第16話 スピラ渓谷2
「それじゃ、鍛冶師の村に向けて、出発するぞ!」
「ねえ、今朝は肩や腰が妙に痛くない?」
「まあ、岩の上で寝るとこうなってしまうのは、仕方がないからのう!」
「ああ! 馬車のベッドが恋しいわ!」
「お前たち、気を抜くなよ!」
いつものようなやり取りをしながら、スピラ渓谷を奥へと進む、勇者パーティー。
「なあ! あの山猫たち、ついてくるみたいだぞ!」
「なあに、大丈夫じゃよ! ヤツらはついてくるだけで、害は全くないからの!」
山猫たちは、少し高い所にある崖の出っ張りを、飛び移りながら、クンの様子を見ている。
「だいたい、クンのヤツも満更ではないようじゃしな!」
「ふんふふふふふ♪ふんふふふーふふー♪ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪」
「!? これは! 天順デリシャスのテーマ!」
「それだけ、ご機嫌ってことね!」
しばらく進むと、ディールが言っていた、崖崩れの場所に到着した。
「ディールのヤツが言っていた通り、大した規模ではないな!」
「じゃが、丁度狭くなっておって、通りにくいのう!」
「ねえ! 崩れた岩の上の方に、キレイな石があるよ!」
その石は、岩に埋もれていてが、丁度太陽の光が差し込み、見つけることができたのであった。太陽の位置が少しでも違えば、気づくことさえできなかっただろう。
「なんだと! もしかして、5つの魔石の1つではないか?」
「そんな簡単に、見つかるものとも思えんが、ないともいいきれんのう!」
「よし! ニコラちゃん! ワタシとともに、魔石を取りに向うぞ!」
「イエッサー!」
勇者とジャクリーヌは、崩れた岩を登っていった。
「2人とも、気をつけてね! ゆっくり登らないと、崩れるわよ!」
「接近戦に強い2人が、あんな所におる今、ビッグボアと遭遇してしまったら、ワシらに勝ち目はないのう!」
「おじいちゃん! それを言っては駄目! 本当に起きちゃう……」
シモンが不用意にフラグを立ててしまい、イザベルがそれをとめようとしたが、すでに遅かった。
「!? のわ! ビッグボアじゃ! ビッグボアがでたぞーい!」
岩陰から、突然ビッグボアが現れ、突進してきた。
「おじいちゃん! 魔法よ! 攻撃魔法を撃って!」
「駄目じゃ! こんな狭い所で攻撃魔法なんか撃ったら、岩が崩れて下敷きになってしまうわい!」
ビッグボアはどんどん近づいてきている。
「!! そうじゃ! クンよ! 急いでここにくるんじゃ!」
「わかったよ!」
勇者の肩に乗っていたクンは、岩の上からぴょんぴょんと降りてきた。
「なあに?」
「ぼそぼそ……よし! クン頼んだぞ!」
なにかをシモンから伝えられたクンは、勇者ではなく、山猫たちがいる方向へ駆けていった。
その間にも、ビッグボアはさらに接近しており、その足音で、シモンがクンに伝えた内容を、イザベルは聞き取ることができなかった。
「なにかクンに頼んだの?」
「それはあとじゃ! ヤツに麻痺の呪文をかけるんじゃ!」
ビッグボアは、すぐそこにまで迫ってきている。
「わかったわ! ……『パラライス』!」
ビッグボアは、シモンとイザベルに激突する寸前に、麻痺して動けなくなった。
イザベルがビッグボアにかけた呪文、パラライスは、一定時間、相手の体を麻痺させ、動きを封じることができる呪文である。しかしイザベルは、この呪文があまり得意ではなく、効果時間はかなり短い。よくて10秒程度であった。
「あたしの麻痺の呪文は、長くもたない……!?」
イザベルの視界に、突然、山猫が現れた。そして、山猫たちは、麻痺したビッグボアを一斉に攻撃しはじめた。丁度イザベルの呪文の効果が切れる頃、ビッグボアは、ずずーんと大きな音をたてて倒れた。
「よし! 作戦成功じゃ! お主たち、よくやったの! お礼に、ワシ秘蔵の干し肉をやるぞい!」
シモンは、山猫たちに秘蔵の干し肉とやらを振る舞っている。
「まさか、クンに伝えて山猫たちに攻撃させるとはな!」
「山猫たちがいなかったら、ヤバかった!」
崩れた岩の上から戻ってきた、勇者とジャクリーヌ。
「ニコラちゃんの言う通り、あの山猫たちがいなかったら、あたしたちはどうなっていたかしらね?」
「それよりだ! ビッグボアの解体をしよう! ワタシがズバッと美味しいお肉にしてやろう!」
ジャクリーヌは両手剣で、ビッグボアを余すことなく切り分けた。
「ねえ! 両手剣で肉の解体をする人なんて、他にはいるの?」
「ワシは知らんのう! その上、解体が上手いんじゃから、訳がわからんわい!」
ジャクリーヌの解体の技量は超一流であった。彼女が切り分けた、毛皮などの素材を店に持ち込むと、あまりの処理の美しさに、通常の3倍ほどの値で引き取ってもらうことができたのだ。
「ニコラちゃん! 肉の準備はできてるぞ! 今晩は、どんなビッグボア料理なんだ?」
溢れ出すヨダレを抑えきれないまま話す、ジャクリーヌ。
「折角のいいお肉だから、少し寝かせた方がいいかな? うーん、どうしようかな?」
勇者は悩みながら、行ったり来たりしている。
「ワタシの美味しいビッグボア料理が……遠くへ行ってしまったようだ……」
「いじけるでない、ジャクリーヌよ! ニコラちゃんは悩んどるだけで、食えないわけではないぞい!」
「だいたい、夕食まで、まだ時間があるわ! きっと美味しい料理法を考えているんのよ!」
「そうだな! きっと……いや……絶対そうだな! それでは、野営に適した場所へ出発だ!」
夕方になり、野営地にやってきた勇者パーティー。
「さてさて、今晩は肉が喰えるかの?」
「昼間に捕った、ビッグボアの肉に3,000点!」
「なあに、言ってるの? ジャクリーヌ! 自分で言って赤くならないでよ!」
「まだかの! まだかの!」
自分のセリフで、顔を真っ赤にするジャクリーヌ。フォークの後ろでテーブルをトントンたたくシモン。
「おじいちゃん! お行儀悪いわよ! それより、食器運ぶの手伝いなさい!」
勇者が料理をつくり終え、できた品を運んできた。
「できたよ! どうぞ召し上がれ!」
それぞれのテーブルに、パンと赤いものの入った皿が置かれる。
「この赤いのは、ビッグボアのトマト煮込みとみた! どうじゃ?」
「ワタシに3,000点、3,000点だな!」
「だから、なんであんたは自分で言って赤くなるの?」
「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」
「いただきます!!」
シモンの号令につづき、いただきますの合唱をしたあと、さっそく、赤いものの入った皿に手を伸ばす。
「これうんま! これうんま! ビッグボアの肉とトマトの相性たまらんぞい!」
「一緒に煮込まれた、人参と玉ねぎ。それに肉にまぶされた小麦粉がうまく絡んで、味を引き立てあっているわね!」
「ビッグボアの脂身の旨さ! これはワタシに3,000点、いや6,000点だな!」
念願の、ビッグボアの肉を堪能する、ジャクリーヌ、シモン、イザベル。その隣では、本日のMVPである山猫たちに、ビッグボアのステーキが振る舞われていた。もちろん、クンも一緒にである。
翌朝、鍛冶師の村に向かい、再び、出発した。そして、昼前に、もう一箇所の崖崩れを見つけた。
「ここの岩には、キレイな石なさそうね!」
「前の崖崩れの場所にあったあの石は、なんじゃったんだろうのう?」
「あ! そうだった! この石のことを聞くのを忘れていた!」
ジャクリーヌは、昨日拾った石のことを、すっかり忘れていたようだ。
「なんじゃ! 拾っとったのか! どれどれ、見せてみるがいい……」
「これが、5つの魔石の1つだったら、この先、楽になるな!」
「うーん……これは魔石ではないの! 魔力が感じられん!」
魔石とは、魔力を持つことができる特別な石に、魔力を持たせたものである。そのため、魔石からは魔力を感じることができるのであった。
「そうか、残念だな……まあ、そんな簡単に見つかるものでもないだろうしな」
「まあ、折角拾ったキレイな石じゃない! 持っていれば、なにか役に立つかもしれないわ!」
「そうだな! とりあえず持っておくことにしよう!」
さらに、進んでいくと、崖崩れのような場所を見つけた。
「これは、崖崩れではないのう! ただ岩が、たくさん集まっとるだけじゃ!」
「ディールが言っていた、崖崩れが2、3箇所ってのは、こういうことだったんだな!」
「ねえ! もうそろそろ、野営の準備しない? 空が赤くなってきたわよ!」
「そうじゃのう! 今日あたりに鍛冶師の村に着くと思っとたんじゃがのう! ……うん? どうした? ニコラちゃん」
勇者がシモンの服の裾を、クイッと引っ張った。
「ねえねえ! 遠くにさあ、でっかい壁みたいのが見えるよ!」
「なんだあれは! 谷全体を塞ぐような、大きな壁だな!」
それは、谷の向こう側が、完全に見えなくなるような高さの、大きな大きな壁であった。
「なんとか予定通りに、着いたみたいね!」
「そうじゃのう! あれが目的地の、鍛冶師の村じゃ!」




