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第52話 港町ローゼン5

「ハンペからこの店を紹介してもらったんじゃが、ワシらには敷居(しきい)が高くてのう」

「あの子があんたらを……」


 グレーテは、この店がハンペの大のお気に入りである事を知っていた。そんな店を紹介するほど、勇者たちから恩義を受けたのだとグレーテは考えているようだった。


「そったら店の中さ入れ。おらがご馳走(ちそう)さすっから」


 グレーテの後に続き、店に入る3人。門から玄関までの間には、灯籠(とうろう)や大理石の通路があった。そのあまりの豪華さに、3人は場違い感を抱いているようで、顔が引きつっていた。


「お帰りなさいませ。グレーテ様」


 大きな玄関をくぐると、10人の仲居が綺麗に並んで頭を下げて出迎えてくれた。


「女将よ。お帰りとはどういう事じゃ?」

「はっはっは! ここが、おらの店だからさね」


 グレーテはシモンの質問に、豪快に笑いながら答えた。


「お主、すごい人物だったのじゃな!」

「そったらこたねえ。おらでなくて、この店の者たちがすごいのさ」


 この店は元々遊郭(ゆうかく)だったものを、グレーテが買い取って料亭に変えたものらしい。赤字続きの遊郭(ゆうかく)を売りに出した所、元の業種が水商売ということもあって、売り手が全くつかず諦めかけていた所を、宿が成功し一財産あったグレーテが手をあげたのだった。

 元々いた従業員をそのまま採用し、グレーテが宿で(つちか)った接客法を教え込んだ所、たちまち料亭の名は広がり、あっという間に国中からお客が来る人気店となったのだった。

 それからグレーテの元には、赤字で(こま)った店主が訪れるようになり、気に入った店を買い取っては繁盛(はんじょう)させることを繰り返しているうちに、知らぬ間に、町一番の権力者になっていたらしい。


「金はいくらあってもいいもんだ。だけんど、金がいくらあっても、あんちゃんが作ってくれたあの味さ食うことはできねえ」


 料亭2階の豪勢(ごうせい)な大広間で、豪勢(ごうせい)な料理を食べながらそう話すグレーテの顔は、少し(さみ)しげに見えた。


「グレーテさん、あんちゃんが作ってくれた料理って、どんなものだったの?」


 イザベルがそう(たず)ねると、グレーテはさっき食べたばかりのもののように、鮮明(せんめい)に事細かくその料理について話した。それを話すグレーテの(ひとみ)は、先程の(さみ)しげなものとは違い、キラキラした子供の目のように光り輝いていた。


「女将、実は味噌(みそ)醤油(しょうゆ)は明日にでも完成するんじゃ。細かい事は説明できんのじゃが、明日の夜、お主を招待(しょうたい)してお披露目(ひろめ)会を開きたいと思っとるんじゃよ」

「でも、その場所がなくてワタシたちは(こま)っているんだ」


 ジャクリーヌは、グレーテを拝むようにしてそう言った。


「そったら、ここさ使うといい。明日の夜は貸し切りにするでのう」


 あっさりと話が決まり、シモン、イザベル、ジャクリーヌの3人はガッツポーズをした。

 その決断の速さに、器の大きさを感じる。


「それじゃあ、ワシらはこれで失礼させてもらうかのう」

「まだ料理さ残っとるぞ」

「ワタシたちは、お披露目(ひろめ)会の準備をしないといけないんだ」

「さっきの、あんちゃんの料理の話も、ニコラちゃんとリアにしなくちゃいけないしね!」


 グレーテはそれならと、残った料理を折り詰めにして、勇者とリアの分まで持たせてくれた。



 3人は馬車に戻ると、厨房(ちゅうぼう)にいる勇者とリアの元に向かい、グレーテが話してくれたあんちゃんの料理の話を伝えた。

 お披露目(ひろめ)会で作る料理について全員で議論(ぎろん)すると、明日の朝に(そな)えて眠ることにした。



 翌朝、クンに肉球で(ほお)を叩かれる前に、全員は目を覚ました。

 味噌(みそ)醤油(しょうゆ)熟成(じゅくせい)具合を確認すると、勇者とリアは、さっそく、お披露目(ひろめ)会で作る料理の試作に取り掛かった。


「ハンペよ。今日のワシらとお主は、味見(あじみ)係じゃ。旨くても決して食べすぎてはいかんぞ!」

「ええ? 美味しいものを残すなんて勿体(もったい)なくて、ぼくできないよ!」

「それは大丈夫だ! 残ったものは、ワタシが全部食べてしまうからな!」

「今日ほど、ジャクリーヌの食いしん坊っぷりに感謝することはないわね!」


 朝早くから、試食会は始まった。今回は、美味しいものを作るのではなく、グレーテの記憶の中にある、あんちゃんの料理の味が目標となるため、徐々(じょじょ)に味を落としてその味に近づけていくという流れになった。


「これでも十分に旨いのだが、味が落ちていくというのは結構(けっこう)(こた)えるものだな!」

「たしかコース料理というものは、薄めの味から濃くしていくって聞いたことがあるんだけど、あたしたち、その逆をやってるわけよね」

「なんかワシ、味がわからんようになってきたわい」


 昼過ぎになって、ようやく味見(あじみ)係4人から合格のサインがでた。


「あとは、お兄ちゃんとリアお姉ちゃんの任せて、ぼくは、グレーテお婆ちゃんに言われた事をやらなくちゃ!」

「グレーテさんになにを頼まれたの?」

「しまった! これナイショだった!」


 (あわ)てて口を両手で(ふさ)ぐハンペ。子供らしくて可愛(かわい)らしい。


「それじゃあ、イザベルお姉ちゃんにだけ特別に教えてあげる!」


 イザベルのピンッと飛び出たエルフ耳に、コソコソと話すハンペ。


「お主ら仲がええのう!」

「イザベルが一番、ハンペと背格好が近いからな。親しみやすいのだろう」

「子供っぽい所もそっくりじゃしな!」

「おじいちゃん。……今、なにか言った?」


 ハンペから話を聞き終わったイザベルが、ギロリとシモンを(にら)みつける。


「……イ、イザベルは、いつまで()っても可愛(かわい)らしいままじゃと話しておったんじゃよ。 のう、ジャクリーヌ」

「いや、じじいはだな、お前のことを……」


 シモンは、告げ口をしようとしたジャクリーヌの口を人差し指で(ふさ)ぎ、耳元でなにかを話した。


「なに? ジャクリーヌ、おじいちゃんはなにを言っていたの?」

「ああ、お前の可愛(かわい)さが変わらないな、と話していたんだ」

「そう、それならいいわ。あたし、ハンペを家まで送ってくるわね!」


 イザベルはハンペと手を(つな)いで、スキップしながら行ってしまった。


「本当に子供じゃのう」

「じじい、さっき言ったこと忘れるなよ!」


 シモンはリアと馬車を取りに向かった時に、最初に行った酒蔵で、こっそり男海(おとこうみ)大吟醸(だいぎんじょう)購入(こうにゅう)していたのだった。それを呑ませることを条件に、ジャクリーヌを買収(ばいしゅう)したのであった。

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