第13話 天順2
「まさか……もぐもぐ……こんな朝早くに叩き起こされて……もぐもぐ……列に並ぶなんてことになるとはな! ……もぐもぐ」
おにぎりを頬張りながら、開店前の店に並ぶジャクリーヌ。今朝は、強めの肉球パンチでクンに叩き起こされた。
「仕方ないでしょ! ……ぽりぽり……希少な品を手に入れるには、……ぽりぽり……こうでもしなきゃ無理なんだから!」
たくあんをかじりながら、開店前の店に並ぶイザベル。今日が楽しみすぎて、かなり早く目が覚めた。
「日の出まであと少しってとこね。ジャクリーヌ! 段取りはわかっているわね?」
「ああ! しっかり頭の中に入っている! それにしても、まさか、2人1組の2班になるとは思ってなかったぞ! てっきり、4人でそれぞれ店を回るものかと……」
「チッチッチ! そこが素人とプロの違いよ! この作戦は完璧なんだから!」
立てた人差し指を振りながら、偉そうに講釈を垂れるイザベル。
その作戦というのは、まず、イザベルとジャクリーヌ、シモンと勇者の2班にわかれる。それぞれ目的の店に並び、開店の時刻である、日の出を待つ。店が開き、順番がやってきたら、リーダーが商品を選ぶ。リーダーとは、イザベルとシモンのことである。商品を選んだら、店主との交渉に入る。ここでの買い物は、物々交換で行われるため、交渉をする必要があるのだ。交渉が決まり次第、リーダーは次の店に移動する。補佐役が、店主に交換の品を渡す。補佐役とは、ジャクリーヌと勇者のことである。渡した品を店主が鑑定するのを待つ。鑑定というのは、渡された品が本当に交換するのに見合ったものかどうか、確認する作業のことで、この工程の中で最も時間がかかる部分である。鑑定終了後、商品を受取る。そして、補佐役はリーダーのもとへ向かう。これを繰り返し行う、というのが、今回の作戦であった。
「じじいとニコラちゃんは、どうしてるんだろうな?」
「ほら! あそこに見えるわよ! 霧がかかってて少し見えづらいけど……」
「おーい! じじい! ニコラちゃーん!」
反対側の店の列の、少し離れた場所にいる2人に向かって、手を振りながら呼びかける、ジャクリーヌ。
「あれ? 今なにか聞こえなかった?」
「気のせいじゃろ! それより、今話しておった、おにぎりの具、というのはなんじゃ?」
「おにぎりの中にね、醤油おかかやねぎ味噌、ツナマヨネーズなんかを入れると、とっても美味しいんだよ!」
「ショウユオカカ? ねぎ以外なんのことかわからんが、具材を入れると、より美味しくなるということはわかったわい! それにしても、よくそんな発想をできたものじゃのう!」
この世界の文化には、おにぎりに具材を入れる、というものがなかったのだ。
「鰹節はさすがに無理だろうけど、醤油や味噌は、頑張ればつくれそうかな。でも、旅をしながらじゃ難しいか……そうだ! マヨネーズならすぐつくれるよ! 新鮮な卵があれば!」
「マヨネーズじゃと! ニコラちゃんがいうんじゃから、とても旨いものであると思うが……新鮮な卵など、どこにも出回っておらんのじゃよ」
「ここでも手に入らないの?」
「天順デリシャスにも出ることはないのう……ん? 日の出の時間じゃ! 店が開くぞい!」
たたたた♪たたたた♪たたたたたたた♪(演奏)
たたたた♪たたたた♪たたたたたたた♪(演奏)
みんな新鮮♪みんなおいーしーいー♪
ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪(コーラス)
みんた食べれば♪みんな満ーぞーくー♪
みんな大好き♪みんな喜ぶ♪
天順デリーシャースー♪
ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪(コーラス)
ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪(コーラス)
日の出とともに、開店を告げる『天順デリシャスのテーマ』が流れ始めた。その曲は、開店と同時に、買い物というこれから行われる闘いを告げる、ゴングでもあった。
「気合い入れていくぞい! ニコラちゃん!」
「まかされて!」
そして、シモン、勇者、イザベル、ジャクリーヌの4人は、買い物という激しい闘いに、身を投じていった。
「これで、手に入れるべき品は、全部揃ったのう!」
「完璧に作戦をこなすことができたようね! みんな、お疲れ!」
「ミッションコンプリート!」
そう言いながら、親指をビッと立てる勇者。
「ハァハァ……お前たち、なんで平然としてられるんだ……ハァハァ……ワタシはもう一杯一杯だ……ハァハァ……昨日の下見のときは……ハァハァ……あんなに息を切らしていたのに……ハァハァ」
「そりゃあ、目の前に欲しい物があったからに決まっておるじゃろう! のう! イザベル!」
「好きなことをやっていると、疲れないものなのよ! まあ、天順デリシャスは特別だけどね!」
言われてみれば、たしかにそうだと納得し、頷くジャクリーヌ。
「群衆の中をあちこち動き回るのも大変だったか、ずっと耳に入ってくる、この変な歌。これが疲れの、一番の原因のような気がするのだが……ん? 音楽が突然とまったぞ! どういうことだ?」
「ということは、アレがくるのう! イザベル!」
「ええ! この催しを盛り上げる、アレの登場ね! おじいちゃん!」
そう言って、手のひらを商店街の奥に向かって差し出す、シモンとイザベル。どうぞ、あちらを御覧ください。ということのようだ。
その先に、神輿のようなもの入ってきた。それに合わせ、動物たちは道を開け、その脇で、拍手をしたり口笛を吹いたりして、一斉に盛り上がり始めた。神輿が少しづつ近づいてくる。それに合わせて、音楽も近づいてくる。聞き覚えのある曲、そう、『天順デリシャスのテーマ』だ。神輿の一段目では、動物の音楽隊が音を奏で、二段目では、猫のコーラス隊が美しい声を披露している。そして……
「あれが、ワシの師匠、ペテルセンじゃ!」
「あれが、あたしのひいひいおじいちゃん、ペテルセンよ!」
神輿の最上段で歌う人物を指差す、シモンとイザベル。
「ワタシたちが、ここまで会いに来た人物、ペテルセン……それがあれだというのか!?」
白い長髪に、そこからのぞく長い耳、胸の上辺りまでのびる長い髭があり、背はかなり低め、ペテルセンは、そんななりをしていた。
そして、キッラキラに輝く、金ピカの着物を着ていた。簡単に言うと、マツ○ンサンバである。
「よくあんな変なものを着て、こんな変な歌を、人前で歌えるものだな!」
「たしかに、ワシも、これはないじゃろ! と思うこともなくはないの!」
「あたしも、ありかなしかと言われたら、なしよりのなしね!」
「ボクは意外とありだよ!」
弟子や玄孫にボロクソに言われる、ペテルセン。唯一、救いの言葉を発した勇者であるが、意外と、でしかない。
一旦、歌と演奏がとまる。
「おう! お主ら、きておったか! 今年の天順デリシャスも、なかなかのものじゃろう!」
「ひいひいおじいちゃん! 元気そうだね!」
「師匠! お久しぶりですじゃ!」
「イザベル! お前はあいかわらず可愛いのう! シモン! お主、敬語はやめんか! タメ口で話せ!」
神輿の上から、怒鳴るようにして話す、ペテルセン。とにかく声がでかい。
「お主らは、儂を訪ねてきたんじゃろ! 先に、家にいっておれ! それでは、ミュージック、スタート!」
再び、歌と演奏が開始された。
「なにかすごい人だな! いろんな意味で! いつもあんな感じなのか?」
「違うわ、普段はおとなしい人なの。今はテンションがあがっているだけだと思うわ」
「そうじゃ、ジャクリーヌ。師匠の家では、決して敬語を使っちゃならんぞ!」
「たしか、さっきはそれで怒られていたな。だが、問題ないように見えたぞ」
「さっきのは、師匠のテンションの高さで助かったんじゃ。普段の師匠の前じゃったら、ヘソを曲げて、2、3日、口を聞いてくれなくなるんじゃよ」
「なんと面倒くさいじいさんだな!」
ペテルセンは、変わり者で人と関わるのが好きではなかった。そのために、この天順という場所を、様々な魔術具を駆使し、つくりあげたのある。天順とは、正式な地名ではなく、ペテルセンが名付けたものであり、ここの存在を知るものは、彼に認められた者と、平原に住む動物たちだけであった。
「師匠はたしかに、面倒で変わってはおるが、1度認めた者に対しては、とても優しく、しっかりと面倒を見てくれるんじゃよ!」
「ここに来るのを、楽しみにしてた理由の1つも、それだしね!」
「あと、ここにいる動物たちも、そうだね!」
「そうだな! そうでもなければ、こんなたくさんの動物達が、集まることもないだろうしな!」
ただの変わり者で、面倒なじいさんだと思っていたペテルセンが、意外と良い人物だとわかり、ほっこりとする勇者とジャクリーヌ。
「おっ、あれがペテルセンの家だな! 中で待たせてもらうとしよう。そろそろやってきそうだしな!」
「まだ、しばらくは来ぬと思うがの! のう! イザベル!」
「神輿で3往復はするはずだから、まだまだ先ね!」
「なんだと! あれを3往復も行うというのか!?」
ジャクリーヌは、先程、ペテルセンを良い人物と認めたのを取り消し、変わり者の面倒なじじいに格下げした。
「あの神輿をやったあと、毎回アレが起こるのよね! 不思議だわ!」
「神輿のあとのアレは、奇跡のようじゃからのう!」
「ねえねえ! アレってなに?」
早く答えを知りたくて、うずうずする勇者。ジャクリーヌも、こっそりうずうずしているようだ。
「なんと、全商品が売り切れちゃうの! 驚きでしょ?」
「急に、全ての店の前に列ができるんじゃ! 驚きじゃろ?」
「それは、なにか怪しい魔法でも使っているんじゃないか? さすがにあり得ないだろう!」
「たしかに! 師匠ならやりかねんのう!」
「ひいひいおじいちゃんなら、やっても不思議ではないわね!」
「いやー、今回も完売させたぞい! 儂の神通力も、まだまだ衰えておらんようじゃのう!」
やり遂げた顔をして、ペテルセンが家に戻ってきた。
「なに! 神通力だと! やはり魔法の類をつかっていたのか! この不道徳じじいめ!」
「お主、元気がよいのう! 気に入ったぞい!」
ジャクリーヌの言葉をサラリと流す、ペテルセン。
「まずは、中に入るがよい。茶でもすすりながら、ゆっくりと話すとしよう。5つの魔石と、その装備のことを……」
勇者を指差しそう話す、ペテルセン。
勇者は装備をつけていないのに、なぜわかったのだろうか?




