第22話 鍛治師の村6
「これで、3ヶ月ほどは肉の心配をしなくても大丈夫そうだな! それじゃあ、出発するとするか!」
少なくとも3ヶ月は肉が食べられる事に胸が踊り、先を急ごうとするジャクリーヌ。
「ストップ、ジャクリーヌ! あたしたちがこの部屋に来た目的、忘れてない?」
イザベルの話を聞き、人差し指を顎に当て、考えるジャクリーヌ。
「そうだった! ワタシたち仲間だけが知り得る情報を、リアに伝えるのであったな! 目の前の肉に見とれて、すっかり忘れてしまっていたようだ! はっはっは!」
「それでは、話をはじめるとするかの。まずは……そうじゃのう……クンよ! 出てくるのじゃ!」
勇者のマントの襟巻きから、クンが出てきて、肩の上に移動した。
「なんと! ニコラちゃん師匠の襟巻きに、黒猫が潜んでいたのですね」
「黒猫じゃないよ! ぼくはクンだよ!」
言葉を話す黒猫に驚く、リア。
「クンさんはお話が……おや? この声、ニコラちゃん師匠と同じ声ではありませんか?」
「おお、よく気がついたのう! お陰で話が早くなったわい!」
勇者が声を発せないこと、勇者の言葉をクンのスキル『同時通訳』で話していること、そして、それは仲間たちだけが知り得る、秘密であることをリアに伝えた。
「なるほど。そういうご事情があられたのですね。ただ、クンさん自身も、お話されることがあるのでしょう?」
「ぼくが話すと、みんなが混乱しちゃうから、あまり話さないようにしてるんだ」
クンの話を聞いたリアは、腕を組んで部屋をグルグルと歩きはじめた。
「そうだわ! 皆さん、しばらくお待ちくださいね!」
トンテンカン! リアは部屋の作業机に移り、なにかをつくりだした。
「みんな集まって。今のうちに、ヴァイスに言われたもう一つのことを伝えておくね。リアはね、お父さんのヴァイスも及ばない、計り知れない才能があるんだって。だからね、その才能も伸ばしてあげてほしいんだって」
イザベルの言葉に全員が頷くと、リアに気づかれないように、素早く元の位置に戻った。
「できました! では、お着けしますね」
リアは、クンに首輪を着けてあげた。
「ぼくは、首輪のしまった感じが嫌い……アレ? 首輪着いてるよね? 全然着けてる気がしない」
クンが首輪のつけ心地に驚いていると……
「なんだ! クン! お前の首輪! 黄色に光ってるぞ!」
突然、首輪につけられていた石が、黄色く光りだした。
「成功のようですね!」
「どういうことだ? リア?」
「はい。皆様、クンさんの言葉が、ニコラちゃん師匠かクンさんか、どちらの言葉か解らなくなることがあるようでしたので、石の色で判断できるようにいたしました。青色がニコラちゃん師匠で、黄色がクンさんです」
「お前、あんな短時間で、これをつくりあげたのか?」
「どういうものをつくるのか。形さえ描ければ、つくるのは容易いことでございます。手元に、丁度よい材料もありましてもので」
リアの実力を目の当たりにし、計り知れない才能と言ったヴァイスの言葉が、事実であることを全員が理解した。
「ちょっと待って! リア、首輪の石ってまさか!」
「はい。青龍様の贈り物でございますが、なにか?」
「それって、リアの宝物だったんでしょう? そんな大事なもの、なんで使っちゃったの?」
「どんな宝物でも、使える時に使わないのでは、ただのガラクタです。この石は今日、クンさんの首輪に使われるために存在していたのですから」
悟りを開いたような表情で、リアはそう話した。
「ワシ、リアがなにを考えておるのか、さっぱりわからん!」
「アレと天才は紙一重、そういうことじゃないの?」
「いや、違うぞ! 頭のネジを才能に使いすぎて、思考の部分のネジが足りなくなってしまったんだ!」
「皆さん、なにかおっしゃいましたか?」
リアが恐ろしい目で3人をギロリと睨む。
「はい、どうぞ!」
勇者が、カゴに残っていたアボカドパイを、リアの口に押し込み、元の優しい顔のリアに戻った。
「そうだ! ニコラちゃん、鞍の話をリアにしてみたら?」
「うん! そうする!」
勇者が、ルディのことと乗馬のことについて、リアに説明する。
「なるほどです。でしたら、ルディさんの所に行って、見ながらお話いたしましょう」
勇者とリアは、村長の家の前に繋いである、ルディの所へ向かった。
「これがルディさんですね。では失礼して……ここは……ふむふむ……」
リアは、ルディの計測をはじめた。
「ルディさん、とてもいい筋肉のつきかたしていますね」
「リアは、馬のことわかるの?」
「いえ、詳しくわかりませんが、料理研究で肉の研究をしているうちに、筋肉の重要性に気づいてしまいまして。ルディさんのお肉は、とっても美味しいんだろうな、そう思ったわけでございます」
「ルディは食べちゃ駄目だよ!」
「冗談でございますよ。それでは、ニコラちゃん師匠、ルディに跨っていただけますか?」
「うん!」
勇者はルディに騎乗した。
「ルディさんに乗られるのは、ニコラちゃん師匠だけですか?」
「ぼくしか乗らないけど、後に1人乗せられたらいいな!」
勇者の足の位置などの計測を終え、リアの部屋に戻ろうとしていると、ヴァイスのいる鍛冶場に、シモンたちがきていた。
「結構早かったわね! どう? いいものをつくれそう?」
「ご相談なのですが…………」
イザベルに近づき、耳元で話すリア。
「問題ないわよ! 是非ともお願いするわ!」
イザベルがそう言うと、リアはヴァイスの所に向かい、話をはじめた。
「イザベル、どういうことなんだ?」
「鞍のことをね、ヴァイスにも話していいかって聞かれたの。一緒につくりたいからだって」
「ワシらと旅に出ると、しばらくは戻れんからのう。なにか一緒につくりたいと思うのは、当然のことじゃろのう!」
リアとヴァイスは話が終わり、作業を開始した。
「皆様、しばらくかかりますので、私の部屋で、お茶でも飲みながら、お待ちくださいませ」
リアの部屋に移動すると、隣の厨房を借りて、勇者がお茶の準備をはじめた。
「ニコラちゃん、あの2人のことだから、そんなにかからないはずよ! 簡単なものでいいからね!」
「うん! わかった!」
しばらくすると、勇者がお茶の入った硝子のポットと、甘く、キリッとした香りをもつなにかを運んできた。
「できたよ! どうぞ召し上がれ!」
それぞれにお茶が注がれに、黄色っぽいものに粉がかけられたものが置かれる。
「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」
「いただきます!!」
シモンの号令につづき、いただきますの合唱をしたあと、まずは、お茶をいただく。
「なに! このフルーティーな香りと、優しい甘味や酸味は! 紅茶であることはたしかだけど、優しく包み込むような甘い香りが、さらに上品な味へと押し上げているわ!」
「それはね、紅茶の葉にりんごの皮と芯を入れて、お湯を注いだんだよ! しばらく置くと、りんごの甘い香りがついた、美味しいアップルティーが出来上がるんだ!」
紅茶の葉もリンゴも、天順デリシャスで手に入れた、極上の品であった。
「それではワタシは、こっちの黄色いのをいただくとしよう!」
ジャクリーヌは、フォークで黄色いものを刺し、口に運んだ。
「旨い! このシャクッとした歯ざわり、リンゴを焼いたものだな! バターの濃厚な味わいと、シナモンのマイルドな風味が、リンゴの甘さと酸味にうまくマッチしているな!」
「それにしても、アップルティーとリンゴの菓子はよく合うのう!」
丁度それを食べ終えた頃、リアが完成した鞍をもってやってきた。
「できました! 私のお父さんの合作の、鞍でございます」
それは革でつくられた、見事な鞍であった。
「これが鞍というものなんじゃのう! それにしても、革に入れられた細かい細工、見事じゃのう!」
「その細工は、すべてお父さんが入れました。お父さんは鍛冶の腕もすごいのですが、最も得意としているのが、細工なのでございます」
「ねえ! この柄、どこかで見たと思ったら、村長の家の扉と同じだね!」
「その柄は、鍛冶師の村に伝わる、伝統的な柄なのです。いろいろな柄がありますが、それぞれに、五穀豊穣や開運福徳、健康や長寿などの意味をもっているのでございます」
「リア! ヴァイス! ありがとう!」
勇者は、鞍を持っているリアと、部屋の外から中を覗くヴァイスに深く頭を下げた。
「なんじゃ、ヴァイス! そんな所におったのか!」
「いや、邪魔したら悪いと思ってな! それより、この部屋、甘い香りがしないか?」
「そうです! 私も思っていたのです! ニコラちゃん師匠! なにか美味しいものを、おつくりになりましたね? 私たちを差し置いて!」
リアが恐ろしい目つきの、デビルモードになりかけた、そのとき……
「はい! どうぞ召し上がれ!」
勇者がアップルティーとリンゴの菓子を2人分持って、厨房から現れた。
「まあ! なんと素晴らしい!」
リアとヴァイスは、あっという間にそれをたいらげた。
「鍛冶仕事の後の、甘いものはたまらんな! リア!」
「そうですね、お父さん。そして、こんな美味しいものをおつくりになる、ニコラちゃん師匠! さすがでございます!」
「パパッとつくったものだから、大したことはないよ」
勇者は謙遜して言っているのではなく、本心を言っているようだ。
「パパッっと、というのはどのくらいなのですか?」
「そうじゃのう、だいたいここから村長の家に行って、戻ってくるくらいの時間だったかのう」
「そんな短時間で、こんな美味しいものを!」
リアは衝撃の事実に、開いた口が塞がらないようだ。
しばらくして、リアが正気を取り戻した。
「それじゃあ、ここでやることも完了したし、出発しましょうか!」
「まずは馬車を取りに、スピラ渓谷を戻ることになるのう」
「ちょっとお待ちください。戻られる場所はどのあたりでございますか?」
リアが話に入ってきた。なにか考えでもあるのだろうか?
「スピラ渓谷を戻って、ブレニッケ山脈の裏あたりの森じゃのう」
「その場所でしたら、近道がございますよ」
「なんと! 早く着けるのであれば、それに越したことはないのう!」
リアは近道を知っていた。しかし、両側を高い山に囲まれたこの場所に、そんなものはあるのだろうか?
「それでは、お父さん。行って参ります」
「リア! 勇者様たちの迷惑をかけるんじゃないぞ! それでは、皆さん、リアのことをよろしくお願いします」
そして、勇者パーティーは鞍をつけたルディと共に、近道の場所へと向かった。




