第17話 鍛治師の村1
「なあ、入り口が見当たらないんだが、どういうことだ?」
谷を塞ぐ、大きな壁の前にやってきた勇者パーティー。
「まさか、ここまで着て中に入れぬとは! こりゃ参ったわい!」
まさかの展開に、頭を抱えるシモン。
「ちょうど、村人が出てきてくれたらいいのにね!」
「そんな都合の良いことなどないだろう! 今日は諦めて、野営の準備をするとしよう! だいぶ日も傾いてきたしな!」
野営に適した場所をさがし、辺りを見渡すジャクリーヌ。
「!? おい! 人がいるぞ! 川沿いのところだ!」
「あら! 本当ね! 村の人に違いないわ! 話を聞いてみましょう!」
川沿いに屈んでいる、村人と思われる人物に、近づいていく。
「あの子さあ、うしろ姿が王女様に似てない?」
「おお! たしかに似ておるのう! 金髪の色の具合も、髪型もそっくりじゃわい!」
「まあ、うしろ姿が似ている人は、結構いるものだからな!」
川沿いに屈んでいた少女は、川岸や水の中をキョロキョロと見渡していた。
「ねえ、そこのお嬢さん! 少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
「はい? 私にですか?」
その少女はこちらを振り向いた。
「!? なんでこんなところに、王女様がいらっしゃるんですか!?」
「王女様? 私が?」
「ジャクリーヌ! ちょっと待って! よく見たら、髪の色が違うわ!」
先程、金髪に見えたのは、夕日が水面に反射して、そう見えていたのであった。
「お嬢さん、ごめんね! 驚かせてしまったみたいで!」
「いえ、私は少し驚いただけですから。……失礼ですが、あなた方は?」
「あたしたちは、冒険者で旅をしているの。鍛治師の村の噂を聞いて、ここまでやってきたんだけど、入る方法がなくて困っていたの」
イザベルは、勇者に関する情報を伏せたまま、上手いこと状況を伝えた。
「それはお困りでしたね。私は、鍛冶師の村のリアと申します」
鍛治師の村と聞き、イザベルは軽くガッツポーズをした。
「リアさん、もしよければ、村に戻るときに、一緒についていってもいいかな?」
「村の中に、いらしたいということでしょうか?」
「お願いしていい? リアさん」
この流れなら、確実にイケる。イザベルはそう思っているようだ。
「お断りします」
「えっ?」
リアの言葉で、イザベルの顔が引きつった。
「リアさん、どうしてじゃ?」
行動不能のイザベルに代わり、シモンが前に出た。
「鍛治師の村は、村人以外、決して入ることはできません。なので、あなた方をお連れすることもできません」
「例外はないのかの?」
「たった1つだけ例外が……!? 失礼! 私は急いで戻らなければ!」
リアは、なにかに気づいたようで、急に大壁の中心に向かって走り出した。
「どうしたんじゃ! リアさん!」
「日暮れまでに、村に戻らないと、締め出されてしまうのです!」
いつの間にか、夕日は沈みかけており、わずかに頭が見える程度になっていた。
「これは駄目だな! 野営の準備をしてから、ゆっくりと考え直すとしよう!」
「そじゃの! あの娘は、絶対に入れてはくれんじゃろしな!」
「ねえ、折角だから、どうやって中に入るか見に行こうよ!」
「見たところで、入れてはくれないよ!」
「じゃあ、ボク行ってるね!」
勇者は、リアのいる所へ走っていった。
「もう、仕様がないなあ! あたしたちも行くよ!」
3人はしぶしぶ、勇者のあとを追いかけた。
「あら、皆さん、いらしたのですね。断っておきますが、お連れすることはできませんよ」
「それはわかっておるわい! ニコラちゃんが入る様子を見たいんじゃと!」
「そうですか。それでは、御覧ください」
リアは壁に手を当て、なにかを念じはじめた。すると、手の甲が光り始め、そこになにかの紋章のようなものが現れた。そして、壁の一部が、門へと変わった。
「それでは、皆さん、ごきげんよう」
リアは門の中へと入っていった。そして、門は元の壁に戻ってっしまった。
「ねえ! 今の見た?」
「ああ! まさか、ああいう風に入り口が隠されていたとはな!」
「ジャクリーヌよ! こんなときにボケなくてもよいわい!」
「いや、ワタシはボケたつもりもないんだが……」
ジャクリーヌは、シモンとイザベルが、なにが言いたいのかさっぱりわからなかった。
「手の甲の紋章よ!」
「ああ! あれか! たしかにどこかで見たような形をしていたな!」
ジャクリーヌは、記憶を辿ってみたが、なかなか思い出せないようだ。
「今こそアレの出番よ!」
「アレが道を開いてくれるじゃろうて!」
そう言って、手のひらを勇者に向かって差し出す、シモンとイザベル。どうぞ、お願いします。ということのようだ。
「エンダーン!」
勇者は呪文を唱え、剣と鎧を装着した。
そして、うしろを振り向きマントをはずした。
「これだ!」
ジャクリーヌは、勇者の背中を見て、そう叫んだ。
なんと、勇者の鎧にある刻印と、リアの手の甲に現れた紋章が、同じものだったのだ。
「それじゃあ、鍛冶師の村に入るとするかの!」
「その前に、ニコラちゃんはマントをつけて、クンは襟巻の中に隠れてね!」
「話すときに、口元を隠すのも忘れるなよ! ニコラちゃん!」
マントを装備した勇者は、壁の前に向かい手を当てた。すると、鎧が光だし、そこから一筋の光が、勇者の手の甲に向かって伸びていった。そして、そこに刻印と同じ模様が現れ、壁の一部が、門へと変わった。
「みんな! 準備はいい? いくよ!」
勇者が鍛冶師の村につづく門を開く。
門の中は、木造瓦葺きの家が建ち並び、石畳がきれいに敷き詰められていた。建物の間からは、煙突があちこちで頭を出し、その上部からは、炎や煙が吹き出していた。
「わあー、独特の雰囲気ねー! 建物の屋根や入り口のつくりに、風情を感じるわ!」
「そして、ニョキニョキと建つ煙突が、ザ・鍛冶師の村、と感じさせてくれるな!」
村の様子を見回していると、兵士らしき人物が1人、近づいてきた。
「お前たち、人間とエルフだな! 余計な話などせず、さっさと自分たちの区域に戻るんだ!」
その男は、極端に背が低く、発達した筋肉に覆われ、長い髭を蓄えた、ドワーフであった。
「お主、門番じゃと見受けるが……」
「人間のじいさん! 口を閉じないか! ここはドワーフの区域だぞ!」
シモンが話をしようとするが、取り付く島もない。
「ねえねえ、おじさん! もしかして、ドワーフなの?」
「!? こ、これは! 勇者様! ……ははあ」
勇者がドワーフの男に声をかかると、その男は、片膝をつき頭を下げた。どうも鎧を見て、勇者であることに気づいたようだ。
「ゼーガス! 勇者様たちを案内しろ!」
ドワーフの男は立ち上がり、大声でゼーガスという名の者を呼んだ。
「へいへい、お待たせしやした!」
ゼーガスは、赤毛のドワーフで、顎髭を2つ、三つ編みにしていた。
「あっしは、ドワーフのゼーガスと申しやす。皆さんを、ご案内させていただくことになりやした!」
「ゼーガスさん、案内よろしくね!」
勇者パーティーはゼーガスの案内につづき、村の奥へと進んでいった。
「ゼーガス殿、ちょっと聞きたいんだが、いいか?」
「なんでやすか? 戦士様?」
「先程の男が、人間とエルフは余計な話などするな、と言っていたんだが、どういうことなんだ?」
「そのことでしたら……こほん……鍛治師の村には、ドワーフ、人間、エルフと3つの種族がおりやして、それぞれ別々の区域に暮らしておりやす。自分の区域以外に入ることは許されておりやすが、そこで声をだすことは禁じられている、というわけでやす」
「なるほど、そういうわけだったのか!」
鍛冶師の村は、円の形をしており、円の中心に近い部分、つまりは二重丸の内側と、残りの外側を半分にわけた部分の3つの区域で構成されていた。その外側の部分の片方が、今いるドワーフの区域なのであった。
しばらく進むと、水路にかかる不思議な形をした、赤い橋の前にやってきた。
「これは美しい橋じゃなあ! じゃが、なんでこんな形をしておるんじゃ?」
その橋は、3つのアーチが連なって構成されおり、同じような形状をした橋は、この世界のどこにも存在しなかったのだ。
「この橋は、鍛冶師たちの技術訓練用のものなのでやんす。難しい組木の技術や、鍛錬の難しい金属をつかって、このような美しいアーチの橋をつくることで、鍛冶の腕をあげているのでやんすよ」
「さすが鍛冶師の村じゃなあ! 村の中に修行の場を設けるとはの!」
赤い橋の上を進んでいく。
「見る分にはよいが、渡ってみると年寄りには堪えるわい!」
「結構、上りも下りも急だからね!」
「欄干の色、遠くから見ると赤に見えたが、実際は朱色だったのだな!」
鍛冶師の村の独特の文化を、来て見て触れて、3人は楽しんでいるようだ。
「それでは、あっしはこの辺で失礼させてもらいやす」
「あれ? ゼーガスさんがずっと案内してくれるんじゃなかったの?」
橋を渡り終えようとしてところで、ゼーガスが別れを告げてきた。
「ここより先は、人間の区域になっておりやすので、あっしはお役御免となりやす」
「ゼーガス殿、世話になったな!」
「へい! 皆様、それでは!」
ゼーガスは頭をペコリさげて、去っていった。
「ねえ! 人間の区域っていうことは、リアちゃんいるんだよね?」
「おった所で、会えんじゃろ! ワシらの目的の人物でもなければのう!」
「ともかく、鍛冶師の村、人間の区域に進むぞ!」
勇者パーティーは、人間の区域に足を踏み入れた。




