第5話 王都リットベルガー1
「お客さん! もうしばらくしたら、王都に到着ですよ!」
前の方から、声がした。馬車の運転手さんのものだろう。その声に気づいたクンが目を覚す。ジャクリーヌ、シモン、イザベル、勇者の4人は、まだ夢の中にいるようだ。
「おはよう! ……おはよう! ……おはよう! ……おはよう!」
ぺちぺちぺちぺち、クンが自慢の肉球で4人の頬をたたく。これが、勇者パーティーの正しい朝の迎え方である。しかし、太陽が真上に来る時間は、とっくに過ぎており、未二つ、つまりは、13時半~14時あたりになっていた。
「なんじゃ? もう王都に着いたのか?」
「よし! 気合入れて、国王様に突撃よ!」
「しっかり……台本……読み込んで……リハーサル……」
しっかりと目覚めたシモンとイザベル。相変わらずの寝坊助戦士ジャクリーヌ。
勇者はクンを膝にのせて、一緒に力こぶのポーズをとっている。気合十分のようだ。
「どれどれ、どのあたりまで来たのかな?」
馬車の窓から外を見わたす、イザベル。それに釣れるように、シモンと勇者も外をみる。
「ただいまー! 帰ってきたよー!」
すれ違った商人らしき人に手を振る、イザベル。それに合わせて、一緒に手を振る勇者。いつの間にか、勇者の肩に登り、前足と尻尾を振るクン。
「なんじゃ? 今の人、知り合いかの?」
「いや、全く知らない人!」
他愛のない話をしながら、流れ行く景色を眺める。舗装された道、等間隔にたてられた街灯、見回りをする兵士、行商に向かう商人。いつの間に起きたのか、ジャクリーヌもその景色を見ている。
「よし! 王都はもう、目と鼻の先だな!」
「寝坊助戦士のご帰還じゃな!」
「ねえ! 街も見ていこうよ! ニコラちゃん案内したいし!」
「そうじゃのう、どうせ馬車乗り場から城まで、城下町を抜けていかねばならんしの!」
「そうだ! ニコラちゃん、黒い襟巻つけておこうよ!」
勇者は黒い襟巻を、イザベルに装備してもらった。そして、クンはその襟巻の中に潜んだ。
「!! おっ、馬車が止まったぞ! 到着したようだな!」
ガチャリ、馬車の扉が開いた。
「皆様、長旅お疲れさまでした。またのご利用お待ちしております」
王都リットベルガーの城下町に到着した。
「どっこいせっと! それじゃ、城まで歩くかのう!」
腰を叩きながら歩きだす、シモン。それにつづいて残りの3人も歩き出す。
「隊長ー! ジャクリーヌ隊長ー!」
「なんか、兵士の人が近づいてくるよ! ジャクリーヌのこと呼んでるけど」
「……あれは……エルターじゃないか! エルター、ワタシはここだぞー!」
兵士エルターがやってきた。
「久しいじゃないか、エルター! どうだ? ゲオルゲから、出陣の許しはでたか?」
「実戦にでるのはまだまだ早い! とゲオルゲ副隊長に、怒鳴られる毎日であります!」
「まあ、アイツは堅物だからな……それでも見る目は確かだから、認められるよう、努力をつづけていくことだな!」
兵士エルターを激励するジャクリーヌ。
「ねえ、おじいちゃん! いつものジャクリーヌと違って、なんか偉そうな話し方だよ!」
「まあ、あれでもヤツは、近衛騎士団隊長じゃからのう。寝坊助戦士が隊長とは、この国の行く末も、危ういのかもしれんのう」
「おい! そこのじじいとハーフエルフ! 少し黙ろうか!」
「ヤバい! 聞こえてた!」
勇者の後ろにサッと隠れる、シモンとイザベル。
「それでエルター、ここに来た目的は?」
「はっ! 王都に戻られる隊長たちに、この書状を届けるよう、伝令役として来た次第であります! ……どうぞ」
「うむ、たしかに受け取った! ……じじい、読んでくれ!」
ジャクリーヌから、書状を受け取るシモン。巻物状のそれをスルスルと開いていく。
「ふむふむ……街でゆっくりする時間はありそうじゃぞ! 国王様との謁見は、酉一つから、ということじゃからの!」
「やったね、ニコラちゃん! イエーイ!」
パチン! 喜びのハイタッチをする、イザベルと勇者。ちなみに、酉一とは17時~17時半のときを指す。
「それでは、自分は引き続き、任務がありますので、これで!」
エルターは、深々と頭を下げながらそう話すと、次の任務へと向かっていった。
「なあ、まずはなにか食べないか? よく考えたら、ワタシたち昨日の夜からなにも食ってないぞ!」
「ワシは、なにか甘いものがええのう! 胃袋がそう言っておる!」
「あたしの胃袋も、甘いものがいいって! ニコラちゃんは……あれ?」
イザベルが話していると、馬車がこちらに、近づいてくる。
「あたしたちが乗ってきた馬車じゃん! シイバの村に向かうんじゃなかったのかな?」
「馬を休ませるにしても、厩舎は西のはずれじゃ。方向が全然違うぞい」
「進む先には、商店街を挟んで城しかないな。一体どこへ……おい! お前!」
馬車がジャクリーヌの横を、通り過ぎようとしたとき、馬車の窓から、1人の男がこちらに手を振っているのが見えた。
「今のって、エルターだよね? さっきジャクリーヌと話してた」
「任務とは、馬車で城に戻ることじゃったのかの? さぼっているだけにしか見えんが……」
「エルターのヤツめ! 発破をかけてやったばかりなのに! 馬車に乗ったうえに、手まで振るとは……」
肩を落とすジャクリーヌをしり目に、エルターの乗った馬車は、城の方角へと進んでいった。ジャクリーヌいわく、有名な鍛冶師がつくった特注品の剣と鎧を一緒に乗せて……
「さっきの出来事、かなりショックじゃったようじゃの。まだ、立ち直れそうにないわい」
「ジャクリーヌ! そんなときこそ甘いものよ! 嫌な気持なんて、甘さが吹き飛ばしてくれるわ!」
「……そうだな、今こそ甘いものだ! それじゃ、ワタシお気に入りの店が、近くにあるから、向かうとしよう!」
『あ・ま・い・もの♪ あまいもの♪』
謎の歌を合唱する、イザベルとジャクリーヌ。あわせて手拍子をする、シモン、勇者、クン。その賑やかな光景に、すれ違う人々も笑顔になる。シモンたちにあわせ、手拍子をする人もいるようだった。
「よし、着いたぞ! ここが、お気に入りの店だ!」
「甘味処おはぎとピーチか。なかなか、趣のある佇まいじゃのう……どれどれなにが……のわ!?」
「どうしたの? おじいちゃん? 急に変な声あげて……なにがある……ぎえ!?」
シモンとイザベルは、なにかを見た瞬間、恐怖に震え上がり、勇者の後ろにサッと隠れた。
「一体、どうしたというんだ? シモン? イザベル?」
「……店の中に……盗賊が……盗賊のお頭がおる! あの面構え、かなり凶悪なヤツじゃぞ!」
「おじいちゃん、違うわ! あれは熊よ! お腹を空かせた熊が、山から下りてきたんだわ!」
商品がならぶ店の奥には、シモンのいう通り、目元に傷があり、口ひげに覆われ、凶悪な顔をした盗賊のお頭のようで、イザベルのいう通り、溢れんばかりの胸毛、すさまじい筋肉に覆われた巨体、まるで熊のような、そんな存在がいた。
「こいつは、店主のゲルベルガだ!」
「へ? 店の人? 盗賊のお頭じゃないのかの?」
「熊じゃなかったのね……食べられるかと思ったわ!」
勇者の後ろからサッと戻る、シモンとイザベル。
「隊長には、いつも兄貴が世話になってるからな! 1つずつサービスしてやるぞ!」
「ゲルベルガは、近衛騎士団副隊長ゲオルゲの、双子の弟なんだ」
「そういえば、エルターがそんな話をしておったのう!」
「どれにしようかなあ? 店の名前にあるくらいだから、おはぎにしようかなあ? ニコラちゃんはどれにする?」
それぞれ、好きな和菓子をえらび、店の前にある縁台に腰掛ける。そこへ、和菓子とお茶を運んでくる、ゲルベルガ。
「いただきまーす! ……!? んっ、このおはぎ美味しい! 甘さもちょっと控えめで、粒あんのつぶし具合も、あたし好みだわ!」
「どれどれ、ワシも……!? こりゃ、甘さを引き立てるように加えられた塩味が、実にいい塩梅じゃの!」
「そうだろう、そうだろう! それでいてあっさりしているから、いくらでも食えてしまうんだ! ワタシなんか、いつも必ず、10個はたいらげてしまうぞ! ニコラちゃんはどうだ?」
勇者はもぐもぐと口を動かしながら、半分食べた和菓子の断面を見せた。
「それは、ピーチ大福ね! 大きくカットされたピーチが、白あんに包まれて、まるで宝石のようだわ!」
「その大福は、季節限定の人気商品でな。いつもはすぐ売り切れてしまうんだ! ワタシも目にしたのは数年ぶりだ!」
「お! まだいくつか、残っておるようじゃぞ! 店主よ、ワシにピーチ大福を1つもらえんかの!」
「あたしにも!」
「お、お前たちばかりズルいぞ! ワタシもだ!」
ゲルベルガが運んできた、ピーチ大福を頬張る、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「さすが、菓子職人ゲルベルガだな!」
「なんじゃと! この菓子は、あやつがつくっておるのか? あんないかつい顔で……」
「あんなゴリマッチョが、こんな美味しいのを? そんなこと本当にあるの? おしえて! 料理大得意のニコラちゃん!」
勇者は口の中のピーチ大福を、もぐもぐと噛んで飲み込んだ。
「お菓子作りは、実は重労働です。長時間、材料を混ぜつづけたり、体重をしっかりかけて、材料をこねたり、力と体力が重要となります。もちろん1番必要なのは、技術ですが」
クンの通訳にあわせて、うんうんと頷くそぶりの勇者。
「それじゃワシ、今度から菓子屋をえらぶときは、盗賊のお頭のようなヤツがいる店にするぞい!」
「あたしは、熊のようなヤツがいる店にするわ!」
「2人とも、それはなんか違うぞ!」
『わっはっは!!』
お茶と和菓子を、まったりと賑やかに堪能した勇者パーティー。
「はあー! 満足満足! お腹も心も一杯ね! それじゃあ、先に進みましょうか!」
イザベルの言葉に合わせるかのように、お腹をポンポンと叩く、勇者とクン。彼らも満足したようだ。
「まだ、ちと時間があるぞい! どこか、行きたいとこがあるヤツはおらんかの?」
「ならいいか? ワタシは、ひとこと挨拶しておきたい人がいるんだ」
突然、キリッとした顔で話すジャクリーヌ。
「場所は、どのあたりなの? ジャクリーヌ?」
「城の少し前にある、広場だ!」
「ほう! あの一等地とはの! あんなところに知り合いがおるとは、さすが、近衛騎士団隊長じゃな!」
「よせやい! 照れるじゃないか!」
突然、ふにゃっとした顔になるジャクリーヌ。
目的地である、広場の少し前までやってきた、勇者パーティー。
「ここは、いつきても賑わってるな!」
「そうね! だけど、訪れてる人たちは、さっきまでと全然違うわね!」
「そりゃそうじゃ! 一等地じゃからのう! 貴族などの身分が高い人ばかりじゃて!」
王都リットベルガーの城下町は、大きく2つに分かれていた。城の前にある、広場の両端に広がる貴族区域、その手前の商店街の両端に広がる庶民区域。ちなみに、庶民区域の貴族区域側に、兵士の宿舎があり、そこに、ジャクリーヌは住んでいる。
「ジャクリーヌ、お主、いつものように、奇声をあげたり、奇抜な行動をしたりすると、すぐに捕まってしまうからの! 気を付けるんじゃぞ!」
「いや、ワタシはむしろ捕まえる方で……って、いつもそんな風に見られているのか? ワタシは!」
「それより、ここにきた目的は、どうなったの?」
「そうだったな! ワタシの、長年の夢の1つを叶えるために、ここにやってきたんだ!」
「それって、もしかして……こないだ言ってたアレかの?」
「一流レストランで『ちょっと料理長呼んでくれ! 一言、礼がしたい!』ってやつよね!」
「そうだ! その通りだ! 一流レストラン『星三つ』の料理長と、顔馴染みになったんだ! 今こそ、この夢を叶えるときだ!」
追い求めた夢が、すぐそこまでやってきて、ワクワクをとめることができない、ジャクリーヌ。
「……ちょっと待つんじゃ、ジャクリーヌよ。落ち着いて、よく考えるんじゃ」
「どうしたんだ、じじい! まさか、ワタシの夢が叶うのを、邪魔しようってんじゃないだろうな? ……ん? どうした? 肩に手を置いて?」
ジャクリーヌの肩に、ポンと手を置く、イザベルと勇者。クンも襟巻の中から、前足を伸ばしている。どうも、この2人と1匹は、シモンが伝えようとしていることに、気づいたようだ。
「ワシが、『星三つ』の料理長と出会ったのは、2日前の夜、シイバの村でのことじゃったな?」
「ああ、そのとおりだ!」
「そして、翌朝の始発便で、ここへやってきたわけじゃ……ということは……」
「!? こ、ここに料理長がいるはずがない! そういうことか……」
目の前の夢が砕け散り、崩れ落ちる、ジャクリーヌ。
「いや、そんなに驚くことじゃなくて……誰でもわかる、いや、猿でもわかることだよね?」
「わあー! ワタシは猿以下だったのかー!」
さらに、絶望の淵に突き落とされる、ジャクリーヌ。
「とどめを刺したあとに、追撃を加えるとは、さすがのワシも、やりすぎじゃと思うぞ、イザベルよ」
「えへ、ちょっと調子に乗っちゃった! ……でも、ジャクリーヌ、まだ方法は残されているわよ!」
「な、なんだと! ワタシは、深淵の底にいるんだぞ! ここから這い上がることが、できるというのか!」
「ふふふ……料理長がいないなら、副料理長を呼べばいいじゃない!」
「……なんということだ……ワタシの夢は、まだ……つづいていたんだ……」
深淵の底で、1度、光を失いかけていた、ジャクリーヌの瞳に、再び、輝きが戻ってきた。
「それじゃあ! さっそく『星三つ』へ行きましょう!」
意気揚々と歩き出す、イザベルとジャクリーヌ。とりあえずついていく、残りの2人と1匹。
「あれが、約束の場所よ! それじゃ、ジャクリーヌ……夢……叶えてきなさいね!」
「ああ! 行ってくるぞ! ……この恩は、決して忘れないぞ! イザベル!」
青春ドラマのワンシーンとように、夢に向かって歩を進める、ジャクリーヌ。それを、ハンカチを振って送り出す、イザベル。
「お主らよ、『星三つ』の入り口を、よく見てみるがよい」
ジャクリーヌとイザベルは、シモンの言葉に従い、店の入り口を見た。
『改装中に着き、しばらく、休ませていただきます』
つづいた夢は、あっさりと終焉を迎えた。そして、ジャクリーヌは、再び絶望の淵に突き落とされた。
「長かったね、三文芝居……」
「そうじゃの……」
クンとシモンがつぶやいた。クンの言葉は、きっと、勇者とクン両方のものだろう。
いつの間にか、太陽は傾き、空を赤く染めはじめていた。
「そろそろ、約束の時間だな! みんな! 心の準備はいいか?」
「お主の心が、危うかったのじゃが……なんとか、立ち直ったようじゃのう!」
「それじゃあ! いくよー! えいえいおー!」
『えいえいおー!』
掛け声とともに、勇者パーティーは、国王との謁見のため、城に向かっていった。