第27話 ゴブリン部族の森3
「いや、お主らの負けじゃ」
部族王の声を聞き、振り向くと、騎士は倒れておらず、立ったままだった。
「どうして、立っておることができるんじゃ?」
驚きのあまり、シモンの声がかすかに震えていた。
「おじいちゃん! 魔法の威力を、落としすぎたんじゃないの?」
「たしかに、威力は落としはしたんじゃ。じゃが、あれをくらったら、ミノタウロスですら、立ち上がることは不可能じゃろのう」
「つまり、やつは、ミノタウロス以上の耐久力が、あるということなのか?」
「それについては、わらわから説明しよう。その前に、守備ゴブリン隊! 見事な働きであった!」
守備ゴブリン隊の4体が、部族王に向かい、片膝を付き頭を下げる。
「では、さがってよいぞ」
守備ゴブリン隊は去っていった。
「やつはな、耐久力と回復力が部族で1番高くてな、とくに回復力の高さは異常なほどで、自然回復のレベルなのじゃよ」
「つまり、一撃で仕留めない限り倒せない。そういうことだな!」
「それは、無茶な話じゃろのう!」
「でもさあ、おじいちゃんがフルパワーでやってたら、倒せたんじゃないの?」
「いや、さっきの威力でも、立って耐える事自体が異常なことなんじゃ。フルパワーじゃったとしても、倒れて起き上がるくらいの差しかないじゃろのう」
パチパチパチ、後から手をたたく音が聞こえる。
「皆様、2戦目、よい戦いでございましたね。我はヒヤリとしましたよ」
いなくなったはずの執事が、いつの間にか、後に立っていた。
「次は、1戦目と3戦目を同時に行わせていただきます。まずは、1戦目『探索』の説明を。忍びゴブリン隊の皆様、どうぞ」
濃藍の頭巾をかぶり、アサシンのような格好をしたゴブリン3体と、色あせた緑のようなターバンを巻いた、盗賊のような格好をしたゴブリン1体が現れた。
「忍びゴブリン隊の皆様が、森の何処かに隠された魔石を、探し出します。皆様は、準備を開始されてくださいね」
忍びゴブリン隊は、各々にストレッチなどの準備体操をはじめた。
「3戦目は、わらわが説明しよう」
部族王の声を聞き、視線を上げる。
「2戦目とは逆に、お主たちには、この女を守ってもらう。攻撃ゴブリン隊の手から守りきれば、お主らの勝ち。奪われれば、お主らの負けじゃ」
部族王は、リアにかけた魔法を解き、勇者たちの元へ向かわせた。
「制限時間は、どちらもこの砂時計が落ちるまでじゃ」
砂時計は、勇者が魔石を探している時間を計ったもので、15分ほどであった。
「わかっておると思うが、1戦目『探索』は、時間内に忍びゴブリン隊が、魔石を見つけられるか否かで勝敗が決る」
「ニコラちゃん! 魔石はちゃんと隠せたの?」
「バッチリ! 絶対に見つかりっこないよ!」
勇者は、親指をビッと立てながら、そう言った。余程、隠し場所に自信があるのだろう。
「それでは、勝負開始じゃ!」
部族王の合図とともに、忍びゴブリン隊は物凄いスピードで、森に向かっていった。
「なんだ、あの速度は! あれは本当にゴブリンなのか?」
「ジャクリーヌ! それより前じゃ! やつらがきよったわい!」
闘技場の奥から、騎士ゴブリン、戦士ゴブリン、魔法使いゴブリンが現れた。
「打って出るか? 数はこちらが有利だぞ!」
「しかし、この闘いは守ることが目的なのじゃぞ!」
「あら! おじいちゃん知らないの? 攻撃は最大の防御っていうじゃない!」
イザベルの言葉に、頭を悩ませるシモン。
「わかった! 攻撃じゃ! ジャクリーヌ、ニコラちゃん! 前方の騎士を叩くぞ! ワシが魔法で援護する!」
「いくぞ! ニコラちゃん!」
「わかった! ジャクリーヌ!」
勇者とジャクリーヌが前方に飛び出す。すかさず、シモンが杖を構える。そのとき……
シャッ! 洞窟の闇の部分から、矢が飛び出した。リアに一直線で迫る。……ジャクリーヌはそれに気づいたが、防ぎに戻るには距離がありすぎた。
「危ない! リア!」
「きゃぁぁぁあー!」
「砕け散れ! 『アローブレイク』!」
リアに当たる直前に、周りにできた光の盾のようなものに弾かれ、矢は粉々に砕け散った。
「ふう! 危なかったのう! にしても、イザベルよ! お主、伏兵に気付いておったな?」
「そりゃそうよ! 守備ゴブリン隊も、忍びゴブリン隊も4体。攻撃ゴブリン隊だけ3体なわけ有り得ないでしょ? それに、おじいちゃん知らないの? 敵を欺くにはまず味方からっていうじゃない!」
攻撃を中止し、一旦戦列に戻ってきた、勇者とジャクリーヌ。攻撃ゴブリン隊も、伏兵だった弓兵が、戦列に戻った。
「結果的には、制限時間の早い段階で、伏兵というカードを、使わせることができたわけだな!」
「そうじゃの! 時間ギリギリに使われておったら、ヤバかったかもしれんのう!」
「それにしても、リア大丈夫? すごい声で叫んでたけど」
「はい。私、戦闘の方は、からっきしなのでございます」
「やはり、そうじゃったのじゃな。ただ、お主は頭がいい。なにか作戦は浮かばぬかの?」
同数の闘いになった今、時間までただ耐えしのぐ以外、作戦らしいものはとくになかったのだ。
「でしたら、…………いかがでしょうか?」
「それならイケそうだな!」
「採用決定じゃな!」
「みんな、しっかり頭に入れておいてね! では、作戦開始よ!」
リアの作戦とは、伏兵というカードを使い切った攻撃ゴブリン隊は、時間ギリギリまで攻撃をしてこない。しかし、攻撃をしてくる際は、物凄い猛攻を見せてくるはず。そのときの、攻撃のキーとなるのは、弓兵であるとリアは読んだ。攻撃パターンは2つ。前衛の騎士と戦士たちと共に、弓兵も突っ込んでくる。もう一つは、後衛に残ると見せかけて、死角から回り込み、リアを奪いに弓兵がやってくる。リアは2つめのパターンだと読み、勇者たちに準備を整えさせていた。
「残り時間はあとわずかじゃぞ! わらわの魔法で表示してやろう!」
闘技場の横に、大きく100と表示された。その数字は、99、98、97と減っていく。
「まだ、やつらは攻めてこないのか?」
「ジャクリーヌ! じれる気持ちはわかるが、落ち着くのじゃ!」
「私の予想では、数字が30のあたりで攻めてくるかと思われます」
32、31、30! リアの予想通り、30で騎士と戦士の前衛2人で攻めてきた。弓兵は後衛に残ったままであった。
「いくぞ!」
勇者とジャクリーヌが飛び出し、騎士と戦士を迎え撃つ。
ジャクリーヌが、薙ぎ払うように大きく両手剣を振り回すと、騎士と戦士は少し距離を取った。弓兵がいた辺りを、ちらりと見ると、そこに弓兵の姿はなく、リアの予想通り、死角に回り込んだようだった。
22、21、20! 時間はないのに、距離を詰めてこない、騎士と戦士。それは、弓兵を送り込むための時間稼ぎであった。それをわかった上で、ジャクリーヌは剣を振り回す。
12、11、10! そのとき、リアの背後から弓兵が現れた。忍び寄り、リアに手を伸ばそうとすると……
「いただき!」
なんと、勇者が現れ、弓兵を斬った。ジャクリーヌと共に飛び出した勇者は、イザベルの幻術魔法でつくられた、デコイであったのだ。リアが作戦を立案した時点から、勇者は死角に潜んで、このときを待っていたのだった。
5、4、3! 制限時間が迫り、勇者たちは、勝利を確信した。しかし……
「残念でございました」
声のした方を勇者が見ると、倒したはずの弓兵が、リアの喉元にナイフを突きつけていた。
「この勝負、わらわの勝ちのようじゃな」
数字は3で止まり、部族王の横には、魔石を持った忍びゴブリン部隊が控えていた。




