第48話 港町ローゼン1
「皆様、この丘を下ったら港町ローゼンに到着ですよ」
リアの言葉を聞き、馬車の窓から外を眺める。丘の下に広がる町には、木造の長屋や商店がぎっしりと建ち並んでいた。奥に見える海には、ちらほらとであるが船を見ることができた。
「船の数が少ないようじゃの。以前来たときは、物凄い数あったのじゃが」
「雲行きが怪しいから引き上げたんじゃないか?」
ジャクリーヌの言うように、黒っぽい雲が空を覆い始めていた。海をよく見てみると、白波が立っているようで、すでに荒れ始めているのかもしれない。
「雨が降り出す前に着けそうで良かったわ。リアたちだけ雨に濡れるなんて、さすがに心苦しくてできないからね!」
丘を下り、町の入口に到着すると馬車が止まった。
「あんたたち、世話になったね。おらは用さあるから、ここでお別れだ。達者での」
グレーテは、小窓の外からそう言うと、町の奥へと行ってしまった。
「あっさりとした別れだったな」
「旅の別れは、これ位がいいんじゃよ。もう会うこともないじゃろうしな」
少し寂しげな雰囲気のまま、馬車を預けに町外れにある厩舎に向かった。
厩舎に着いた頃には、昼過ぎだというのに、薄暗くなるほどの分厚い雲に空は覆われていた。
「これからの予定はどのようにいたしますか?」
「まずは、ミソとショウユを作るために酒蔵に行くとするかのう! のう、ニコラちゃん!」
「うん! 酒蔵で麹を分けてもらうんだ!」
厩舎を出ると、そこは町のメインの通りとなっており、幅の広い道の両端にはいろいろな店が建ち並んでいた。
「女の人がたくさんいるけど、ここはなんの店なの?」
「ここは女郎屋だな」
港町ローゼンは、漁業や商業の町としても有名であったが、多くの女郎屋が集まる歓楽街としても有名であった。
「女郎屋ってなに?」
勇者が、全く曇りのない透き通った瞳で質問する。
「女郎屋というのは……あれだ……うーん……イザベル、お前が話してやってくれ」
「いやいや、あたしの口からは言えないわ……おじいちゃんなら詳しいでしょ!」
「いくらワシでも、純粋無垢なニコラちゃんにそんな事は言えんわい! そうじゃ! リア、お主なら上手く伝えられるのではないか?」
勇者の質問にあたふたする、大の大人のジャクリーヌ、イザベル、シモン。
「ニコラちゃん師匠、女郎屋というのはですね……」
「やっぱり駄目だ!」
ジャクリーヌとイザベルが、リアの口を慌てて押さえる。
「リアが言うと詳しく話しすぎて、却って卑猥になってしまいそうだわ!」
「こうなったら、男を代表してじじいが言え!」
どう伝えるべきか必死に考える、シモン。しばらくすると、手のひらをポンッと叩いた。どうやら答えが出たようだ。
「女郎屋は、大人のお店じゃ」
この状況で、最も正しいと思われる発言をしたシモンに、ジャクリーヌとイザベルが親指をビッと立てる。
「ニコラちゃん師匠、大人のお店というのはですね……」
「いやいやいや! リア、この話はもうお終いでいいのよ!」
ジャクリーヌとイザベルが、再びリアの口を慌てて押さえる。
「わあ! 干物屋さんだ! 美味しそうなお魚が一杯だね!」
いつの間にか歓楽街を抜け、勇者の興味が干物へと変わった。
「今度からニコラちゃんがいるときは、ああいった場所を通らないようにしなければな!」
「そうじゃの。ニコラちゃんの教育上にも悪いし、ワシらの心臓にも悪いからのう!」
シモンたちは、勇者の保護者としても、意外としっかり考えているようだ。
「そういえば、リアはグレーテさんから馬車のこと教えてもらえたの?」
「ええ、それはもう! グレーテ様との時間は、大変素晴らしいものでした!」
手を組み、目を輝かせるリア。グレーテは馬車の操縦技術だけではなく、教えることも上手かったようだ。
「具体的には、どういった事を教わったんじゃ?」
「はい。馬だけでなく、馬車の事も考えながら走らせなさいと」
「グレーテさん、馬車に乗る前に車軸のあたりをしっかり見ていたのは、そういうことだったのね!」
「たしか、高速で走ると車軸が発熱してしまうんだったな!」
腕を組みながら、そう話すジャクリーヌ。馬車に詳しいとは、近衛騎士団隊長は伊達じゃないといった所だろうか。
「実はこの馬車、車軸が熱くなると水が循環して冷やす、水冷という方法を使っているのですが、グレーテさんは見ただけでそれを見抜かれていました」
「その水冷というのは、よく使われている方法なんかのう?」
「いいえ、鍛冶師の村で独自に開発されてものですので、直感だけでわかられたのだと思います」
「やはり女将は、只者ではなかったようじゃのう!」
グレーテはなにかがある人物だと思っていたが、想像より遥かに上のようで驚きを禁じ得ない。
「馬の操縦に関しては、私、素早くルディに伝える事を心掛けていたのですが、もっとルディが走りやすいようにしなさいと」
「リアは素早く操作して、ルディの負担を軽減できていたのではないのか?」
「はい。私もそのつもりだったのですが、馬にはそれぞれ、走りやすい速度や得意な地形がある。それを考えた上で、余計な加速や減速は控えて、馬が気持ちよく走れる距離をどれだけ伸ばせるか、それが御者の腕の見せ所だと仰っていました」
「なるほどな。技術云々よりも、馬の気持ちを優先しろということだな!」
話しながら歩いていると、少し風が吹き始めた。
「いつ雨が降り出してもおかしくないようじゃのう」
「そのときは、どこかの店で雨宿りさせてもらいましょう」
しばらく、食べ物屋と宿屋が繰り返すように続いている。観光客向けのお土産物街のようだ。
「あっ! 酒蔵があったよ!」
勇者が指差す先には、5、6軒の酒蔵が並び建っていた。軒先には杉玉と呼ばれる丸い玉が吊り下げられている。
「ここに入ろう!」
一番手前にある酒蔵に、鼻息を荒くした勇者が入る。夢にまで見た、味噌と醤油作りができるという気持ちからか、少し落ち着きを失っているように見える。
「いらっしゃいませ! お客様方は、観光で港町ローゼンにお越しになられたのですか?」
紺色の法被を着た男の店員が、勇者たちを笑顔で出迎える。法被には白い文字で男海と書かれている。きっと、この酒蔵で作られている酒の名前だろう。
「まあ、そんな所じゃ。ところで……」
「ねえ、おじさん! 麹を分けてもらうことはできる?」
シモンが店員と話をしようとした所を、鼻息を荒くした勇者が前のめりに入ってきた。
途端に、笑顔だった店員の顔が曇る。
「申し訳ございません。麹は酒蔵にとって大切なものですので、お譲りするわけにはいきません」
「これはすまんかったのう。また出直して来るわい」
シモンは店内の空気が悪くなったと判断し、勇者を連れて店から出た。
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