第57話 クルト海峡3
「えーと、この扉を開ければいいのよね?」
「はい。赤い方の鍵で開くかと思われます」
船は、甲板を含めて4階層になっており、最下層の馬車置き場から甲板までは、直通の階段でつながっていた。その途中の、下から2つ目の階層に1等客室や2等客室があり、鍵を使うことで入ることができるようになっていた。ちなみに、1つ上の階層は一般客向けのスペースである。
「わあ! すごいね! 絨毯が敷いてあるよ!」
「ワタシたちの場違い感、凄くないか?」
そのフロアは、赤い絨毯が通路に敷かれ、中央のカウンターには蝶ネクタイをつけた受付がビシッと立っていた。通路ですれ違う人たちも高価そうな服を身に付けており、冒険者なんかがいてはいけないような雰囲気であった。
「早いとこ部屋に行くぞい。中に入れば気にはならんじゃろて」
「あたしたちの部屋は103だから……ここね!」
103の札がついた部屋を見つけ出し、懐から鍵を取り出すイザベル。すると……
「もしや、甲板でネコノヒゲの話をされていた方ではありませんか?」
男がリアに話しかけてきた。その男は、丸いフレームの眼鏡をかけ、髷を結ったような髪からはピンッと耳が伸びていた。
「はい。そうでございますが、どのような御用で?」
リアの様子を見る限り、知らない男のようだった。
「これは失礼しました。わたしはロレンツォと申しまして、あなたが話していた薬師の上司にあたるものです」
「これはご丁寧に、私は鍛冶師のリア、こちらは……」
勇者たちの紹介をリアが済ませた。
「やはり、冒険者の方だったのですね。ということは、港町ローゼンで味噌と醤油を作られたのもあなた方なのですね」
そう話すロレンツォの眼鏡が、ギラリと光ったように見えた。
「何故、お主がそれを知っておる!」
「シモン様! それは言わないほうが!」
リアが止めようとしたが、シモンが口を滑らせてしまった。
「大丈夫ですよ。こんなチャンスを、他の誰かに教えたりしませんから」
「こんなチャンスとは、どういうことじゃ?」
「まあ、その話はいいじゃないですか。それよりイザベル様、わたしの部下が無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
急に頭を深く下げて、イザベルに謝るロレンツォ。
「ああ、薬師の人があたしの話に取り合わなかったことね。別に気にしてないから、大丈夫よ」
「いいえ、同じハーフエルフとして許しがたいことです」
ロレンツォがそういう言い方をしたのは、他種族の間に生まれた、混血児は忌み嫌われる存在であり、迫害を受けるようなことがあるためだった。
「薬師の人、あたしがハーフエルフって知らないわけだし、それは関係ないわ! ……って、なんでハーフエルフってわかったの?」
イザベルが驚いたのは、親元を離れて旅に出て以来、1度もハーフエルフだとバレた事がなく、何処へ行ってもエルフとして扱われるのが普通だったからであった。
「強いて挙げれば、魔力の揺らぎですかね。エルフは独特のリズムで魔力が揺らいでいますが、ハーフエルフはそれと異なる揺らぎが混ざっているのです」
「魔力の揺らぎ。とても興味深い視点の捕らえ方ですね。これは、なにか新しいものを生み出すヒントになりそうです」
ロレンツォの話に感銘を受け、腕を組みながら歩き回るリア。研究モードに入ってしまったようだ。
「なにかで謝罪をしたいのですが、今は大したことができません。ですので、わたしの住む、ジンドルフの村にお越しの際は、是非、このロレンツォを頼ってください。力になりますので」
ロレンツォはそう言うと、勇者の横を通るとき耳元でなにかを告げて、通路の奥へと去っていった。
「ロレンツォ様、大変変わったお方でしたね」
「変わり者のリアが、変わっていると言うんだ。ロレンツォはかなりの変人だな!」
「ジャクリーヌ様。そんなに褒められても困ります」
リアにとって変わり者とは褒め言葉のようだ。
「ジンドルフの村のロレンツォ。何処かで聞いたことがあるんじゃが……」
「ただの思い過ごしじゃないのか?」
シモンは必死に思い出そうとしているが、なにかひと押しが足りないようだ。
「あたし不思議だったんだけどさあ、ロレンツォさんが行った方向って、特等客室しかないはずなのよね。もしかして、物凄いお金持ちだったのかしら?」
「そうじゃ! 金持ちじゃよ! ロレンツォ・ボゼッティ! 世界有数の大商人じゃ!」
イザベルのひと押しで、思い出したようだ。
「ああ! ボゼッティ家ね! たしか、リュクス神聖国の中で唯一、独立国家のように振舞うことが許された村を統治する一族だったかしらね!」
「そのボゼッティ家の現当主が、ロレンツォ・ボゼッティじゃ! 世界有数の大商人であり、ジンドルフの村の村長じゃよ!」
「でもさ、そんなすごい人があたしに頭なんか下げると思う?」
「まあ、ジンドルフの村に行く機会があれば、そのときに考えればいいんじゃないか?」
「そじゃの。とりあえず今は、オットーの用意してくれた部屋でゆっくりとするかのう!」
イザベルが、1等客室の扉を開く。
「さすが、1等客室だけあって広いわねえ!」
「なにを言っている! ベッドが2つあるだけで狭いじゃないか!」
「ジャクリーヌは、大きな船に乗るのが始めてだから知らんのじゃろうが、普通は雑魚寝なんじゃぞ!」
「そうなのか! だがこの部屋だったら、馬車で寝たほうが良くないか?」
ジャクリーヌは、全員が思っていたがあえて口に出さないでいた事を、ハッキリと言ってしまった。
「ジャクリーヌ様、それを言っては部屋を用意してくださったオットー様が可哀想です」
結局、リアとイザベルが1等客室、勇者とシモンとジャクリーヌが馬車で寝る事になった。
「そう言えば、ニコラちゃん。ロレンツォさんからなにか言われてなかった?」
「あのね、魔石が増えてマントから魔力が漏れてますよ、って言われたよ!」
「たしかにロレンツォは、魔力の微細な変化にも気づきそうではあったな」
「ちょっとお待ちください。何故、魔石の事をご存知なのでしょうか?」
リアの言葉に、空気が凍りついた。
「あやつは敵なのじゃろうか?」
「ワタシは敵ではないと思うぞ! まあ、味方であるかどうかも怪しいが……」
「私はロレンツォ様を信じます。話された言葉の中に、いろいろな意図は感じましたが、決して悪意のようなものはありませんでした。マントの事も、旅を助けるアドバイスなのだと思います」
リアは力強くそう言った。
「あたしはリアの言葉を信じるわ! だって今まで何度もリアの言葉に助けられてきたでしょう!」
「ボクもリアを信じる! 仲間だもん!」
話し合った結果、ロレンツォは味方という事になった。そして、マントは魔石が増える毎に、抑え込める魔力の量をリアが調整する事となった。
翌朝、朝食を終え勇者たちは甲板に来ていた。
「見えてきたぞ! あれがリュクス神聖国、メーリングの町だな!」
「ニコラちゃん師匠。探求の羅針盤はどうですか?」
「東を指したままだよ!」
「つまり、5つの魔石の3つ目はメーリングの町より先ということね!」
「それじゃあ、イザベル! 久しぶりに例のやつを頼むぞい!」
イザベルが全員の前に出る。
「それじゃあ! メーリングの町に上陸して、3つ目の魔石を手に入れるぞー! えいえいおー!!」
『えいえいおー!!』
メーリングの町の港は、すぐ目の前まで迫っていた。
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