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第56話 クルト海峡2

「漢方薬ということは、お主が甲板(かんぱん)で話したというリュクス神聖国の薬師(やくし)じゃな!」

「そうよ! ネコノヒゲとは漢方の呼び名で、別名があるはずだわ!」

「それさえわかれば、イザベル様の手持ちの物に必ずある、というわけですね」


 リットベルガー王国とリュクス神聖国では、医学的な考え方が異なっていた。簡単に言うと、リットベルガー王国は悪い部分を取り除き治すという治療法、リュクス神聖国は病気になる前に防ぐという治療法であった。使う薬に共通のものがあっても、用途(ようと)が全く違ったり、呼び名が違うということがあり、今回のがまさにそれだった。


「あたしが甲板(かんぱん)まで往復するほどの時間がないわ!」


 そのとき、タブちゃんのカウントは132となっていた。


「それでしたら、(わたくし)とシモン様で甲板(かんぱん)に向かい、薬師(やくし)の方に(たず)ねるとしょう。話を聞き次第(しだい)、シモン様の魔法でイザベル様に伝えるというのはいかがでしょう?」

「ワシは通信の魔法は得意ではないから、伝えられるのはせいぜい4文字が限界じゃぞ! それで大丈夫かのう?」


 シモンは攻撃魔法が専門であり、通信のような補助魔法は使えないことはなかったが、不得意であった。


「4文字あれば十分よ! 2人とも、それでお願い!」


 イザベルがそう言うとシモンとリアは、急いで甲板(かんぱん)に向かった。


「イザベル、ニコラちゃんは治せそうなのか?」

「まだわからないわ。ギリギリ、間に合うかどうかといった所ね!」


 横になっていたジャクリーヌが起き上がり、イザベルに声をかけた。


「それよりジャクリーヌ、起き上がっても大丈夫なの?」

「まだ少し(つら)いが、なにかできることがあればやりたくてな」


 ジャクリーヌは大丈夫だと親指を立てる。しかし、身体はフラフラと揺れており、きつそうであった。


「ありがとう、ジャクリーヌ。とっても助かるわ」


 イザベルはそう言いながら、シモンとリアがいる天井を見上げていた。


(その頃、シモンとリアは……)


「よし! あの階段を上がれば甲板(かんぱん)じゃな!」


 シモンとリアが階段を駆け上がり、甲板(かんぱん)へと出る。


「探しておる薬師(やくし)は、小太りの鼻(ひげ)の男じゃったな!」

「急いで探しましょう!」


 辺りを見回し、急いで薬師(やくし)を探すシモンとリア。


「船首の手前におられる、あの方ではありませんか?」

「イザベルの言っておった特徴通りじゃ、あの男に違いないわい! ワシは呪文詠唱(じゅもんえいしょう)の準備をしながら向うから、お主は先に行って話を聞いてくれるかのう」


 リアはシモンの言葉に(うなず)き、駆け足で薬師(やくし)の元へ向かった。


「すいません。あなたは薬師(やくし)様ではございませんか?」

「たしかにわしは薬師(やくし)だが、なにか用かね?」

「はい。ネコノヒゲの別の呼び名について(うかが)いたいのですが」

「ネコノヒゲの別の呼び名とは、クミスクチンの事かね?」

「ありがとうございます。助かりました、おじさま。……シモン様! クミスクチンです!」


 リアは頭を下げながらそう言うと、手前まで来ていたシモンに向かって叫んだ。

 それを聞いたシモンは、両手で持った(つえ)に向かって目を閉じたまま、その言葉を強く(ねん)じた。



「!? きたっ! ク・ミ・ス・ク……」


 馬車のすぐ外で待っていた、イザベルの元にシモンの通信魔法が届いた。カウントは35となってる。


「ジャクリーヌ! 右から3番目の棚の上から2段目の左端の白い花の咲いた草を持ってきて!」


 乾燥付与(かんそうふよ)の部屋で待機していたジャクリーヌが、素早くイザベルが指示したものを探し出し持ってきた。イザベルは、乾燥付与(かんそうふよ)の部屋に保管してある全ての物の場所を覚えていたのだった。


「あとは薬研(やげん)(せん)じるだけよ!」


 舟形の溝を彫った薬研(やげん)にジャクリーヌが持ってきた草を入れ、車輪に軸がついた薬研(やげん)車でゴリゴリとすり潰していく。


「イザベル! もういいだろう! 早くニコラちゃんの飲ませないと!」

駄目(だめ)よ! しっかり(せん)じないと効果が表れないわ!」


 そのとき、カウントは20となっていた。


「よし! これで大丈夫だわ! ニコラちゃん飲ませるわよ!」


 勇者の口に薬を溶かした水を流し込む。


「ゴホッゴホッ」


 しかし、勇者は上手く飲み込めずに吐き出してしまった。

 5・4・3、カウントが終わりに近づいていく。そのとき……


「!!?」


 イザベルは、薬を溶かした水を口に含み、口移しで勇者にそれを飲ませた。

 カウントは1で止まっており、どうやら間に合ったようだ。


「ゼエゼエ……どうじゃ? ……ゼエゼエ……上手くいったかのう? ……ゼエゼエ……」

「ニコラちゃん師匠。大丈夫ですか?」


 シモンとリアが馬車に戻ってきた。シモンの疲れた様子を見る限り、全力ダッシュできたようであった。

 2人の目には、口づけをしている勇者とイザベル、それを見て真っ赤な顔をしているジャクリーヌの姿がハッキリと映し出された。


「な、な、なんですかこれは!」


 両手で顔を(おお)いながら、あわてふためくリア。そう言いながらも、人差し指と中指の間から口づけの様子を凝視(ぎょうし)している。


「……ぶはー! これにはちゃんとした事情があるのよ!」


 イザベルが勇者と(かさ)ねていた口唇(くちびる)を離し、これまでの経緯(いきさつ)を説明した。


「なるほどのう。そういう事じゃったのか」

「見てはいけないものを見てしまったと、(わたくし)(あせ)りましたとも! しかし、イザベル様が機転(きてん)を利かせなければ、大変な事になっていたかもしれませんね!」


 リアは大きく息を吐き、呼吸を整えながらそう言った。


「それより、ジャクリーヌ様はどうしたのでしょうか?」


 ジャクリーヌは、真っ赤な顔をしたまま固まっている。勇者とイザベルの間で起こった出来事から受けた、衝撃(しょうげき)の大きさが(うかが)える。


「ジャクリーヌ! あなたもこの薬飲みなさい! それとも、あたしに飲ませてほしいの?」


 イザベルが(ほお)を赤く染めて、ジャクリーヌの顔に口唇(くちびる)を近づけていく。


「!? はっ! イ、イザベル! お前はワタシになにをしようとしているんだ!」

「ジャクリーヌ様。正気(しょうき)に戻られたみたいですね」

「その薬飲んどきなさいよ。酔い止めと酔い覚ましの効果があるみたいだからね」


 しばらくすると、勇者とジャクリーヌは正常な状態に戻った。薬がしっかりと効いたようだ。


「ニコラちゃん、どう? 問題は無さそう?」

「さっきまでのが(うそ)みたいに元気いっぱいだよ!」


 勇者は両腕に力こぶを作りながら、イザベルの質問に答えた。


折角(せっかく)だから、オットーさんが用意してくれた部屋にいかない?」

「イザベルよ、そうは言っても、この部屋と出た途端(とたん)、2人の調子がまた悪くなってしまうのではないかのう?」


 シモンの言うことは最もなことであった。隣りにいるリアも、大きく(うなず)いている。


「大丈夫よ! それに、これから先の事を考えたら、薬の効果の強さや長さを把握(はあく)しておくべきでしょう?」

「なるほどです。それは重要なことでございますね」


 ポンッと手のひらを叩き、納得するリア。

 これから先、船旅にしろ馬車での旅にしろ、乗り物酔いをする可能性は全員にあった。普段乗り物酔いをしなくとも、体調の良し悪しでそうなる事があり得るからだ。


「もし調子が悪くなっても、この薬があるから大丈夫よ!」

「イザベル様、そのお薬を顆粒(かりゅう)にして、ゼラチンで作ったカプセルに入れておくのはどうでしょうか?」

「なるほど、それはいいわね! 上手くいったら、持ち運びも保管もうんと楽になるわ! 是非やってみて!」


 それは、この世界には存在(そんざい)しない画期的(かっきてき)な事であった。


「それでは、オットーが用意してくれた1等客室に行くとするかのう」


 勇者たちは、馬車を出て1等客室へと向かった。

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