第18話 鍛治師の村2
「ここからは、私がご案内させていただきます」
人間の区域に足を踏み入れると、白い小袖に紅い袴を着た、黒髪の女性が待っていた。
「なんか雰囲気が変わったな!」
「そうね! さっきまでの区域と、色合いが全く違うわね!」
ドワーフの区域では、建物を構成する柱や窓枠などは、それぞれの木の色であった。しかし人間の区域では、それらは全て朱色に統一されていた。
「この区域の建物に、朱色が多くつかわれているのは、ここが特別な場所である、という証なんですよ」
「朱色は特別な色、というのことなのか?」
「はい。朱色は、魔除けや不老長寿を、象徴する色とされています」
「たしかに、神々しさのようなものを、感じる色ではあるな!」
夕日が沈むときの色に近いのも、神々しさを感じる一因なのであろう。
「屋根の色も、ドワーフの区域とは違うね!」
「あの色は、緑青の色ですよ」
「ということは、あの屋根は銅でできておる、ということじゃのう!」
銅でつくられた屋根をはじめて見たシモンは、関心しているようだ。
「緑青だの、銅だのよくわからん! じじい! 説明しろ!」
「緑青とは、銅の錆のことじゃよ!」
「んー、いまいちピンとこないな……」
シモンの言うことは、ジャクリーヌにはうまく伝わっていないようだ。
「銅貨が変色することがあるじゃろ? あれのことじゃよ!」
「ああ、なるほど! そういうことか!」
身近なところから、具体例を上げたことで、ジャクリーヌはやっと理解できたようだ。
観光気分を味わいながら、案内人について行く。
「ワシらは、どこに案内されとるんじゃ?」
「村長の所へ、お連れしております」
「ワタシたちは、その剣と鎧をつくった、鍛冶師に会いに来たんだが」
ジャクリーヌは、勇者を指さしながらそう言った。
「はい。存じております」
「それなら、村長ではなく、鍛冶師のもとに案内してくれないか?」
「いえ、その鍛冶師とお会いになるには、村長の許可が必要なのです」
「全部、お見通しってことみたいね!」
案内の女性は、状況をよく理解している人物のようだった。
しばらく進むと、大きな屋敷の前にやってきた。
「これからお会いいただく、村長ヒルデ様は、とても豪快な方でございます。乱暴な物言いも、されるとは思いますが、決して、悪気があってのことではありません。そのことを、承知いただいたうえで、お進みくださいませ」
案内人の話を聞き、一気に緊張が高まり、手が汗ばむ。その汗ばんだ手で、ジャクリーヌが扉を開けた。
「おお、来たね! あんたたちが勇者様御一行というわけだね!」
部屋の奥から、大きな声が聞こえてきた。そこには、少し小柄ではあるが、恰幅の良い、白髪を2つ三つ編みにした、老婆がいた。
「村長殿、ワタシは……」
「紹介はいらないよ! 青龍様から全部聞いているからね! 私の事も、案内の娘から聞いただろう?」
ジャクリーヌが紹介をしようとすると、ヒルデはそれをさえぎり、話をはじめた。村長ヒルデは、案内人が言った通りの人物であった。
「ここは、鍛冶師の村の特別な区域なんだよ! 建物のつくりなんかも、他と違っただろう?」
「建物に使われてる朱色は、特別な色なんでしょう?」
「ほう! わかっているじゃないか!」
鍛冶師の村に関する知識があったことに、ヒルデは感心しているようだ。先程、案内人から聞いたばかりの話ではあるが。
「早速で悪いのだが、ワタシたちに鍛冶師に会う、許可をくれないか?」
「戦士ジャクリーヌよ! 何事も、順序が大切なんだよ! まずは、この村の成り立ちを知るのが先だ!」
「本当にジャクリーヌは、慌てん坊戦士じゃのう!」
「すまない! 事を急ぎすぎたようだな!」
少し赤くなり、ポリポリと頭をかくジャクリーヌ。
そして、ヒルダは村の成り立ちについて、話し始めた。
「この村は、3人の鍛冶師からはじまった……」
1,000年よりも昔、この地に、人間、ドワーフ、エルフの3人の鍛冶師がやってきた。この地は、はるか昔より、鍛冶の神、青龍様にまつわる重要な場所、つまりは鍛冶の聖地であった。そこに3つの種族で1番の腕を持つ3人が集まったのは、突如現れた、魔王に対抗するための、剣と鎧をつくるあげるためであった。一流の鍛冶師3人が力を合わせ、最高の剣と鎧をつくるあげた。それは、勇者の手にわたり、魔王は倒された。その後も、3人はこの地にとどまり、鍛冶の腕をさらに磨くため、競い合いながら、様々なものをつくっていった。その噂は各地に広まり、それを聞いた鍛冶師が集まりだし、いつの間にか1つの集落となった。そしてある日、集落に1頭の青い龍が降り立ち、こう言った。
「我は、この地を統べる青龍。お主らの鍛冶の技は、決して外に出してはならぬ。城壁を築き、絶対に外の者を入れるな。そのかわり、お主らに加護を与えよう」
集落の者は、青龍様の加護を受け、城壁を築き上げた。集落の建物も、加護を受けた地として、特別なものにつくり替えられた。時が経ち、子孫が増え、村は大きくなり、今の形の、3つの区域にわけられた。種族ごとに競い合いながら、腕を磨くというのが、村の礎となっていた。そのため、暮らす区域の優先権を、鍛冶の腕で決めることとなった。各種族で1番の鍛冶師3人が腕を競い、それに優勝した種族に、特別な区域である、加護を受けた地が与えられるようになったのだった。
「そして、その大会は、4年に1度行われるようになり、『鍛冶腕グランプリ』と名付けられた。優勝した種族に与えられる、加護を受けた地というのは、ここのことさね!」
「なるほどのう! 加護を受けた地、つまり人間の区域におる、1番の腕を持つ鍛冶師が、ワシらの会うべき人物、ということじゃのう!」
「その通りだ! と言いたいところだが、少し違うのさ!」
「どういうことじゃ?」
これまでの話の流れから、自身を持って導き出した答えが異なり、驚くシモン。
「私についてくるがいい! そうしたら全てがわかるさね!」
村長ヒルデにつづき、部屋の奥へと進む。すると、不思議な模様をした扉が目の前に現れた。
「なに、この扉! 不思議な模様が描かれているわねえ!」
その扉の模様は、いろいろな図形を、移動、回転、拡大など用いて、連続して組み合わせられており、不思議であると同時に、とても美しいものであった。
「はっはっは! それは描かれたものではなく、すべて木さ! 異なる材色や木目を生かしつくられた、寄木細工というものさね!」
「これは、素人のワシでも、ものすごい技術と、ものすごい手間が必要なものじゃとわかるわい!」
「それだけこの先が、村にとって重要な場所だということだな!」
ジャクリーヌの言葉で、改めて身が引き締まる勇者パーティー。
「では、いくぞ!」
ヒルデは扉に手を当て、念じ始めた。そして、手の甲に紋章が現れ、扉が開いた。
「この扉は、私とこの中におる者しか、開くことができんのさ! たとえ、勇者様であってもな!」
扉の中は、中庭になっており、正面には、赤くて大きいなにかが立っていた。
「この赤いのは、鳥居と呼ばれるもので、神域への入り口の門なのさね!」
「不思議な形の門だけど、なにか厳かな雰囲気を感じるわね!」
鳥居の朱色が、より一層、その雰囲気を高めていた。
「私の案内はここまでだ! これより先は、神域! それを決して忘れるなよ!」
そう言うと、ヒルデは元いた部屋へ戻っていった。
「それじゃ! みんな、行こ!」
勇者の言葉にビクッとする3人。妙な緊張感で、少しの間、体が固まっていたようだ。
勇者パーティーは鳥居の前で一礼すると、奥へと進んでいった。




