第21話 鍛治師の村5
「それでは、出発いたしましょうか。まずは、馬車を取りに戻るとおっしゃっていましたね」
「その前に、リアに話しておきたい事があるんだけどね……ここじゃ……ね」
イザベルは、ヴァイスには聞かれたくない話だから、別の場所で、というのを、オブラートに包んでリアに伝えたつもりだった。
「お父さん、私の部屋に行って、皆様とお話してきますわね」
イザベルの意図が、リアにちゃんと伝わっていたようで、安心するイザベル。
「お父さんには、聞いてほしくないお話のようでございますので」
イザベルの意図が、全く伝わっていなかったようで、残念がるイザベル。そのイザベルを、ヴァイスがこっちこっちと手招きで呼んでいる。そして、イザベルになにかを耳打ちした。
「イザベルよ。一体ヴァイスに、なにを言われたんじゃ?」
「あのね、リアは鍛冶仕事と料理研究ばかりして育ってきたから、世間一般の常識をほとんど知らないんだって。だから、さっきみたいなことも、よくあるらしいわ」
部屋への先導で、少し先にいるリアに聞こえないように、小声で話すイザベル。
「なるほどな。場の空気を読むことも、知らなかったわけだな」
「それでね、みんなでその常識を教えてあげてほしいって」
「それじゃ、リアを常識の解る、立派な大人に育て上げる。これが、新たな旅の目標じゃな」
「ぼくはまだ、常識を教わる方だから、料理を教えるね」
4人と1匹は頷きあい、新たな旅の目標は承認された。
「あとね、もう一つヴァイスに言われたことが……」
「あら? 皆さん、お集まりになって、なにかございましたか?」
「いや……なんだ……あれが……それで……だな? イザベル?」
「そ、そうね……床、床の木材を見ていたの。いいものだと思って」
内緒話をしていた所に、突然リアが振り返り、あたふたするジャクリーヌ。それを、イザベルがなんとか誤魔化す。
「まあ、よくお気づきになりましたね。この建物の床材には、樹齢1,000年の檜が使われているのでございます」
「ほう! 樹齢1,000年の檜とは、伝説級のものじゃのう! ワシの神樹の大杖でも、せいぜい樹齢800年といったところじゃ!」
シモンはそう話しながら、ジャクリーヌに目で合図を送った。今のうちに、落ち着けということだろう。
なんとかその場を切り抜け、リアの部屋にやってきた。
「わあー! リアの部屋、なんかすごいわね!」
「なんだこの部屋は! これが年頃の女子の部屋なのか? ワタシの部屋でも、もう少し可愛げがあるぞ!」
リアの部屋は、鍛冶仕事でつくったらしきものと、たくさんのキレイな石、様々な種類の燻製肉で埋め尽くされていた。
「鍛冶仕事でつくったものは、まだわかるんだけど、石と燻製肉はなんであるの?」
「石は、青龍様からキレイな石を贈っていただいて以来、集めるようになりましたの。燻製肉は、今、料理研究でハマっている所でして……お恥ずかしい」
「のう、この燻製肉はワシが持っているのと違って、なんというか……そう、みずみずしさがあるんじゃが、どうしてじゃ?」
シモンの持っている干し肉は、水分がなくパサパサして硬いものであった。しかし、その燻製肉は、生肉がもつ弾力を感じ取れるほどの水分を含んでいた。
「それはですね、塩漬けのときの塩の量や、どれだけ乾燥させるか、それと燻製法によって水分量が変わってくるからなんですよ! シモンさんの干し肉が硬いのは、保存期間を長くするために、塩の量を多くして、しっかり乾燥させてあるからなんです!」
「なるほどのう! 保存期間の長さによって、様々な手法があるということじゃな! ということは、この燻製肉は長くはもたん。つまり、旅には向いておらんということじゃの」
これからは、美味しい燻製肉が食べられると期待していた分、がっかりするシモン。
「それが可能なのでございます。これを使えば!」
リアは押入れの襖を開け、中から大きな装置のようなものをガラガラと引っ張り出した。
「なんじゃ! そのでっかいのは?」
「この部屋の可愛げポイントが、さらに下がってしまったぞ!」
それは、たくさんの管や歯車のついた、男のロマンを感じさせるような、大きな装置であった。
「これは、真空保存機なのでございます!」
「シンクウって一体なあに?」
「空気のない状態のことです。長年の研究の結果、食べ物を腐敗させる大きな要因に、空気が関わっていることがわかったのです」
リアは、両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をしながらそう言った。
「リアよ、さっそくその装置を使ってみてくれるかの!」
「それでは、この燻製肉を投入いたします」
リアは、鶏モモ肉の燻製を装置に入れ、スイッチのレバーを引いた。
ガコン、ガコン! シュー、大きな音がなり、蒸気が噴き出す。そして……
「鶏モモ肉の燻製の真空パック、完成でございます」
「シンクウパック?」
謎の言葉の出現に、首をひねるイザベル。
「まず、空気を通さない魔法の皮膜をつくります。それで燻製肉を包み込み、中の空気を抜いたもの、それが真空パックなのでございます!」
「なるほどのう! それでこのシンクウパックは、どのぐらい保存が可能なんじゃ?」
「冷気付与のカバンで1週間ほど、凍らせたまま保存すれば、1年ほど持たせることができます」
「ワシのカバンで1週間、まあ、悪くないの! 1年保存できれば、言うことはなかったのじゃがの!」
「魔法のカバンに、凍らせたまま保存なんて付与はできないから、仕方がないよ」
魔法のカバンは冷気や乾燥など、様々な付与をつける事ができたが、凍らせたまま保存などの、強い魔力が必要なものは付与すること自体できなかったのだ。
「私のカバンならできますよ。凍らせたままの保存」
「なんじゃと! そんなことができるとは、筆頭鍛冶師の娘は伊達じゃない、ということかのう!」
「でも、そんな事をしたら、カバンが埋ちゃって、リアの鍛冶道具が持っていけなくなっちゃうじゃない!」
魔法のカバンは、1人1つしか持つことができないものであったのだ。
「じゃーん! これをご覧くださいませ!」
リアは、3つのポーチが着いた、腰巻きポシェットを掲げた。
「そのうち1つが、魔法のカバンなんじゃろ?」
「それは違うのです。なんと3つ全てが、魔法のカバンなのでございます!」
リアは、人差し指を振ったあと、腰巻きポシェットを装着し、両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をしながらそう言った。
「魔法のカバンを3つだと! 本当にそんなことが可能なのか?」
現実では有り得ないことを、平然と言い放つリアに、困惑するジャクリーヌ。
「昨日皆様にお話した、5歳の鍛冶試験に合格したあと、スキル鑑定が行われました。そのとき、私にはスキル『自在収納』があることがわかりました」
「スキル『自在収納』じゃと? そんなスキル聞いたことないのう。イザベルよ、お主知っておるか?」
「あたしも、はじめて聞くスキルだわ!」
シモンもイザベルも知らないスキルの存在に、雰囲気がザワつく。
「鍛冶師の村に伝わる、巻物の一節に、『複数の魔法のカバンを装着可能にし、付与の魔力上限を高めることができるスキル、それを『自在収納』と呼ぶ。その力、青龍様より、光る石と共にあたえられん』とあるのでございます」
「なるほどね! 青龍様の祠の前で、5歳のリアが拾った石は、本当に青龍様からの贈り物だったってわけね!」
リアのスキルが、青龍により与えられたものとわかり、とりあえず安心する。
「どういたしますか? ここにある燻製肉、すべて持って参りましょうか?」
「そじゃの! 折角だから、そうさせてもらおうかの!」
「でしたら、私が真空パックをどんどんつくりますので、シモン様は魔法で凍らせていただけますか?」
あっという間に、たくさんの燻製肉がリアのポシェットに、冷凍保存された。
「これで、3ヶ月ほどは肉の心配をしなくても大丈夫そうだな! それじゃあ、出発するとするか!」
ジャクリーヌが出発の号令をかけた。




