第2話 ビエルデ大樹海
勇者パーティーは王都リットベルガーに向かうこととなった。実は、シモン、ジャクリーヌ、イザベルの3人は、国王パウル=ハインツにより直々に勇者召喚の名を受けており、どうしても王との謁見の必要があったのだ。
「儀式の祠をでたら、ビエルデ大樹海を東に向けて出発だー! いくぞー! えいえいおー!」
「イザベル! 気合が入っておるのう!」
「だって、ニコラちゃん可愛すぎるでしょ! あんなの見たらテンションあがるよ!」
「じゃが、男じゃぞ?」
「この際、性別なんてどうでもいいの! 可愛いは無敵って昔からいうでしょ?」
祠をでて、しばらく進むとさっそくモンスターの群れを見つけた。
「あれはゴブリンだな! 4体の群れのようだが、どうする? ワタシがでれば問題ないが……」
「そうじゃのう……これから先のことを考えると、まずニコラちゃんの実力を見ておきたいのう」
「まあ、最弱のモンスターだしねえ……それじゃあ……ねえ、ニコラちゃん! あのゴブリンお願いしていいかな?」
イザベルのお願いに、勇者はこくりと頷くとゴブリンの群れに向かっていった。そのスピードは凄まじく、あっという間に群れの前に到着した。
「ジャクリーヌよ、お主より速くないか?」
「ああ、ワタシの本気よりも圧倒的に速い!」
2人が驚いている間に、鞘から剣を抜く勇者。振りかぶったかと思うと、次の瞬間、4体のゴブリンすべてが倒れた。
「あの太刀筋! 剣の扱いもワタシより遥かに上だ!」
「ワシには、なにも見えんかったぞい!」
「だから言ったでしょ? 可愛いは無敵って!」
さらに驚愕するジャクリーヌとシモン。なぜかドヤ顔になるイザベル。
トコトコ、そこへ勇者が戻ってきた。隣には張り付くようにクンも一緒だった。
「ニコラちゃん、すごかったぞ! あれほどのものを、どうやって会得したんだ?」
ジャクリーヌの問いかけに、勇者はクンに耳打ちする。
「剣道中学生男子の部、日本一。ブイ」
クンがそう話すと、勇者は右手でVサインをした。その顔は若干赤く染まり、照れているようだった。
「チュウガクセイとニホンというのはよくわからんが、剣を扱う競技で1番になった。そういうことじゃろうて!」
「この強さに、この容姿! 国王様もきっと喜ばれるに違いない! そうだろ、イザベル?」
「だから言ってるでしょ? 可愛いは無敵だって!」
「さっきからそればっかりじゃな、イザベルは!」
「ただ、可愛いは無敵、ニコラちゃんにしっくりくるな! もしかして、スキル『可愛いは無敵』を持っているのではないか?」
「そんな名前のスキル、ワシは知らんぞい!」
「やっぱりないか!」
『わっはっは!』
楽し気に笑う、ジャクリーヌ、シモン、イザベルの3人。勇者はというと、先ほどまでVサインをしていた手で、頭をぽりぽりかいていた。その顔は真っ赤に染まっていたが、笑みを浮かべていた。
勇者パーティーはさらに歩みを進め、ビエルデ大樹海の全工程3分1というところまでやってきた。
「この辺りから、モンスターが一気に強くなるぞい! みんな、気を引き締めるんじゃ!」
ビエルデ大樹海は大きく3つのエリアにわかれていた。内側の3分1の区域、外側の3分1の区域、それらに挟まれた中間の区域の3つだ。内側と外側の区域には、弱いモンスターしか存在していないが、中間の地域には、強いモンスターばかりが存在していた。その強さは凶悪といっていいほどのものであり、並みの冒険者パーティーでは瞬殺される、それほどのものであった。
「祠に向かう途中に、ミノタウロスに遭った区域だな!」
「ミノちゃん、また会いたいなー! 牛の丸焼き、また食べたいなー!」
「……ミノちゃん? 物騒なことを言うな! イザベル!」
「まあ遭遇したところで、おじいちゃんの上級魔法で一撃! なんだけどね!」
「ワシはしばらく上級魔法使えんぞい! 歳のせいか、中5日挟まんときつくてのう……若いころは何発も何発も撃ちまくりだったのじゃが……」
「じじい、そうだったのか! だからいつも初級魔法ばかり使っていたんだな!」
新事実により、長年の疑問が晴れ、スッキリしたような顔のジャクリーヌ。目を細め、若かりし日々を懐かしむような顔のシモン。
「まあ、おじいちゃんの初級魔法強いから大丈夫よ! ファイアボールだって普通の倍以上の大きさと威力があるからね!」
「そうじゃ! 魔力が違うのじゃ、魔力が!」
「それ以前に、ミノタウロスは倒してしまったから、しばらくでないしな!」
この世界のモンスターは、倒してしばらくは現れない。そして、5日ほどすると再び現れる。それは、魔王により新たに召喚されているのだろう、そう考えられていた。
「それよりじじい、さっきの戦闘でニコラちゃんが使った魔法、あれ上級魔法だったよな?」
「あんなでっかい炎の玉、ワシはじめて見たわい!」
「しかも無詠唱だなんて! そんなの聞いたこともないわ!」
「じじいもイザベルも知らない魔法なのか? ……なあ、ニコラちゃん」
勇者を呼び寄せるジャクリーヌ。もれなくついてくるクン。
「ニコラちゃん、さっき魔法使ってただろう、大きな炎の玉のヤツ!」
こくりと頷く勇者。
「あれ、なんていう上級魔法なんだ?」
「あれは、昨日の戦いで覚えたばかりの魔法、ファイアボール」
「!! あ……あれが、ファイアボールじゃ……と……」
クンの発した言葉に、驚きのあまり、開いた口が塞がらない、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。
「……あれ……たしか、じじいのファイアボールの3倍くらいのでかさだったよな?」
「そうじゃのう……破壊力も3倍くらいあったかのう……」
「つまり、それらを総合すると……可愛いは無敵ってことよね!」
「またそれか! イザベル!」
「お主、ただそれが言いたいだけじゃろ?」
『わっはっは!』
一瞬漂った緊張感から解放され、いつもの賑やかな雰囲気に戻る勇者パーティー。
「ニコラちゃんは剣も魔法もとても強い! それはわかったけど、1つ大きな問題が残っているわ!」
「そうじゃな! 言葉……意思の伝達の問題じゃ!」
「そう、おじいちゃんのいう通り! 戦闘中はお互いに指示しあったり連携をとらないと、強い敵と戦うのは難しいわ! ニコラちゃんはクンに耳打ちしないといけないから……」
「いや、そのことなんだが……」
「ん? どうしたんじゃ? ジャクリーヌ?」
「さっきワタシが、なんていう上級魔法かってニコラちゃんに尋ねただろう?」
「そうだったわね」
「で、その後すぐにクンが話し出したんだ……耳打ちもされないで……」
『!!!』
驚きと同時に、全てを理解したシモンとイザベル。
「さっき、スキル『同時通訳』を手に入れた」
突然話し出すクン。
「……ニコラちゃんが……か?」
「いや、ぼくが」
戸惑いながら問いかけるジャクリーヌに、クン自らが答える。
スキル『同時通訳』とは、自分の主が話そうと考えた言葉を、それと同時に伝えるというものであった。
「これで、戦闘の連携も問題なく行えるということだな! じじい!」
「それどころか、ニコラちゃんとクンの配置次第では、戦略の幅をグッと広げることができるわい!」
「つまり、それらを総合すると……」
「可愛いは無敵だろ?」
「可愛いは無敵じゃろ?」
「もう! あたしのキメ台詞とるなあ!」
『わっはっは!』
その笑い声はジャクリーヌ、シモン、イザベル、そしてクンのものであった。それは勇者のものか、クン自身のものかはハッキリわからないが、本当に心から笑っているようであった。