第51話 港町ローゼン4
「ハンペ、イーダとグレーテはどういう仲なんだ?」
「母さんとグレーテお婆ちゃんは、いつも喧嘩してるんだ!」
ハンペの説明によると、グレーテは酒蔵のオーナーで、ハンペの曽祖父の妹にあたるとの事だった。昔の2人の仲は、今のようにギスギスしたものではなかったが、グレーテがハンペに味噌と醤油の事を教えて以来、ハンペが家業の酒造りをほっぽり出して、その研究ばかりするようになってしまったため、それを根に持ち、事あるごとにグレーテに突っかかるようになったらしい。
「ただ、母さんがグレーテお婆ちゃんに勝った事が1度もないんだ! さっきのもグレーテお婆ちゃん、最初から全部わかってて、あんな言い方したんだと思うんだ!」
「なるほどな。だからあんなスムーズに、事が運んだわけだな!」
「ハンペよ。お主なかなか、物事をよく見ておるのう!」
ハンペの観察眼に感心しながら歩いていると、獺海の酒蔵に到着した。
「お帰りなさいませ。お待ちしておりましたよ」
店に入ると、店主が待ち構えていた。
「先程、グレーテ様のお使いの方が来られまして、お渡しする麹を準備して待っておりました」
グレーテは、こうなることを予想して先に手を回していたらしい。
「麹、ありがとう。大切に使わせてもらうね!」
店主から麹を受け取り、勇者がお礼を言って店から外に出る。
「ねえ、お兄ちゃんたちは何処で作業をするの?」
ハンペが勇者たちに尋ねた。勇者は、お兄ちゃんと言われてとても嬉しそうだ。
「ニコラちゃん師匠、馬車で作業を行うのがよいのではないでしょうか?」
「でも、馬車を置いとける場所なんてないよ?」
「店の前に置いとくわけにもいかんしのう」
「それなら、港を使うといいよ! どうせ2、3日は船は動かないだろうし!」
ハンペが言うには、この辺りの海域は1度嵐が起こると、波が収まるまで2、3日かかるらしい。その間は船は動かず、港に馬車を置いていても問題ないとの事であった。
「それでは、私が馬車を取ってまいりますね」
「リア、ボクも一緒に行くよ!」
「ニコラちゃんはここに残って、ハンペと作業の相談でもしておれ。ワシがリアと行ってくるでのう」
シモンは気を利かせて、そう言ったつもりだった。
「じじい! もしかして女郎屋に行くつもりだな!」
「ジャクリーヌ、なにを言っておる! ニコラちゃんを、ああいう場所に近づけないようにと話したではないか!」
ジャクリーヌはしまったと、手で口を抑えている。シモンに言われるまで、その事を忘れていたようだ。
「女郎屋は、大人のお店だったよね!」
「お兄ちゃん、それは違うよ。父さんが、女郎屋は紳士の嗜みだって言ってたよ!」
勇者とハンペの子供2人が、無邪気に話している。
「これは本当に子供の会話なんじゃろか?」
「まあ、ギリギリセーフなんじゃない?」
リアとシモンは馬車を取りに向かった。シモンは女郎屋の前を通るとき、ずっと店の前に立つ女性を鼻の下を伸ばしながら見ていたが、ちゃんとリアと一緒に戻ってきた。
「ただいま戻りました。どうですか? 作業の方は始められそうですか?」
「うん! ハンペの話を聞いたら、味噌と醤油の種類の見当がついたよ! ボクが作りたかったものと同じで、とっても驚いちゃった!」
勇者は、ハンペとハイタッチをしながらそう言った。とても仲良しになっているようだ。
「それじゃあ、作業を始めるからみんな手伝ってね!」
勇者の指示のもと、味噌と醤油作りが始まった。
まず、味噌の仕込み班と、作業に必要な装置作り班に分かれる。味噌の仕込み班は、勇者曰く体力勝負の重労働という事で、力自慢のジャクリーヌと、補助魔法で手助けをするイザベルが割り当てられた。ハンペは作り方を覚えるために、補佐という形で参加している。
装置作り班は、鍛冶師のリアと、魔術具製作の経験があるシモンが割り当てられた。味噌の上に載せる重しとなる魔術具や、醤油を撹拌するための魔術具、そして、醤油を搾り取るための圧搾機を製作する。装置以外にも、味噌や醤油を入れるための大きめの桶の製作も行う。
一通りの作業が終わると、日が沈む寸前になっていた。
「今日の作業は終わり! あとはボクとリアでやるから、みんなはハンペを家に送ってきてあげてね!」
「私たちは、まだ作業を続けますので、皆様は外で夕食を食べてきてください」
シモン、イザベル、ジャクリーヌの3人は、ハンペを連れて鳥海の酒蔵に向かった。
「ハンペよ、作業をやってみてどうじゃったかのう」
「とても楽しかったよ! でも、出来上がるまで6ヶ月かかるんだよね。待ちきれないよ!」
そう話すハンペの目は、キラキラと輝いている。
「ハンペに、明日、味噌と醤油ができることを話してやりたいのだが、どうじゃろか?」
「あたしはいいと思うわ。食べ物の事だしね」
「ワタシも反対はしないが、一応、秘密ということにしておくべきだと思うぞ」
3人は、ハンペに聞こえないようにコソコソと話した。
「実はのう、ハンペ。明日の朝には、味噌と醤油が出来上がるんじゃよ」
「そうなの! だったら、グレーテお婆ちゃんに食べさせてあげたいなあ!」
「それはいいわね! グレーテさん、もう一度食べたいって言ってたものね!」
「折角なら、グレーテを招いて味噌と醤油のお披露目会を開いてはどうだ?」
「お披露目会はいいんじゃが、場所はどうするんじゃ? 馬車でやるわけにもいかんぞい」
いいアイデアが浮かんだが、やるべき場所が見当たらず、頭を悩ます3人。
「それだったら、ぼくがいい場所を知ってるよ! そこで晩御飯も食べたらいいよ! とっても美味しいから!」
ハンペを家に送り届けると、進められた店に、夕食とお披露目会の場所を借りるために向かった。
「ハンペが言っておった店は、ここで間違いないのかのう?」
「さすがにここはないわね」
「ああ、ワタシたちには敷居が高すぎて、入れないな」
ハンペに紹介された店は、町一番の高級料亭だった。大きな門の向こうには、錦鯉が泳ぐ大きな池や、美しく剪定された松などが見え、一見さんお断りのオーラが放たれていた。
「何処か、安酒の飲める居酒屋でも探すかのう!」
シモンがそう言うと、3人は居酒屋へ向かおうと店の前から振り返った。
すると、目の前に馬車が止まり扉が開いた。
「なんじゃ、あんたらか。こんな所でどしたんだ?」
馬車から降りてきたのは、なんとグレーテだった。
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