第24話 鍛治師の村8
ピコンッ!
「お! この音は、タブちゃんではないか?」
イザベルは背負っていた皮の鞄から、タブちゃんを取り出した。
「タブちゃん、本当に久しぶりだね!」
「イザベル! タブちゃんには、なんと書いてあるんだ?」
「えーとね……【高所での対処法について】 だって」
謎の黒い板、タブちゃんに集まるイザベルたちを、不思議そうな顔で見るリア。
「勇者は重度の高所恐怖症です。高いところに行くと、腰が抜けて一歩も動けなくなってしまします。 だって」
もう一度、辺りを見渡してみると、祠の隣で這いつくばる勇者を見つけた。
「あら、このようなご様子では、滑空などする訳にはまいりませんね」
リアは、どうしたものかと悩んでいるようだ。
「……対処法……対処法が書かれておるのじゃろう? 早く、読むのじゃ!」
「なになに……しかし、高い場所は冒険にはつきものです。3段階の対処法がありますので、順に試してみましょう。 だってさ」
対処法を試すために、一旦全員が勇者のもとに近づく。
「レベル1、1人の女性が勇者をギュッとしてあげてください。 だって」
「では、ワタシがやろう!」
ジャクリーヌが、這いつくばる勇者にギュッと抱きつく。すると、勇者は立ち上がろうと動き出した。しかし……
「これは駄目じゃ! 足がプルプル震えて、立っておるのがやっとのようじゃ!」
「俗にゆう、生まれたての子鹿状態ってヤツだな!」
「それじゃあ、レベル2、2人の女性が勇者をギュッとしてあげてください。 だってさ」
「今度は、私にお任せください」
リアとジャクリーヌが、生まれたての子鹿状態の勇者にギュッと抱きつく。すると、勇者は立ち上がった。
「ああっ! ニコラちゃんが立った! ニコラちゃんが立ったわ!」
それはまるで、病気で歩けなかった少女が、必死に努力してやっと立つことができた。そんな感動的な光景のようであった。しかし……
「駄目だよ。ボク、立てたけど、動けないんだ」
「ということは、レベル3だ! イザベル!」
「えーと……レベル3、3人の女性が勇者をギュッとしてあげてください。 だって、ってあたしか!」
イザベルとリアとジャクリーヌが、立たっまま動けない状態の勇者にギュッと抱きつく。すると、勇者は歩きだした。
「これでやっと、先に進むことができるわけじゃのう!」
歓喜するシモン。しかし……
「このままじゃ、あたしたち3人もニコラちゃんも、周りを見ることもろくにできないわ!」
「そうですね。滑空の魔術具を使用する私が、周りを見れないとなると、致命的でございますね」
「こうなったら仕方がない! 戻ってスピラ渓谷から向うとしよう!」
タブちゃんの3段階の対処法を試してみたものの、うまくいかず、ついに万策尽きてしまったようだ。3人も勇者に抱きつくのをやめ、勇者は再び這いつくばった。
「ちょっと待つのじゃ! こういうときにはでておるじゃろう? 説明の下に『すずめのお宿!』がのう!」
「『すずめのお宿!』じゃなくて『おすすめポイント!』ね! ……えーと……あった、あったわよ!」
イザベルは『おすすめポイント!』をタッチした。
「なになに……3段階の対処法では、うまくいかないこともあるでしょう。そんなときに、1つだけ方法があります。しかし、その方法は、特殊な条件が必要であるため、実行できない可能性がかなり高いです。それをご承諾いただいた上で、方法をご覧になるにであれば、もう一度、『おすすめポイント!』を押してください。 だって」
「どうするんだ? ここはあえて押さない、という選択肢もあるんじゃないか?」
「いや、押すに決まってるでしょう!」
イザベルは『おすすめポイント!』を再びタッチした。
「えーと……まず、第1の条件として、馬が必要です。 だって」
「ワシらには、ルディがおる! 第1の条件はクリアじゃな!」
そう言いながら、ルディの頭を撫でるシモン。
「第2の条件は、勇者が馬に乗れることです。馬に乗るには訓練が必要ですので、かなり難しいでしょう。 だってさ」
「ニコラちゃんは、ルディを上手く操れるぞ! 第2の条件もクリアだな!」
ジャクリーヌは、這いつくばる勇者の手を握りながらそう言った。
「最後の条件、これが最も難しい条件となります。皆さん、覚悟はいいですか?」
「なんと! タブちゃん引っ張るな! この演出上手め!」
「これは、タブちゃんじゃなくて、あたしが勝手に入れた演出!」
「演出はいいから、先を進めてくれ! イザベル!」
ジャクリーヌに怒られ、しぶしぶ先を進めるイザベル。
「あるものに関する知識と、あるものをつくるための技術が必要となります。あるものとは、馬の背に人が乗るためにつける、鞍というものです。 だって」
「鞍なら、ルディの背に着いておるわい。リアとヴァイスがつくったものがのう!」
「それでは、ワタシがニコラちゃんを運ぶとしよう!」
ジャクリーヌが這いつくばる勇者を拾い上げ、ルディの背に乗せる。
「どう? ニコラちゃん? 問題なさそう?」
「うん! 全然大丈夫!」
ルディの背の上で、力こぶをつくる勇者。肩に乗るクンも、前足を上げてそれを真似る。
「それでは、皆様、お集まりください。よい風向きに変わりましたら、滑空を開始いたします」
魔術具を掲げるリアの元に、全員が集まる。
「ねえ、折角ニコラちゃんがルディに乗ってるんだから、勇者パーティーらしい感じをだせたらよくない?」
「空から勇者が舞い降りてきた、そんな感じか?」
「おお! それはカッコいいのう!」
「なるほどです。でしたら、ルディさんを中心として……」
リア考案の、空から勇者が舞い降りてきた風隊列が形成された。
中心には、ルディとそれに跨がる勇者。向かって右には、前から戦士ジャクリーヌ、魔法使いシモン。向かって左には、前から鍛冶師リア、僧侶イザベル。左右に魔法職を散らすことと、後列に配置することがリアのこだわりらしい。さらに、滑空に使われる魔術具には、翼の形状を複数から選ぶことができるらしく、リアはその中から、白い大きな翼を選択した。それをルディの背中の上の方に出すことによって、地上からはペガサスのように見えることを狙っているらしい。
「それでは、皆様、ルディさんにお触れください」
隊列を組んだ勇者パーティーが、ルディに手を触れる。
「追い風になり、風向きも落ち着いてまいりました。魔術具の展開をはじめます」
リアが、なにかを念じながら魔術具を掲げる。すると、魔術具は輝きだし、その上に、閉じた翼のようなものが現れた。それを、魔術具を動かしながら、ルディの背の上に来るように調整していく。
「ルディさん、お願いします」
リアの声に合わせ、ルディが崖に向かって駆けていく。そして……
「うわあ! ボクたち、飛んでるね!」
「これが、鳥たちがいつも見ている風景なんだな!」
「これ以上の絶景など、世界中探してもないじゃろの!」
「まるで、空と一体になったようだわ!」
つかの間の空の旅を堪能する、勇者パーティー。
「あとは風まかせになります。多少のブレはあるでしょうが、ルディさんの助走がたいへんよろしかったので、シイバの村のすぐ近くまで、行くことができるでしょう」
風向きも変わることもなく、安定した飛行がつづく。
「よし! ゴブリン部族の森を超えたぞ! これで、とりあえずは安心だな!」
「ちょっと待って! 前からなにか、近づいてきてるわよ!」
「あれは、青龍様でございますね。村の方へ行かれるようですね」
「こりゃいかんぞ! リア急いで……」
シモンがなにかを言おうとすると、すぐ横をディールが通り過ぎていった。そして……
「どうしたの! 急に風向きが変わったわ!」
「ドラゴンが通った後は、風向きが変わるんじゃ! いかん、もう森まで引き戻されてしもた!」
ディールが通ったことで風向きが変わり、勇者たちはいつの間にか、進路の反対を向き、ゴブリン部族の森の上まで飛ばされていた。
「いけません! これでは、崖に激突してしまいます!」
その風は強く、かなりのスピードになっていた。
「そうですわ! シモン様! イザベル様! 物を重くする魔法はお持ちではありませんか?」
「あたしが使えるわよ!」
「でしたら……」
リアがイザベルに急いで作戦を伝える。
「それじゃあ、いくよ! 魔法のカバンよ重くなれ! 『ウエイツ』!」
リアの作戦は、イザベルが、ルディの両側にいる4人の魔法のカバンに『ウエイツ』の魔法を徐々にかける。そして、重さで高度が少しずつ下がるのに合わせ、リアが魔術具の翼に徐々にブレーキをかける。失速して落下しないギリギリの速度でそれを行う。というものだった。
「リア! このままでイケそう?」
「いえ、風が強くなってきました。ギリギリ間に合わないかもしれません。アレを使うしか、しかし……」
リアには、なにか策があるようだが、踏ん切りがつかないようだ。
「あたし、リア任せるわ!」
「ワシもリアに任せるぞい!」
「ワタシの命、お前にあずけた!」
「リア! よろしくね!」
勇者たちが、リアに信頼の言葉をかける。
「わかりました。それでは……」
リアが手早く作戦を伝える。
「今です!」
リアの合図に合わせ、ルディに両側の4人がしがみついた。そして、イザベルが『ウエイツ』の魔法を解き、リアが、魔術具の翼を折りたたんだ。すると、勇者たちは崖に向かいながら落下をはじめた。そして、崖の目の前の地面に激突しようした、そのとき……
「今だ!」
リアが、魔術具の翼を羽ばたかせた。その瞬間、魔術具は消え去り、勇者たちは無事に着地した。
「リア! やったわね!」
「よく頑張ったのう! リア!」
「見事だったな! リア!」
「リア! 偉い!」
勇者たちが、リアに感謝の言葉をかける。
「魔術具の羽ばたき機能は、まだ試作段階だったのでございます。でも、成功したのでよかったです」
「ともかく、無事に降りることができたんじゃ! 安心してもよかろうて!」
「じじいの言うとおりだ! それでは、シイバの村を目指して、進むとするか!」
ジャクリーヌの号令で士気が上がり、楽しい旅を再開する。
「みんな、ちょっと待って!」
「なんだ、イザベル! 士気も上がったというのに!」
「ここがどこだか忘れてない? ここは、とても危険な、ゴブリン部族の森のど真ん中よ!」




