第50話 港町ローゼン3
「ほう! 中の作りも流石なものだな!」
酒蔵の中に入ると、太くて立派な梁や柱、大きな神棚、積み上げられた酒樽などがどっしり待ち構えていた。
「いらっしゃいませ。どうぞ、ごゆっくり」
グレーのコートを着た白髪交じりの男が、紺色の法被に袖を通しながらやってきた。
「オットー、なにをやってるんだい! 嵐になっちまったから店は終いにするって言ったばかりではないか!」
酒蔵の奥から、小豆色の着物を着た狐のような目付きをした女が、機嫌悪そうにやってきた。
「イーダ、お客さんが来たんだよ。失礼じゃないか。皆様、申し訳ありません」
オットーが前に出て、頭を下げる。
「なにを言ってるんだい馬鹿亭主! この人たちは雨宿りに来ただけだろう! 小ぶりになったらさっさと帰ってくんな! それにしても、ハンペのヤツは何処に行っちまったんだい!」
イーダはそう言うと、酒蔵の奥へ行ってしまった。どうも、オットーとイーダは夫婦のようだ。
「皆様、そういうわけで店は終いですので、私は失礼させてもらいます。雨宿りはしていただいて構いませんので」
オットーも酒蔵の奥へ行ってしまった。
「話を切り出す前に終わってしまったのう」
「どっちみち、この酒蔵で麹を貰うのは無理っぽそうね。イーダって人が絶対に許してくれそうにないわ!」
「ニコラちゃん、心配するな! 酒蔵はあと2、3軒あるからな! ってニコラちゃんがいないぞ! 何処に行ったんだ?」
急いで酒蔵の中を見回す。すると、積まれた酒樽と壁の間の暗くなった部分に、勇者が膝を抱えてうずくまっていた。
「おい! この光景、見た覚えがないか?」
「うーん……なんじゃったかのう? 何処かで見たような気はするのう」
「そうよ! 儀式の祠で、タブちゃんが始めて鳴った時だわ!」
「ということは、今回もタブちゃんが鳴ったのではないか?」
「あたしは聞いた覚えはないけど……一応、タブちゃん見てみるわね」
イザベルが、背中のカバンからタブレットのタブちゃんを取り出す。
「あっ! タブちゃん鳴ってたみたい!」
「前の店で、雷がなった時に鳴ってたみたいだよ」
クンが勇者の襟巻きからサッと飛び出し、イザベルの耳元でそう告げると、再び勇者の襟巻きに戻っていった。クンは猫なだけあって、聴覚が鋭いのであった。
「それで、タブちゃんにはなんと書いてあるんだ?」
「えーと……【ガラスのハートの取扱について】だって」
「ガラスのハート……とても繊細なもののようですね」
リアが心配そうに勇者を見ている。
「勇者は挫折をすることに、ほとんど耐性ががありません。続けてそのような事が起こってしまった場合は、一旦やめて、続きは翌日にしましょう。もし3度続けて挫折を味わってしまうと、その事自体を解決する以外、勇者は立ち直ることはありません。2度目でやめるべきでしょう。 だって」
「しまったのう。タブちゃんの音にさえ気付いておったら、回避できる問題だったようじゃわい」
「雷という自然相手のことですから、仕方がありませんね。それよりも、これからすべき事について考えましょう」
リアの一言で、過去から未来へと頭を切り替える。
「男海、獺海、鳥海の酒蔵で駄目だったんだ。他の酒蔵で麹を分けてもらうしか方法はないな!」
「それは無理だよ」
突然、勇者がいる反対の隅から声がした。その場所を見ると、勇者と同じように膝を抱えてうずくまっている少年がいた。その少年は、紺色の着物に浅葱色の羽織を着ていた。勇者より少し年下のように見える。
「少年よ。どうして無理なんじゃ?」
「ぼくが、その酒蔵から麹を貰おうとして、母さんに見つかっちゃったんだ」
詳しく聞いてみると、少年はハンペという名前で、この酒蔵の跡取り息子らしい。ハンペは曽祖父が作っていたという味噌と醤油に興味を持ち、その研究ばかりしていたが、両親はその事に否定的であり、手を貸してくれる様子はなかった。なので、味噌と醤油作りに必要な麹を求め、近所の酒蔵を回った所、母のイーダにバレてしまい、その酒蔵から麹を一切外に出させないように、この酒蔵の力を盾にして圧力をかけたとの事であった。
「なるほどのう。ワシらが行こうしておった酒蔵が、まさにそれだったという訳じゃな」
「これはまずいのではないか? 麹がなければ、ニコラちゃんは立ち直れない」
「そして、ニコラちゃん立ち直れなければ、魔王は倒せない。ということね」
まさか、味噌と醤油を追い求めたばかりに、こんな罠にハマってしまうとは思ってもいなかった。
「ハンペ様、なにか解決できる方法はないのでしょうか? 可能性がわずかでもあるのでしたら」
「ぼく、1つだけ方法知ってるよ! この酒蔵のオーナーに気に入られる事だよ! まあ、無理だろうけど……」
「オーナーとは、ハンペ様のご両親のオットー様かイーダ様のことですね」
「違うよ。鳥海酒造のオーナーは……」
ハンペとリアが話していると、店の前でなにか音がした。雨音はいつの間にか弱まっており、その御蔭で外の音が聞こえたようだ。
「店の前に、馬車が止まったようじゃのう」
そう話すシモンの位置からは、馬車の車輪を見ることができた。
「そったら、さっきの件は宜しく頼むでなあ」
「かしこまりました。それでは」
聞き覚えのある声と男の声がすると、馬車は何処かへ行ってしまった。
「今戻ったよ」
「グレーテお婆ちゃん、おかえり! 母さんったら、味噌と醤油作りさせてくれないんだよ!」
なんと店に入ってきたのは、町の入口で別れたグレーテであった。ハンペが笑顔で迎え入れている。どうも、ハンペはお婆ちゃんっ子のようだ。
「グレーテ様。またお会いできるとは」
「おお、やっぱりあんたらだったのけ。話はつけておいたから……」
「まあ! グレーテお祖母様、戻られたのですね!」
グレーテがなにかを告げよようとすると、イーダがやってきて話を遮った。先程までの横柄な態度とは全く異なっている。
「イーダ、あんたまだ、ハンペの事許してやっとらんのけ?」
「お祖母様、子育てに関しては口を出さない約束ですよ!」
どうも、グレーテとイーダは反りが合わないようだ。
「オットー、あんたがしっかりしねえから、こんな事になってしまうだぞ」
「面目ありません。お祖母様」
イーダの影に隠れるように、オットーも来ていた。話のやり取りを見る限り、オットーは婿養子のようだ。
「グレーテお婆ちゃん、この人達がね、麹を分けてもらいたいんだって」
ハンペがこれまでの経緯を、グレーテに説明した。どうも、勇者たちに麹を手に入れさせて、一緒に味噌と醤油作りをしようという目論見のようだ。
「イーダ、この人達に麹さ分けてあげたらどうだ?」
シモン、イザベル、ジャクリーヌ、リアの4人は、グレーテを応援するような眼差しでその様子を見ている。
「お祖母様、それはできません」
「なしてだ? ハンペの事とは関係ねえべ」
「海露と霊海の酒蔵に、麹を外に出さないように申し付けた所です。そんな時に、うちから麹を出しては、鳥海の名折れになってしまいます」
「……たしかに、イーダの言う通りさねえ」
グレーテがそう言うと、イーダが少し笑ったように見えた。海露と霊海とは、これから行こうとしていた残りの2軒の酒蔵の事であった。
「そったら、他の酒蔵さ関係ねえってこったな?」
「ええ、そうなりますが……」
「あんたら、ハンペと獺海の酒蔵に行ってみな。そったら麹さくれっから」
グレーテはそう言うと、酒蔵の奥へと去っていった。その様子を、親指の爪をかみながら悔しそうにイーダが見ていた。
「それじゃ、行こう!」
いつの間にか元気を取り戻した勇者が、ハンペと仲間たちを引き連れ獺海の酒蔵に向かっていった。
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