第19話 鍛治師の村3
カンカンカン、金属を叩くような音がする。
「これは、鍛冶仕事の音だな!」
「この建物の中に、ワシらが会うべき鍛冶師がおるわけじゃのう!」
鳥居の先にあった建物は、屋根が曲線状に反っており、格式や荘厳さが感じられた。
「失礼するぞ!」
ジャクリーヌを先頭に、建物の中に入る。
中に入ると、大きな男が1人、ハンマーで金属のようなものを叩いていた。
「仕事中すまないが、話を聞きたいんだが!」
カンカンカン、その男は、ハンマーの音で声が聞こえていないようだ。
「ねえ、おじさん! なにをつくってるの?」
勇者が男に近づいて話しかける。
「!? これは、勇者様!?」
男は鎧を見て、すぐに勇者だと気づいたようだ。
「失礼した。俺は鍛冶師のヴァイス。まさか、本当に勇者様が来られるとは、驚いた」
鍛冶師ヴァイスは、黒っぽい肌に顎髭、スキンヘッドで背が高く、筋骨隆々と強面のお手本のような容姿をしていた。頭につけたゴーグルと、前掛けの細部に施された、細かい細工が、鍛冶師であることを物語っていた。
「お父さん! なにか声が聞こえたのだけど、どうかしたのかしら?」
「!? 王女様……ではなく、リア殿か」
ジャクリーヌはリアの存在を知っているのに驚いてしまった。それほど、リアと王女は似ていたのだ。
「あらっ! 先程外でお会いした方たちではございませんか! ここにおられるということは、やはり勇者様でいらしたのね!」
「やはり、とはどういうことだ?」
「村に戻ったあと、考えたのでございます。あんな所に、普通の冒険者の方が、おられるはずなどないと。そして、気付いたのでございます。あれは、勇者様御一行であったと」
「とにかく、あたしたちがここに来ることは、予想済みだったということね!」
話から察するに、勇者たちがここに来るだろうと、ヴァイスにも伝えていたようだ。
「それにしても、本当に王女様にそっくりじゃのう」
「髪結ってなかったら、あたしも間違えそうだったわ」
先程外で会ったときとは違い、銀髪の髪を後で1箇所結い、小豆色のつばのない帽子に、丸いゴーグルが巻かれていた。鍛冶師仕様ということだろう。
「わかっているだろうと思うが、リアは俺の娘だ。一応言っておくが、俺が筆頭鍛冶師で、リアは鍛冶師見習い、まあ助手だな」
「それで鎧に刻印を入れたのは、筆頭鍛冶師であるヴァイス殿、ということだな?」
「ヴァイスにリアで構わんよ。刻印についてだが、入れたのは俺ではない」
「ということは、もしや!」
「リアだ!」
『!?』
刻印を入れたのが、鍛冶師見習いであることに驚きを隠せない勇者様御一行。
「リアよ、なぜ刻印を入れたのじゃ?」
「1ヶ月前に魔石を見たのです。青龍様の祠の前の崖で」
青龍様の祠とは、村側からブレニッケ山脈を登った所につくられた、社のことであった。
「それが、5つの魔石の1つであった、そういうことじゃのう!」
「もしかして、その魔石はそこにあるままなのか?」
「いいえ、すぐに、大きな鳥が持ち去ってしまいました」
リアは魔石を見て以来、毎日同じ夢を見るようになった。目の前に魔石が浮かんでおり、その中に紋章が見える。そして、青龍様が語りかけてくる。
「その紋章は、5つの魔石を納めるためのもの。勇者の鎧に刻み、本当の力を目覚めさせよ」
「私は悩みました。青龍様のお告げに、従うべきかどうかと。しかし、筆頭鍛冶師ではない私が、勇者様の鎧に触れるわけにはまいりません」
そう話す、リアの言葉には力がこもっていた。この村にとって、勇者の装備がどれだけ重要なものか、それを示しているようであった。
「魔石を見た日から2週間後、ここに青龍様が来られました」
「青龍様は、よく来るのか?」
「3ヶ月に1度、村の食料や物資を運んできてくださいます。それ以外で来られることは、めずらしいことですね」
鍛冶師の村は、『鍛冶腕グランプリ』でつくられた品を、青龍様に奉納していた。その見返りとして、村の食料や物資を運んでくれるようになったのだ。
「普段は、祠から歩いて来られるのですが、そのときは直接ここにおいでになりました。そして、王都の部隊に、偽の装備を渡すように命じられました。その帰り際に、私の目をじっと見て、青龍様がおっしゃいました。まかせたぞ、と」
「それは、偽の装備を渡すことをしっかり頼むってことだったのよね?」
「違うな!」
突然、話にヴァイスが入ってきた。
「俺は、夢のことをリアから聞いていた。そして、それはただの夢だと思っていた。しかし、青龍様のあのときの言い方は、夢でのことを言っているのだとわかった」
「それでリアは、鎧に刻印を入れることにしたわけじゃな」
「いえ、お父さんにもやるべきだと言われましたが、長年守り続けられてきた村の掟を、私などが破る訳にはいかないと拒みました。しかしその夜、私が鎧に刻印を入れている夢を見ました。その夢は、鎧のどの部分に、どのように刻印を入れるのか、それを詳細に伝えるものでした。それから3日後の夜、私は決心し、刻印を入れました。それは、青龍様が勇者様の装備を取りに来られる、前日のことでした」
リアがどれだけ悩み、刻印を入れると決めたときの、決意の大きさが伝わってきた。
「なあ、今の話からすると、青龍様は彼奴のことじゃよな?」
「ああ、国王様の茶飲み友達、ディールに間違いないな!」
「ていうことは、ディールは『鍛冶の神』ってことよね?」
「ディール、偉いんだね!」
たしかに、すごいドラゴンだと思っていたが、まさか神であったとは。驚きが隠せない。
「あなた方! その名を口にしてはなりません!」
「青龍様の名は、決して口にしてはいけない、村の掟なんだ!」
リアとヴァイスがギロリと睨む。強面のヴァイスが睨むと迫力があるが、普段優しい顔のリアが睨むと、寒気がするほど恐ろしかった。
「わかった! もうその名は口にせぬ! だから、そんな恐ろしい目を向けるのは、やめてくれんかのう! リアよ!」
「わかっていただければよいのです」
リアは、元の優しい顔に戻った。
「刻印のことはよくわかった。それでは、探求の羅針盤のことをお願いしたい」
ジャクリーヌが、探求の羅針盤の説明を2人にする。
「リアよ、やり方はわかるか?」
「裏の蓋を開けて、中の記憶石に魔石の姿を念じながら、ハンマーを打てばよいかと」
2人は鍛冶談義をはじめた。親子から師匠と弟子に変わったようだ。
「明日の朝までには仕上げよう。今夜寝る場所は、村長に頼むといい。すぐに準備してくれるはずだ」
そう言うと、ヴァイスは作業をはじめた。記憶石の部分以外の作業は、ヴァイスが行うようだ。
「ねえ、そういえば、リア、門の外にいたとき、なにか探してなかった?」
「ええ、よくお気づきになりましたね」
「一体、なにを探してたの?」
「とても大切な石です」
「一生懸命探しておったようじゃから、思い出の品かなにかかのう?」
「はい。あの石との出会いは、私が5歳の頃でした」
鍛冶師の村は、小さなときから鍛冶の技術を教えはじめる。そして、5歳のときに最初の試験が行われる。その試験に中々合格ができず、青龍様の祠の前にリアは来ていた。
「青龍様お願いします。試験に合格できますように」
リアは試験に落ちるたびに、祠にお参りに来ていた。そして、今回が5度目のお参りだった。お参りのあと、何気なし空を見上げた。すると……
「あれ? なにかキラキラが落ちてくる」
それは祠の前に落ちてきた。
「きっと、青龍様からの贈り物だね」
それはキレイに輝く石だった。
「そして、私は試験に合格することができました。それ以来、キレイな石は宝物になりました。しかし、昨日の朝、太陽に透かして石を見ていたら、鳥に取られてしまいました。その鳥は、西に向かっていったので、門の前を探していたのです」
「キレイな石、西の方向、昨日の朝……ねえ! もしかしてアレじゃない?」
「じゃのう! きっとアレじゃ! ジャクリーヌよ! だすがよい!」
「リアの捜し物はこれだな!」
ジャクリーヌは、崖崩れの場所で拾った、キレイな石を差し出した。
「これです! 青龍様からの贈り物! 返ってきました!」
リアは、ジャクリーヌの手を、石ごとギュッと握りしめた。鍛冶師なだけあって、握力はかなり強く、ジャクリーヌは少し痛そうだ。しかし、リアに大事な宝物を渡すことができたという喜びのほうが上だった。
「それじゃ、ワシらは寝床に向うかの」
「その前に飯だ! ニコラちゃん、とびきり旨いのを頼むぞ!」
「寝る場所に厨房あるかな?」
勇者たちは、案内人の娘に連れられ、準備された寝る場所に向かった。それを見送るリアは、ずっと頭を下げていた。石のことをそれだけ感謝しているのだろう。
「あれ? あそこに鶏さんがいるよ!」
寝る場所に向かう途中、勇者が鶏舎を見つけた。
「ほう! 鶏か! ワシ見るの何十年ぶりかのう!」
「ワタシははじめてみたぞ! こんな姿をしていたのか!」
この世界では、鳥の肉といえば鳥型モンスターのものを指し、鶏に肉としての需要はなかった。そのため、山奥の限られた地域でしか鶏をみることができなかったのだ。卵はその地域から届くため、古いものしか出回っていなかった。
「お姉さん! 卵って貰うことできる?」
「どうぞ、好きなだけお持ちください」
新鮮な卵を手に入れ、ご満悦の勇者。
寝る場所に着くと、なんとそこには火力調整付きの厨房があった。
「それじゃあ、今晩はなににしようかな?」
勇者が今晩の献立を考えている。
「やはり今晩は、新鮮卵をつかった料理かのう?」
「卵料理といえば、王都の宿で食べた、あつあつフワフワの卵焼きを思い出すわね!」
「ああ! あれは本当に旨かったなあ! ジュルリ」
「ジャクリーヌ! よだれでてるわよ!」
それぞれ席に付き、勇者の料理が出来上がるのを待つジャクリーヌ、シモン、イザベル。用意された部屋は座敷で、3人は畳の上に置かれた、座布団の上に座っている。
「できたよ! どうぞ召し上がれ!」
座卓に、赤い色のライスに黄色いプルンとしたものが載った皿が置かれる。
「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」
「いただきます!!」
シモンの号令につづき、いただきますの合唱をしたあと、さっそく、皿に手を伸ばす。
「ちょっと待って!」
待ちに待った料理に手を伸ばそうとした所に、勇者のストップが入る。
「なんじゃ? まだ食べていかんのか?」
「ワタシはすぐに食べないと、口から胃袋が飛び出てしまいそうだぞ!」
「まってね。すぐに料理を完成させるから!」
勇者はそう言うと、赤い色のライスの上に載った、黄色いプルンとしたものの真ん中にナイフを軽く入れた。すると、中からトロリとしたものが、雪崩のように皿一杯に広がった。そして、その上に赤い色のソースをかけた。
「今度こそ、本当に召し上がれ!」
待ちきれなかった3人は、勇者が言葉を言い切る前に、それをスプーンですくい、口に頬張った。
「なんじゃこれは! 口一杯に幸せが広がっていくようじゃ!」
「このトロトロは卵なの? こんな食感、初体験だわ!」
「濃いめに味付けされた、トマト味のライス。大きめに刻まれた玉ねぎと、鳥の肉が味も食感も楽しませてくれる! そして、それを包み込むトッロトロの卵。酸味のあるライスと卵のもつ甘さが合わさり、最高の一品として仕上がっているな!」
「これは、半熟卵のオムライス。新鮮な卵だからできる、調理法なんだよ!」
半熟卵のオムライスを、3人はむさぼるように食べ尽くした。
食後、片付けをした後、勇者は厨房でなにかをつくっていた。
「ニコラちゃん、厨房でなにをしていたの?」
「それは明日のお楽しみじゃと」
「ワタシたちは、それを楽しみにしながら、先に寝るとするか」
『おやすみ!』
そして、3人は眠りについた。




