第49話 港町ローゼン2
「ニコラちゃん、今のは良くなかったぞい」
「どうして?」
勇者は気持ちばかり焦ってしまい、冷静な判断ができていないようだ。
「一旦深呼吸だ。少し落ち着いてから、話した方がいいだろう」
「私と一緒に深呼吸いたしましょう」
リアに合わせて、勇者も深呼吸をする。
「ニコラちゃん、落ち着いたかのう?」
「うん! ボク焦ってたみたい!」
勇者は冷静さを取り戻したようだ。
「よし! それじゃあ、次の酒蔵ではワシらが合図するまで待っておれよ」
「あたしたちで、店員さんを褒めちぎるわけね!」
「店員さんを褒めるのは、少し違うと思うのですが……」
「リアの言う通りだ。褒めるべきは酒の味だ! 1本位買ってもいいよな? これもミソとショウユのためだ!」
話し合いの結果、大吟醸を1本買うことが許された。
「折角いい酒を買うのだから、旨いのがいいよな! じじい、何処が有名なんだ?」
「やはり、1番有名なのは鳥海じゃろうな!」
「たしか、国王様に献上された事もあるのよね!」
「私、鳥海知ってます。お父さんが宝物のように抱えながら、ちびちび呑んでおりましたから」
鳥海を作っている酒蔵は、港町ローゼンで最も古くからあり、他に酒蔵からも一目置かれるような存在であった。
「鳥海は決まりだな! もう1軒、何処かないか?」
「そうじゃ、イザベルよ。ゲルベルガのやつが、旨い酒を見つけたと言っておったのう! なんじゃったかのう……だ……だ」
シモンは一文字目は思い出したようだが、それより先が全く出てこない。
王女誘拐未遂事件からリアを助け出した後、宿でパーティーを開くために料理づくりを頼んだ時に、ゲルベルガと酒の話をしていたのであった。
「獺海ね!」
「そうじゃ! 獺海じゃ!」
イザベルとシモンは拳と拳を突き合わせた。
「獺海ってそこの酒蔵じゃないか! さっそく行くとしよう!」
獺海の酒蔵は、話をしている場所の向かいにあった。
「外観はそうでもなかったが、中は結構綺麗だぞ!」
「たしか、ゲルベルガさんが、獺海はできて1年も経っていない酒蔵で作ってるって言ってたわね」
「お客様、お詳しいですね。私共は、お隣から蔵の1つをお借りして、酒蔵を始めたばかりでございまして、中は改装したてなのですよ」
話しかけてきた店員の男は、白色に黒い文字で獺海と書かれている法被を着ていた。
「もしかして、今、ゲルベルガ様のお名前を言われましたか?」
「ええ! あたしたちはゲルベルガさん紹介されて、王都からここに来たのよ!」
厳密には、ゲルベルガから紹介されたわけではなかったが、全くの嘘ということでもなかった。
「そうでございましたか。私共は、ゲルベルガ様に大変お世話になっておりまして、試飲という形ですが、好きなだけ呑んでいってください」
ゲルベルガは、遠く離れたこの町まで名が知られている程の有名な料理人であった。彼の紹介により、王都の様々な飲食店から獺海の注文が入ってきており、その中でも、高級レストラン『星三つ』からのものは、この酒蔵にとって非常に大きな意味を持つものであったのだ。
「折角だから頂くとするか。店主のおすすめのものをもらえるか?」
「ワシも同じものを頼む!」
「あたしも!」
本当は浴びるほど呑みたい酒好きの、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。しかし、味噌と醤油のため、ここはグッと我慢をしているようだ。
「こちらは新酒でございまして、普段は試飲には出していない大吟醸です。ゲルベルガ様のご紹介という事で、特別に出させて頂きました」
「なんと、大吟醸だと! そいつは期待が高まるな!」
ゲルベルガに感謝しながら、大吟醸を頂く。
「華やかな香りと透き通ったような甘みだな!」
「切れのある味わいだが、余韻が長く感じられるわい!」
「いくらでも呑んでしまいそうで、ヤバいわね!」
獺海の大吟醸を褒めまくる3人。味噌と醤油のためという訳ではなく、本心から言っているように見える。
「さすが店主のおすすめじゃのう! これを1本もらえるかのう?」
「ありがとうございます。準備いたしますので、少々お待ちくださいね」
このタイミングだと判断し、シモンが勇者に目で合図を送る。
「おじさん、もしよかったら、麹を分けてもらうことはできる?」
勇者も、もうそろそろ来るだろう待ち構えていたようで、素早く切り出した。
商品の準備をしていた店主の手が、ピクリと動く。
「麹をお譲りしても私共は良いのですが、この建物も麹も、隣の酒蔵からお借りして間もないものでして、せめてあと1年お待ちいただければ可能かと思います」
ピカッ! ゴロゴロ……店主がそう話した瞬間、物凄い雷鳴が響いた。
それと同時に、ピコンッ! という聞き慣れた音が、イザベルの背負うカバンから鳴った。しかし、雷鳴により、その音はかき消されて聞き逃してしまった。
店主の言っていることは本当のことで、この町の酒蔵には、2年でやっと1軒の酒蔵として認知されるという、仕来りのようなものがあったのだった。
「こちらのご購入はお辞めになりますか?」
店主が申し訳無さそうにそう言った。
「大丈夫だ! 頂くとしよう!」
ジャクリーヌが大吟醸の入った木の箱を受取ると、勇者たちは店の外に出た。
「ニコラちゃん、大丈夫かのう?」
「うん! 大丈夫! 味噌と醤油のためだもの!」
少し落ち込んでいるようだったが、シモンの言葉でやる気を取り戻したようだ。
外は嵐になっており、物凄い量の雨粒が真横に近い角度で降り注いでいた。幸いなことに、風は建物の後ろから吹き付けており、勇者たちは全く濡れずに済んでいた。
「次は鳥海だな!」
「ワシらには、まだ運が残っておるようじゃぞ! この風向きは、天が味方についてくれとる証拠じゃよ! 鳥海の酒蔵は、この建物に沿って進んだ所じゃからのう!」
獺海の酒蔵を出て、右に進む。しばらくの間、蔵がいくつも続いていた。
「この蔵は、全て鳥海のものなのか?」
「そうじゃ! 鳥海はこの町で、最も古く大きな酒蔵じゃからのう。港町ローゼンで1番力を持っておるのは、町長ではなく、鳥海の経営者だと言われておるんじゃよ!」
「そんなすごい人だったら、麹の1つや2つ分けてくれそうね! ニコラちゃん!」
「うん! そうだね!」
イザベルの言葉で、勇者は完全に回復したようだ。
「ここが鳥海の酒蔵か! なんというか、威厳が感じられるな!」
その建物は、他の酒蔵と比べてかなり間口が広く、手前に突き出た屋根の中央にある立派な看板と、入口の上にある大きなしめ縄の飾りが、重々しい風格を漂わせていた。
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