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第53話 港町ローゼン6

 夕方になり空が赤く()まり始めた頃、勇者とリアが馬車から出てきた。


「できた! やっとできたよ!」

「きっと、グレーテ様も喜ばれるはずでございます」


 勇者とリアは、少しやつれているようであったが、達成感から生まれたものだと思われる肌のツヤツヤ感が、それを上手い事相殺(そうさい)しているようであった。


「それじゃあ、ニコラちゃん。お披露目(ひろめ)会の会場に向うとするか!」

「うん! 仕込みはできてるけど、準備をしなくちゃけないからね!」


 勇者たちは、馬車でお披露目(ひろめ)会の会場である料亭へと向かった。それというのも、高級料亭だけあって、裏手に馬車を置いておけるスペースがあったのだ。


「お待ちしておりました。本日は、料亭の全ての従業員を自由に使って頂いて構いませんので、何なりとお申し付けくださいませ」


 馬車を降りると、着物の女性と調理服の男性が頭を下げて待っていた。


「私はこの料亭の女将のラウラ。こちらが料理長のヨアヒムです。私共2人に声をかけてくださいますと、よろしいかと」


 女将のラウラは、浅葱(あさぎ)色の着物に上品な花柄が散りばめられたものを着ており、気品のある美しさが感じられた。

 料理長のヨアヒムは、上から下まで真っ白な料理服を着ており、頑固(がんこ)で怖そうな顔をしていたが、勇者が顔を向けるとニッコリと笑ってくれた。


「ヨアヒムさん、仕込みはしてきたんだけど、お披露目(ひろめ)会までに5品作りたいんだ」

「それでは厨房(ちゅうぼう)に参りましょうか。そこで説明していただきましょう」


 勇者とヨアヒムは厨房(ちゅうぼう)に向かっていった。なんとなくであるが、2人はうまくやれそうに見えた。


「それではラウラ様、仕込んできたものを厨房(ちゅうぼう)までお運び願えますか?」

承知(しょうち)しました。お前たち、仕事だよ!」


 ラウラが声をかけると、店の中に(ひか)えていた仲居(なかい)が5人現れた。そして、馬車から降ろしたものをどんどん厨房(ちゅうぼう)へと運んでいく。リアも一緒に厨房(ちゅうぼう)へ行ってしまった。


「ワシらはどうするかのう?」

厨房(ちゅうぼう)に行った所で、邪魔(じゃま)になるだけだろうしな」

「お披露目(ひろめ)会の部屋にでも行って、ゆっくりしておきましょう」


 3人が部屋に移ると、すでにハンペが待っていた。


「なんじゃハンペ、もう来ておったのか」

「うん! 待ちきれなかったんだ!」


 部屋を見回してみると、お(ぜん)が4客置いてあった。テーブルではなくお(ぜん)が置かれていたのは、グレーテの希望によるものだった。


「ん? お(ぜん)が4客あるぞ。グレーテとハンペの2客でよいのではないのか?」

「どういう事じゃろうのう?」


 頭をひねるジャクリーヌとシモン。イザベルは理由を知っているようで、ニヤリとしている。昼過ぎに、ハンペから特別に教わったことが関係しているようだ。


 お披露目(ひろめ)会開始の時間が迫り、お(ぜん)の上に料理が並べられる。海老(えび)味噌(みそ)マヨネーズ、牛肉のみそ漬け、味噌(みそ)田楽(でんがく)、ブリの照り焼き、きのこと鮭のバター醤油(しょうゆ)炒めの5品が、お品書きと一緒に置かれた。

 どの品も、味噌(みそ)醤油(しょうゆ)を美味しく味わうために、勇者とリアで考えたものだった。


「ハンペ、来とったんけ」


 (ふすま)が開かれ、グレーテが部屋の入って来た。


「グレーテお婆ちゃんの言った通りにしたよ!」

「そうけ。そったら座って待つべ」


 4客あるお(ぜん)の一番左にグレーテ、その隣にハンペが座った。

 しばらくすると、ドタドタと廊下(ろうか)を歩く(さわ)がしい音がしたあと、バンッと(ふすま)が不機嫌(きげん)に開かれた。


「イーダにオットー、よう来てくれたな。まずは、座りな」

「すぐ帰りますので、このままで結構(けっこう)です! それよりお祖母(ばあ)様、なんの御用でございますか? こんな時間に!」

「こんばんわ、お祖母(ばあ)様」


 ハンペの両親である、イーダとオットーがやってきた。相変わらす、イーダは機嫌(きげん)が悪く、オットーはその影に隠れるようにしている。


「おらは酒蔵で、味噌(みそ)醤油(しょうゆ)さこさえようと思っとる」

「そんなありもしないものなど、私は反対です」


 この世界では味噌(みそ)醤油(しょうゆ)は、遥か昔に存在した伝説上のものとされ、製造法も無く、作ろうとする者は(おろ)か者だと揶揄(やゆ)された。


「イーダ、おらと勝負さすっぺ。この人たちが作った、味噌(みそ)醤油(しょうゆ)さ使った料理をおめえさんが食って、旨いと言えばおらの勝ち。そうでなければおめえの勝ちだ」

「そんな勝負をして、私に得などありません。オットー、帰りますよ!」


 イーダはオットーと共に、部屋の外に向かって歩きだした。


「待って母さん! もし母さんが美味しいって言わなかったら、ぼく、味噌(みそ)醤油(しょうゆ)の研究をやめる! これならどう?」


 ハンペは立ち上がり、イーダをしっかりと見据(みす)えてそう言った。その目には、決意の大きさが感じられた。


「イーダ、おめえ自分の子供が言うことも聞かねえのか?」

「わかりました! 食べればいいのですね!」


 イーダは不貞腐(ふてくさ)れたまま、ハンペの隣のお(ぜん)に座った。オットーも隠れるようにその隣に座る。


「このお(ぜん)に載っているものを食べればよいのですね?」

「いいえ、違います。皆様にお食べいただくものは、これからお持ちします」


 厨房(ちゅうぼう)へと続く通路から現れたリアがそう言うと、4人の仲居(なかい)がそれぞれのお(ぜん)に、お(わん)に入った汁物と、皿に載った白くて四角い物、それとお酢差しを配った。


「なんですかこれは! 庶民(しょみん)が家で食べるようなものを出して! これを私に食べろと(おっしゃ)るのですか?」

「……」


 イーダの問いかけに、グレーテは無言で(うなず)いた。無言ではあったが、「いいからそれを食ってみろ!」と言っているように感じられた。 

 イーダは仕方なく怒った顔のまま、お(わん)を口に運んだ。


「思った通り、大した味ではありませんね! この勝負、私の勝ちと言うことですね!」


 イーダは勝ち(ほこ)ったようにそう言った。しかし、イーダを見る周りの様子が可怪(おか)しい。


「なんですかあなたたち! 私の顔に、なにかついているとでもいうのですか?」


 訳が分からず、(さわ)ぎ立てるイーダ。すると……


「母さん、なんで泣いているの?」


 隣に座るハンペが、とても心配そうにそう言った。オットーも心配そうに見つめている。


「……えっ?」


 イーダは(ほお)を触ると、涙で()れていた。


「イーダ、豆腐に醤油(しょうゆ)さかけて食ってみろ」


 グレーテが優しくそう話すと、イーダはお酢差しに入った醤油(しょうゆ)を、皿に載った豆腐にかけて口に運んだ。


「あっ!」


 その瞬間、イーダの目は、(にご)りきった大人の目から、透き通ってキラキラと輝く子供の目へと変わっていた。


「おめえ、うんと小さい頃に、おらのあんちゃんが作った料理さ食って、うめえうめえと言っとったのさ。それをもう一度おめえに食わせたくて、ハンペに味噌(みそ)醤油(しょうゆ)の話しさしたのさ」


 グレーテは以前、あんちゃんの作った料理をもう一度食べたいと言っていた。それは、自分で食べたいという気持ちもあったのだろうが、イーダに食べさせてあげたいという気持ちの方が大きかったようだ。


「その時の記憶はありませんが、その味は覚えていたようです。お祖母(ばあ)様、ハンペ、この勝負、私の負けのようですね」


 そう話すイーダの顔には、(くや)しさは微塵(みじん)もなく、晴れやかで澄み切ったものであった。

 これにより鳥海(とりかい)の酒蔵で、味噌(みそ)醤油(しょうゆ)作りが行われる事となった。


 そのあと、勇者たちも加わり、(なつ)かしの味と味噌(みそ)醤油(しょうゆ)を生かした5品の料理を味わった。

 なんとなくではあるが、イーダから底意地(そこいじ)の悪さが消え去り、オットーも自ら前に出て、イーダを支えていこうとしているように感じられた。

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