第28話 ゴブリン部族の森4
「この勝負、わらわの勝ちのようじゃな」
数字は3で止まり、部族王の横には、魔石を持った忍びゴブリン部隊が控えていた。
「どうして? ボクはきみを倒したはずなのに……」
弓兵は、リアの喉元からナイフを離すと、黙ったまま仲間たちの元へ戻っていった。
「攻撃ゴブリン部隊! 忍びゴブリン部隊! わらわはそなたたちの働きに、満足しておるぞ!」
それぞれの部隊員たちは、部族王に向かい片膝を付き、頭を下げた。
「では、さがるがよい!」
攻撃ゴブリン部隊と忍びゴブリン部隊は去っていった。
「それでは、わらわも表に出るとするかのう」
シャー、カッカッカッ、薄いカーテンを開け、部族王が階段を降りてくる。
部族王は、他のゴブリンたちと同じように、緑の小鬼のような風体であったが、意外と可愛らしい目をしていた。魔法使いのような格好に、頭につけた黄金のティアラが、王であることを示していた。
「ワシら、負けてしもうたの。リアはやつらに、食われてしまうんじゃろか?」
「えっ? 私はゴブリンの餌にされてしまうのですか?」
「じじい! リアをビビらせるな!」
「それには、心配及びませんよ」
声のした方を向くと、いなくなったはずの執事が、いつの間にか立っていた。
「執事よ! まず、正体を明かした上で、勝負について説明するがよい」
「仰せのままに!」
そう言うと執事は、顔につけていたドクロの仮面をはずした。
「!? なに! お前は人間だったのか!」
「それにしてもなに! このイケメンフェイスは!」
執事は、色白のイケメンだった。
「何故ゴブリンの森に人間がおるんじゃ?」
「我は、人間ではございません。突然変異で生まれた、色白のゴブリンなのです」
「だいたいお主ら、森一番のブサイク面に向かってイケメンなどと! 美的感覚は大丈夫なのかえ?」
ゴブリンの美的感覚は人間と真逆であり、イザベルから見た執事はイケメンであったが、部族王から見たらブサイクであったのだ。
「そやつは、その面のせいで、昔は虐められておったのだ。そのとき、殴られ続けたせいか、元々あったものかは解らぬが、耐久力と回復力が高くてな、わらわの執事兼、近衛兵もしておるのだ」
「ちょっと待つのじゃ! 耐久力と回復力が高いとは、執事、お主がワシの雷を受けた騎士だったということかの?」
パチパチパチ、執事が手を叩いた。
「その通りです。よくお気づきになりましたね。先程もお伝えしましたが、あのときは本当にヒヤリとしましたよ。我をあそこまで追い込んだのは、あなたがはじめてでございましたからね」
ひどい目に会ったというのに、嬉しそうに執事は話した。
「そういえば、執事さん。途中で何度かいなくなってたわよね?」
「それが守備ゴブリン隊で、雷を受けたときだったのだろうな」
「たしか、攻撃ゴブリン隊のときもおられなかったように、私は記憶していますが」
「あっ! そうだったんだ!」
リアの話を聞き、勇者がなにかを思い出したようだ。
「リアの所にきた弓兵、執事さんだったんだよ!」
パチパチパチ、執事が再び手を叩いた。
「その通りです。我は、守備ゴブリン隊では隊長を、攻撃ゴブリン隊では参謀をつとめさせていただいております」
「攻撃ゴブリン隊の参謀。つまり、先程の闘いの作戦は、執事さんによって立案されたものだったのね!」
「すごい作戦だったね! ボクにはさっぱりわからないや!」
執事が弓兵であることを、見抜いた勇者であったが、作戦がどんなものであったかは、全くわかっていないようだ。
「執事よ! 先の闘いの種明かしをしてみてはどうじゃ?」
「ははあ! 部族王の名により、皆様にお教えいたしましょう」
執事は、左手を腹部に当て、右手は後ろに回し頭を下げながら、そう言った。
「まず我は、伏兵として闇の中に潜んでおりました」
「それを、あたしが誘き寄せて叩いたのよね!」
イザベルは、両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をしながらそう言った。
「残念ながら、あれも作戦のうちでございました。一つ前の戦いで、貴女が観察眼に優れておられることがわかり、それを利用させていただきました」
「あれを読まれていたの? 完璧な作戦だと思ったのに……」
イザベルは頬を膨らませ、怒ったような、がっかりしたような、そんな顔をしている。
「その後、我は戦列に戻りました。しかしそれは、魔法使いがつくりだしたデコイだったのです」
「ちょっと待つのじゃ! ワシもそうじゃろうと考えた。じゃが、それでは辻褄が合わんのじゃよ!」
「じじい、どういうことだ? 弓兵であった執事のデコイが、戦列に戻った。そして、騎士と戦士が攻撃に出た後、死角から回り込み、リアに迫った所で、ニコラちゃんに切られた。そのスキに、本体が現れリアを奪った。これの何処が、可怪しいというんだ?」
ジャクリーヌの話した内容には、なにも問題がないようだった。
「死角から回り込んだ所が、問題なんじゃ!」
「どういうことなんだ?」
ジャクリーヌは、シモンがなにを言いたいのか、さっぱりわからないようだ。
「それは、あたしから説明するわね! 幻術魔法でつくられたデコイは、動かしつづける必要があるの」
「そりゃあそうだな! ただ突っ立っているだけでは、すぐに偽物だとバレてしまうだろうからな!」
「そして、デコイを動かすためには、見えていないといけないの!」
「そうか! 弓兵が死角から回り込んだとき、ワタシたちからも見えていないが、魔法使いからも見えていないはずだな!」
先程の闘いの間、攻撃ゴブリン隊の魔法使いは、闘技場の舞台の奥から一歩も動いていなかった。
「イザベルの言った通りじゃ! だから、執事の言ったことはありえん! しかし、他の方法も見つからん……どういうことなんかのう?」
「皆様は、闘いが終わった今でも、我の作戦から抜け出しておられないようですね」
「どういうことじゃ?」
シモンには執事の言葉の意味が、全く理解できなかった。
「簡単な話です。我が魔法使いだったのです」
全く予想外の答えに、開いた口が塞がらない。
「攻撃ゴブリン隊では、我は魔法使いなのです。戦いの前に、弓兵と装備品を交換いたしました」
「ということは、魔法使いと思っていたあいつは、弓兵が変装した姿だったのか!」
「たしかに、思い出してみると、あの魔法使い、1つも魔法を使ってなかったわね!」
「それもそのはずです。弓兵が魔法を使えるはずがありませんからね」
この執事の前からは、どうやっても逃げることができない。勇者たちは、あきらめたような顔をしている。
「そこまで、練りに練られた作戦の前では、ワシらなど、足元に及ばんかったということじゃの」
「いいえ、違いますよ。この作戦は、先程閃いて、急遽行った作戦ですからね」
「なんじゃと! どういうことじゃ?」
あれだけの作戦が、簡単に思いつくはずがない。シモンはそう思っているようだった。
「一つ前の戦いで、皆様は『ファイアボール』と『マジックジャンプ』をお使いになられましたね」
「それがどうしたのじゃ?」
「それは、守備ゴブリン隊は戦士と騎士のみで構成されていたため、魔法を防ぐ手段がないと思われてのことではないですか?」
「たしかにその通りじゃが」
「我はその攻撃を、ギリギリの所で魔法の盾で防ぎました。しかし、もっと前に迎撃することもできたのです」
「お主は、なにが言いたいんじゃ?」
理路整然と話す執事。しかし、その先にある答えがなんなのか、シモンには、まだわからないようだった。
「ギリギリで受けることで、魔法使い以外の格好をしたものが、魔法を使えるという印象を、皆様に極力与えないように抑えたのです。次の闘いの作戦のために」
「!? つまりお主! その時点で、次の闘いへの布石を打っていたのじゃな!」
『!?』
シモンの言葉に、勇者たちも驚く。
些細な行動からも、相手の思考を見抜く。そのあまりの凄さに、この森から抜け出すという目的も、すっかり忘れてしまっていた。




