第4話 馬車の旅
「どっこいしょっと! 全員ちゃんと乗り込んだようじゃの!」
「じじい、少し遅かったな! なにかあったのか?」
「うっしっしっ……それは、あとのお楽しみじゃて!」
カラカラカラ、ジャクリーヌの質問に、シモンが不敵な笑みを浮かべるのと同時に、馬車が王都に向かって出発した。
「いやあ、馬車にあたしたち4人だけなんて、運がよかったわねえ!」
「ぼくもいるよ!」
「ごめんなさい、クン! 4人と1匹の間違いだったわ!」
イザベルがちゃんと訂正すると、クンは耳と尻尾をピンッと立てて、納得したような表情をした。
シモンが、宿屋のおばさんから受け取った朝食を全員に配る。それは、竹皮に包まれたおむすびだった。パクパク食べながら、話はつづく。
「もし、他の同乗者がいたら、ニコラちゃんずっとクンのこと、抱いてなきゃならないからな! でも、アレさえなければな、じじい」
「6人乗りの馬車に、4人だけなんて快適じゃと思ったんじゃが、アレさえなければのう、イザベル」
「そうよね、まさか2人分の席を、剣と鎧に占領されちゃうなんてねえ」
「それにしても、この装備一式かなりすごいぞ! きっと、どこぞの有名な鍛冶師がつくった、特注品に違いない!」
「手練れの戦士である、お主がいうのだから、かなりのものなんじゃろうな!」
「たしか、シイバの村からずっと北にいったところにある、ブレニッケ山脈を越えた所に、すごい鍛冶師が住む村があるって、昔聞いたことがあるわ!」
「でも、お前のいう昔って、ワタシたち人がいう昔より遥かに前のことだろう? 古代文明あたりか?」
「そんなに生きてないわよ! 失礼しちゃうわね! たった100年くらい前よ!」
イザベルの種族であるハーフエルフは、とても長寿であり、200歳程度が寿命とされていた。
「そんな昔、ワタシはおろか、じじいでさえ存在してないぞ! お前は一体何歳なんだ? イザベル?」
「それは乙女の秘密ですーだ! 死ぬまで教えないわ!」
「それならば、ワシにイザベルの歳を知ることは、絶対に無理なようじゃの!」
「ワタシは、かなり長生きすれば、ギリギリいけるかも?」
「まあ、イザベルが何歳かは、一旦置いてじゃな……この鎧、でかすぎじゃないかの?」
「大樹海で倒した、ミノタウロスが着てちょうどくらいのサイズ感かしら?」
「お前たち、今頃気づいたのか? その大きさこそが、有名な鍛冶師がつくった特注品である証なんだ!」
「どういうことじゃ? ジャクリーヌ?」
「この鎧は、装備した者の体にあわせて縮むんだ! だから、どんな大きさの者でも装備できるよう、あえてそうしてあるんだ!」
「だから、あたしの席狭かったのね! ニコラちゃんとあたしという最細コンビで並んでるのに、なんでだろう? ってずっと思ってたのよね!」
イザベルの横で、うんうんと頷く勇者。
「そういう一品ならば、指紋などつけぬよう気をつけねばのう! 爪とぎしてはいかんぞ! クンよ!」
「しないよ!」
話をしている間にも馬車は進みつづけ、一旦外でお昼休憩をすることとなった。
「ふー! 尻が疲れたわい! ジャクリーヌも疲れたじゃろう?」
「ワタシは鎧をつけたままだからな! かなり堪えたぞ!」
ジャクリーヌは頭以外の鎧を装備したまま乗車していた。
「それなら、ワシがマッサージしてやろう! ……主に尻を!」
「ああ頼む……こんの! エロジジイが!」
「わあ、すごい! ニコラちゃんの勝ちだ!」
シモンとジャクリーヌが、いつものお約束をしっかりこなすと、急にイザベルが声をあげた。
「どうしたんじゃ? イザベル?」
「あのね、ニコラちゃんとあたしで、ジャクリーヌがなんていうか当てるゲームをしてたの!」
「ワタシを当てるゲームか、楽しそうだな!」
「きっと、おじいちゃんがエロいちょっかいをだすから、そのあとに、ジャクリーヌはなんていうでしょう? ってね」
「ワシ……そんな風に思われとるのか……ちょっと反省じゃ……」
「でね、あたしは『この! エロジジイ!』だったんだけど、ニコラちゃんは完璧に当てちゃったの! かなりすごくない?」
「ワタシが一旦『ああ頼む』と言ってしまったところまで、当ててしまったということか?」
「だから『ああ頼む……こんの! エロジジイが!』の全部よ!」
「……それはもはや、予想というより予知じゃな!」
「それより、じじい! 飯だ! 飯にしよう! 空腹で、お腹と背中がくっつきそうだ!」
「この話は今度にして、まずは昼食じゃな!」
シモンは三段のお重を、4人と1匹の真ん中に配置した。
「実はの、宿屋のおばさんに、昼食も頼んでおったんじゃ!」
「ナイスプレー! じじい!」
「ファインプレー! おじいちゃん!」
パチパチパチ、声援と拍手がシモンに送られる。勇者はもちろん、クンも肉球を合わせて拍手を送った。
「そして、この昼食には、とある特選素材がつかわれておる!」
「特選素材だと! なんて魅惑的な言葉なんだ……じじい、もったいぶらないで、早くその蓋を開けろ!」
「それにじゃな、イザベル、お主がまた食べたい、といっておったものじゃ!」
「!? もしかして……もしかして、ミノちゃん? ミノちゃんなの?」
溢れつづけるヨダレをジュルリとすすりながら、イザベルは期待の色で目を輝かせている。ちなみにミノちゃんとは、ビエルデ大樹海で倒した、ミノタウロスのことだ。
「それでは、本日のメインイベント! 蓋オープンの儀をとり行います! 代表のシモン選手、前へ!」
「それじゃあ、心の準備はよいか? ……いくぞい!……オープンじゃ!」
ジャクリーヌにより、突如はじまった謎の儀式。シモンによってそれはとり行われ、蓋は開かれた。そして、全員の視線が、1点に集中する。
「わあ! ……ってアレ? 白いのと緑や赤が互い違いに並んでるんだけど? なにコレ? おじいちゃん?」
「それは、サンドイッチといわれる料理じゃ! サンドイッチとは……」
「色々な食材をパンで挟んだものだよ! 白いのは挟んだあとに、食パンの耳をカットしてあるからだね!」
「へえ、そうなのか! ニコラちゃん詳しいな!」
シモンの言葉をさえぎり、料理の解説をするクン。ジャクリーヌはそれを勇者の言葉だと思い、感心しているようだ。
「ちがうよ! ぼくの言葉だよ! ……だいたい、ニコラちゃんは無口で、自分から話しかけることはないよ」
「それは悪いことをしたな! ……それじゃ……クン、詳しいな!」
間違えられて、しなっとなっていたクンの耳や尻尾にヒゲ。訂正されてピンッと戻った。
「パンに挟まれた食材、その中に特選素材が潜んでおるぞい!」
「ミ・ノ・ちゃん♪ ミ・ノ・ちゃん♪ この緑はレタスで、この赤いのは……ってこの肉、生じゃない! これじゃ、食べられないわ! どうしてくれるのよ! ミノちゃんのテーマ、歌い損だったじゃない!」
「それは、ローストビーフといわれる料理じゃ! ローストビーフとは……」
「牛肉を低温でじっくり焼いたものだよ! 赤いけど火はしっかり通っているから心配いらないよ!」
「ほう! お前は本当に、料理に詳しいんだな! クン!」
「ちがうよ! ニコラちゃんの言葉だよ!」
「そうか、ニコラちゃんの……って……えっ! そうなのか?」
『!!?』
今の出来事に驚きが隠せない、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。自分で通訳しておきながら、クンの尻尾は毛羽立ち大きくなっており、彼も驚いているようだった。
「ローストビーフはボクの大好物! お母さんと一緒に、何回もつくったりした!」
「そうか……そうじゃったのか! ニコラちゃんにとって、ローストビーフは大好物であり、お袋の味でもあるのじゃな」
「それから、料理するようになった! 今ではレパートリーも増えて、料理、大得意!!」
クンの通訳にあわせ、両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をする勇者。
「ということは、野営のとき一緒に料理してくれる、ってことだな! ニコラちゃん?」
「料理のことなら、すべてボクにまかせて!」
「ほう! これは野営するのが、楽しみになってしもたわい!」
それは、4人と1匹の絆が、さらに深まる出来事であった。
カラカラカラ、昼食が終わり王都に向かう馬車の中。
「いやー! ローストビーフうまかったー! また、あんなのを喰いたいなー!」
「やわらかく、それでいてジューシー! 冷えた肉なのに、あんなに美味いなんて……ええぃ! おばさんのローストビーフは化け物か!」
「テンション高いのう! イザベル!」
「……なあ、よく考えてみたら、あんなハイカラな料理、あのおばさんにつくれると思うか?」
「たしかに! 昨晩の料理も十分に美味しかったけど、田舎料理だったからねえ」
「クックック! その謎! ワシが華麗に解いてみせようぞ!」
「よ! 待ってました! エロジジイ……名探偵じじい!」
「名推理を見せて! エロ……名探偵おじいちゃん!」
「……ワシ、自重するから……間違えた振りするの、やめてもらえるかのう?」
パチパチパチ、罵声のような声援と、拍手がシモンに送られる。一緒に拍手を送る勇者とクンは、いつも通りのこのノリが、かなり気に入っているように見えた。
「昨晩食事のあと、翌朝の食事のことを頼みに、おばさんの元へ行ったんじゃ。そしたらそこに、見知らぬ男が1人おってのう……」
「おばさんの旦那さんだった、ってことでしょう?」
謎の男の登場に、推理をはじめるイザベル。
「詳しく聞いてみると、その男は王都で働くおばさんの兄さんで、久しぶりに長めの休暇がとれたから、村に帰ってきたとのことじゃった。ちなみに、旦那さんは宿屋の前で挨拶してきた人がいたじゃろ? あの人じゃ」
「ああ、たしかにいたな! それで、それで!」
前のめりになるジャクリーヌ。勇者とクンの体勢も、いつの間にか前のめりになっていた。
「さらに話すと、『星三つ』の料理長をしていることがわかったんじゃ!」
「!? なんだと! 『星三つ』といえば、1年待たないと予約がとれないといわれる、超有名で超一流のレストランではないか!」
「ああ! あの王都の一等地にある大きなヤツね! すごいじゃない!」
「それを聞いて、ワシは持っていたミノタウロスのもも肉を……」
「ちょっと待て! じじい! なんでお前がその肉を持っていたんだ!」
「どういうこと? あっ、今のはニコラちゃんとぼく、2人の言葉ね」
話についていけなくなった勇者とクン。ポカンとした顔をしている。
「ニコラちゃん、クン、わかりにくくてゴメンね! その付近のことは、後であたしが説明してあげるから! でおじいちゃん! たしかあの時『全部食ってしもうた!』って言ってたわよねえ!」
あの時とは、勇者と出会う以前に、ビエルデ大樹海で開催された『牛の丸焼きパーティー』のことだった。
「肉を切り分けるとき、右のももの部分だけ、生のままじゃったんじゃよ。ワシの『ライトニングボルト』がなにかしらの原因で、その部分だけ避けたのじゃろうな! 生で食えなかったわけじゃから、『食えるところは、全部食ってしもうた!』そう捉えてみると、ワシは嘘なんてついておらんぞい! どうじゃ?」
「百歩譲って、それはいいとしよう! しかしだ、その肉の存在をなぜ隠していた? じじい?」
ヤンキーが下から睨みつけるようにして、ドスの効いた声でシモンを威圧するジャクリーヌ。
「あとでこっそり、1人で食べようとしてたんでしょう? おじいちゃん?」
「なに? 1人でこっそりだと! ズルいぞじじい! ワタシにも食わせろ!」
「いやあ、お主ら、さっき食っておったではないか! その肉をたらふく!」
一連の話を聞いて、うんうんと頷く勇者とクン。どうも全体の流れをうまく掴んだようだ。
「そして、その料理長に肉を渡して、お昼の1品を頼んだ! そういうことね!」
「そうじゃ! これで謎は解けたじゃろ?」
「ということは、ワタシたちは一流レストランの料理長と、顔馴染みになったわけだな! これで、ワタシの夢の1つである、一流レストランで『ちょっと料理長呼んでくれ! 一言、礼がしたい!』ができるぞ!」
話が盛り上がっているうちに、今晩野営をする場所に、馬車が到着した。いつの間にか日が傾き、空は赤く染まっていた。
「ここで1晩休んで、明日の昼過ぎには王都に着くじゃろて!」
「とうとう明日、国王様との謁見かあ! ニコラちゃん? 緊張してない?」
イザベルの問いかけに、ブンブンと首を振る勇者。
「なあ? 今ふと思ったんだが……」
「どうしたんじゃ? ジャクリーヌ?」
「ニコラちゃんの人見知りの問題、解決したんだよな?」
「クンと密着したまま、王様のとこまでいけば、謁見も問題ないわ!」
「たしか、イザベルよ! お主黒い襟巻持っておったじゃろ? あれをニコラちゃんが巻いて、その中にクンが潜めば、問題なかろうて!」
「その作戦はいいとして、ニコラちゃんとクンが密着したときの効果は、『知らない人と出会っても、隠れずにとどまる。』だったよな?」
「それに、なにか問題があるの?」
「国王様との謁見では、向かい合って、会話をしなければならない! ということだぞ!」
「そうか! どんな話をするか、ある程度考えとかなきゃね! クンのアドリブまかせ、ってわけにはいかないしね!」
「よし! それじゃ、皆で考えるぞい! 飯食いながら、パパッとでよいからの!」
「それじゃ駄目だ! 完璧な台本をつくって、何回もできるまでリハーサルしないと!」
「ジャクリーヌがそこまでいうなんて、きっと何か考えがあるにね! それじゃあ、クン! いい台本つくるから、しっかりリハーサルして覚えてね!」
前足でビッと敬礼のポーズをするクン。
「違うぞ! ニコラちゃんとクン! 2人ともだ!」
「2人ともとは、どういうことじゃ?」
「向かい合って、会話するわけだから、口の動きや仕草まで、すべてが言葉に合っていなきゃおかしいだろう?」
「そうか! それは盲点だったわ!」
「それじゃあ、まず、王様が話すであろう言葉を考えてじゃな……今晩は徹夜になりそうじゃの! イザベル! 号令じゃ!」
「それでは皆さん! 国王様との謁見の成功を目指し、我々はこれから、凄まじい困難に立ち向かっていきます! 気合を入れるため、ご唱和ください! いくぞー! えいえいおー!!」
『えいえいおー!!』
謁見に向けた取り組みが、掛け声とともに開始された。その瞬間、それぞれが手にしていた夕食は、夜食へと変わった。凄まじい議論を繰り返し、台本は完成し、凄まじいリテイクを繰り返し、ニコラちゃんの演技と、クンの会話が見事にリンクし仕上がった。その頃には、あたりは明るくなりかけており、馬車の出発の目前、そんな時間であった。
「なんとか……完成したな……じじい……」
「そうじゃの……これで……今日は……大丈夫……」
「みんな……クマだらけ……しっかり……王都まで……寝て……」
なんとか馬車に乗り、座席で泥のように眠る4人と1匹。
カラカラカラ、そして馬車は王都に向けて、再び出発した。