進みください」
エミーにつづき、玉座の間へ進んでいく、勇者パーティー。
中に入ると、エミーは扉の横に移動し、手を差し出した。どうぞお進みください、ということらしい。
勇者が前に進みだすと、開いていた扉が、ゆっくりと閉じていった。
勇者を先頭に、隊列を組んだまま、玉座の前に到着した。
これからが本番と、4人は互いに目配せをした。
みんなで、意見をぶつけあい、徹夜でつくりあげた、台本。完璧にできるまで、何度も繰り返した、リハーサル。そのすべてを、試されるときが、今、やってきた。
まずは、全員で、王に向かい片膝をつき、頭を下げる。
「よくぞ参った、皆の者!」
王が話を始める。台本通り、順調なすべりだしだった。
「ジャクリーヌ、シモン、イザベルよ! 儀式の祠にて、勇者殿を召喚し、ここまで無事に、送り届ける任務。完遂したようだな! 見事であった!」
『ははあ!』
これまた、台本通りの流れ。王の言葉に答える、3人の声には、気合が上乗せされているようだった。
「皆の者、おもてをあげよ! 勇者殿は、前へでよ!」
ジャクリーヌ、シモン、イザベルは顔を上げる。勇者は立ち上がり、3歩前に進む。
「国王パウル=ハインツ様! このたび、異世界より召喚されて参りました、勇者ニコラと申します!」
クンの言葉にあわせ、勇者が口を動かし、それに合わせた演技をする。リハーサルを行ったときと同じ、完璧な演技だ。
「わたしから、一つ願いがあるのだが、聞き届けてくれるか? 勇者殿」
「なんなりとお命じください!」
「うむ! それでは、エミーよ! まずは、これまでの経緯を、勇者殿に伝えるがよい!」
「ははあ……それでは前へ……」
扉の横から、勇者の近くに進むエミー。そして、彼女はこれまでの経緯を話し出した。
「人族と魔族、相反するものでありますが、小さな争いごとはあれど、それなりに、うまくやっていました。しかし、1年前、突如、魔王が1つの国を攻撃しました。その国は、魔王と四天王と呼ばれるものの、5体だけで、あっさりと滅びました。なぜ、魔王はその国を攻撃し、滅ぼしたのか? それは、未だ不明のままです。しかし、魔王はそこを拠点とし、世界を征服しようと、戦力を蓄えています。戦力が整い次第、魔王は、次々と国を滅ぼしていくでしょう。その前に、魔王を倒さなければなりません」
エミーは、そう話すと、元いた位置に戻っていった。
「勇者殿には、その者たちと共に、魔王を倒してもらいたい! どうだ? 引き受けてくれるか?」
「仰せのままに」
「うむ! それでは、アレをここに!」
「ははあ!」
ガラガラ、奥の方から、ナニかを運ぶ音が近づいてくる。
「ここに!」
「うむ!」
「!? なんじゃ、お主! ゲオルゲではないか? なぜ、ここにおるんじゃ?」
ナニかを運んできたのは、なんと、扉の外にいるはずの、ゲオルゲであった。ここにいるはずがない人物が、目の前にいる。4人は驚きを隠せないようだ。
「シモンじい! 王の御前だぞ! 口を慎まんか!」
ゲオルゲに一喝され、今の状況を思い出す、シモン。ちなみに、ゲオルゲは、シモンが宮廷魔法師長を務めていたころからの、飲み友達であった。
「それでは! これを受け取るがよい! 勇者殿!」
「!? それは! 有名な鍛冶師がつくった特注品の剣と鎧ではないか! なぜ、それがここに?」
それは、シイバの村からの馬車に同乗していた、剣と鎧であった。
「ジャクリーヌ隊長! 王の御前だぞ! 口を慎まんか!」
ゲオルゲに一喝され、今の状況を思い出す、ジャクリーヌ。ちなみに、隊長であるはずのジャクリーヌは、副隊長であるのゲオルゲに、普段からよく怒られていた。
勇者は、さっそく剣と鎧を装備した。ぶかぶかだった鎧が、みるみる縮んでいく。そして、勇者にピッタリのサイズになると、それはとまった。
鎧は、胸、腰、腕、脚と4つにわかれており、鮮やかな青い色をしていた。
剣は、片刃の刀剣で、握りの部分には、籠と呼ばれる、持ち手を守るように覆うものがついていた。
これまで、両刃の剣を装備していた勇者だが、片刃の剣がよほど気に入ったのか、その刀身をじっくりと見つめている。
「気に入ってくれたようだな! 勇者殿! つづけて、使い方も、説明させてもらうとしよう」
ゲオルゲが、勇者に話をつづける。
「剣を掴んだまま、『エンダーン』と唱える。すると、剣と鎧は消え、大きめの硬貨のようなものに変わる。その硬貨を手に持ち、『エンダーン』と唱えると、再び、剣と鎧が現れる。……勇者殿、やってみるがよい」
『!!?』
台本にはない、想定外の展開が起こり、あせるジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「エンダーン!」
勇者がそう唱えると、剣と鎧は消え去った。そして、大きめの硬貨のようなものが現れた。勇者は、空中にあったそれを、パシリと掴む。
「エンダーン!……エンダーン!……エンダーン!」
勇者はよほど気に入ったのか、何度もそれを唱えた。剣と鎧は出たり、消えたりと忙しそうだ。
「あれはきっと、クンの言葉ではないな!」
「ええ、ニコラちゃんの言葉を、クンが翻訳してるようね!」
「はあー、肝を冷やしたわい!」
無事に、ピンチを乗り切り、安堵する、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「それともう1つ、この呪文を扱えるのは、勇者殿と、その仲間たちだけだ。あまり仲間が唱える機会はないと思うが、覚えておくように! 以上!」
ゲオルゲの、装備品扱い講座は終了した。
「では、そろそろ……」
「うむ! では、皆の者! 先のことは、追って知らせる故、さがるがよい!」
『ははあ!』
一礼し、玉座の間をでる、勇者パーティー。
その表情は、疲れと、ピンチを乗り越えた達成感、それが同居する、不思議だが、爽やかさを感じさせるものであった。