第12話 天順1
目の前の風景が、突然、岩の壁から変わった。
「!? なんだ! ここはどこなんだ?」
ジャクリーヌは、辺りを見回し状況を確認した。ルディに乗る勇者とクンを後方に発見すると、後ろの風景が、先程の森と変わらないことに気づいた。
「さあ 着いたぞい! ここが目的地の天順じゃ!」
「ニコラちゃん! ルディは、そこにある門の横に、繋いでおいてね!」
イザベルと言う通り、正面には門があった。門と言っても扉があるわけではなく、コの字形の、大きな出入り口のようなものであった。上の部分には、大きく『おいでませ! 天順へ!』と書かれている。
「なんでルディを置いていくんだ? 店のような建物以外、誰もいないではないか?」
正面に門、その奥に左右に立ち並ぶ店のようなもの、それと仲間たち以外は、ジャクリーヌの目には映っていなかった。
「お主、そんなとこにおったら、見えないのも当たり前じゃ!」
「ニコラちゃんには、見えてきたみたいね!」
いつの間にか、ルディを繋ぐために、門の横に移動していた勇者。
「わあー! すごーい!」
勇者は目をキラキラと輝かせながら、なにかを見ている。門の向こう側を見ているようだが、ジャクリーヌには、誰もいない商店街のような風景しか、確認することができなかった。
「……いったい天順とは、なんなんだ?」
ブツブツ言いながら、門へ近づいていくジャクリーヌ。
ザワザワ、人で賑わう場所のような音が近づいてくる。それに、なにか歌のようなものも、あわせて聞こえる。そして……
「!?」
目の前が、客でごった返す商店街に変わっていた。
「すごいね! ジャクリーヌ! うさぎ、犬、リス、狸、キツネ! 他にもたくさんいるよ!」
そこにいたのは、人ではなく、たくさんの動物たちであった。
「ここはね、ノルトハイム平原に住む動物たちが、持ち寄った食べ物なんかを、交換し合う場所なの!」
ごった返す動物たちの脇には、露店が連なるように並んでいた。
「ずっと奥まで、店がつづいておるんじゃよ! 両側に100件ずつといったところかのう!」
「ここでは、こんなことが毎日行われているのか?」
「そんなことないよ! 普段は両側に10件ずつくらいかな? 今はアレの最中だからね!」
「そうじゃ! 毎年お楽しみのアレじゃからのう!」
そういうと、イザベルとシモンは、耳に手を当てるポーズをした。なにかを聞けということだろうか?
ジャクリーヌはそれを察し、周囲の音に聞き耳を立ててみた。すると……
たたたた♪たたたた♪たたたたたたた♪(演奏)
たたたた♪たたたた♪たたたたたたた♪(演奏)
みんな新鮮♪みんなおいーしーいー♪
ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪(コーラス)
みんた食べれば♪みんな満ーぞーくー♪
みんな大好き♪みんな喜ぶ♪
天順デリーシャースー♪
ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪(コーラス)
ニャンニャン♪ニャン♪ニャン♪(コーラス)
「なんだこの、どっしりと構えた大御所が、重厚感あふれる声で、歌い上げるような曲は!」
「それで、わかった? アレのこと」
「……いや、歌のすさまじさに……気を取られてだな……」
「もうー、仕様がないのう! 答えをおしえてやるわい! ……せーの」
『天順デリシャス!』
イザベルとシモンは、両手を腰に当て、足を少し開き、ドヤ顔をしながら、同時にそう言った。
「今の時期は、平原や森にある、果実や木の実、キノコなんかが、一斉に旬を迎える時期なの! それにあわせて『天順デリシャス』が開催されているってわけよ!」
「ワシは『健康フェスタ天順』もお気に入りなんじゃが、やはり、『天順デリシャス』には敵わんわい!」
「『健フェス』は、希少な薬草が結構出回るのよね! たしかにあれは外せないわ! でも、『天デリ』の圧倒的な品数には……」
「2人とも、よくわかった! その話は、永久に終わりそうにないから、そこまでだ!」
ここ天順では、年に数回、旬となるものを取り扱った、市が開かれており、その時期には、平原に住む動物たちが、ここを訪れる。その中でも、『天順デリシャス』が、最も規模が大きく、来客数は平原の動物のほぼすべてとなる。そのため、この時期の平原では、動物を見かけることがほとんどないのだ。
「なあ! さっきから探してるんだが、どこにもいないぞ!」
「なにを探しとるんじゃ? ジャクリーヌ?」
「ずっと聞こえている、この曲の歌い手を探してるんだ! 結構近くにいると思うんだが……」
「それなら、あれじゃよ!」
シモンが上の方を指差す。しかしそこには、街灯の柱と空しかない。
「誰もいないじゃないか! ふざけているのか? じじい!」
「よく見て、ジャクリーヌ! 街灯の上に、なにかついてるでしょ」
街灯の上には、白っぽい色をした、ラッパの先の形をしたものがあった。
「あれはね、スピーカーっていう魔術具なの!」
「……スピーカーだと?」
「あの中には、音が封じ込めてあるの。それを、広い範囲に聞こえるように流しているというわけよ!」
「そうなのか! スピーカーというのはすごい物なのだな!」
魔術具スピーカーの性能に、感銘を受けるジャクリーヌ。
「それにしても、こんなに長い間歌いつづけるのも、大変だっただろうなあ!」
「ん? お主勘違いしておるぞ! これは1つの音楽を、繰り返し流しているだけじゃよ!」
「そんなことができるのか!」
「だいたい、日の出から日の入りまで、ずっとかかりっぱなしだからね!」
「なんだと! こんな変な歌を、ずっと聞かされつづけるというのか? ……気が狂ってしまいそうだ……」
衝撃の事実に、くらくらするジャクリーヌ。
「そんなことより、さっそく下見をはじめるぞい! イザベル!」
「なにはともあれ、下見よね! おじいちゃん!」
「なんだ、お前たち! あんなに楽しみにしていたのに、買い物をしないのか?」
なぜか、買い物をしない2人に、疑問を抱くジャクリーヌ。
「なにを言っておるんじゃ! お主もしや、ド素人ではないかの?」
「なにもわかってないようね! ジャクリーヌ!」
「そんなことじゃ駄目だよ! ジャクリーヌ!」
なんのことを言っているかはわからないが、シモンとイザベルがそう言うのは、まだ、ジャクリーヌにも理解することができた。しかし、勇者がその中に加わってきたことについては、全く理解することができなかった。
「こういう、大きな催しのときには、回る前にしっかりとマップをつくり、欲しい物の売り場を把握し、効率よく回れる最適なルートを決めておかなければならないのよ!」
「店の様子を見てみると、いくつか、空になった所があるじゃろう。そこは、すでに品切れとなり、閉じてしまった店。つまりは、希少な品を取り扱っていた店ということなんじゃ!」
「そして、すべての情報をあわせて、優先順位を決めていくんだ! ルートの距離や、動ける人数なんかを加味してね! どう? わかった? ジャクリーヌ!」
ジャクリーヌは、途中から何の話かわからなくなったようで、目を白黒とさせている。
「じゃ、行ってくるのう!」
「待ってなさい! 希少な品たち!」
「いってきまーす!」
シモン、イザベル、勇者は、抑えきれないワクワクをあたりに撒き散らしながら、それぞれの下見に駆け出していった。
1人取り残された、ジャクリーヌは、しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。
四半刻ほどで、3人は戻ってきた。ちなみに、四半刻とは、約30分のことである。
「ハァハァ……いやー! 3人おると下見も早く済むのう! ……ハァハァ」
「ゼェゼェ……その分、作戦会議もたっぷり行えそうだしね! ……ゼェゼェ」
「これで、明日は勝ったも同然だね!」
シモンとイザベルは、肩で息をしている。かなり頑張ったのだろう。勇者はピンピンしていたが、額には汗がにじんでいた。
「3人とも、満足そうな顔をしているな! とりあえず、今日やるべきことは、終了ってことだな?」
「まだだ! まだ終わらんよ! むしろ、これからが本番なんじゃぞ!」
「さっそく、宿の部屋に籠もって、作戦会議をはじめましょう!」
「部屋に缶詰め状態ってヤツだね!」
さらに意気込む、シモンとイザベル。とにかく楽しそうな勇者。
「ワシとイザベルは、この商店街の先にある、宿屋『すずめのお宿』にいっておるから、お主らは、天順デリシャスを楽しんでくるがよい!」
「さあ、明日の勝利のために、作戦会議、気合い入れるぞー! えいえいおー!」
「えいえいおー!」
2人は掛け声とともに、作戦会議へと向かっていった。
「それにしても、なんでニコラちゃんは、こういう場所での買い物の手順を心得ていたんだ?」
「ボクの好きな漫画に、コミケに行く回があったんだ! 行く前に、しっかりと回るルートを決めておかないと、人気のある商品は、手に入れることができないんだ!」
「なるほどな! コミケというのはよくわからんが、マンガというものは、知識を高めてくれる、とても良い物ということだな!」
ジャクリーヌと勇者は、肩に乗ったクンとともに、天順デリシャスを楽しんだ。
いつの間にか日が暮れて、宿屋にやってきた、勇者とジャクリーヌ。
「あんなに甘いリンゴがあるなんてな! 驚いたぞ!」
「ぼくは、あんなに大きな人参、はじめて見たよ!」
2人は部屋への階段を上りながら、今日の出来事を楽しそうに話している。
ガチャリ、部屋の扉を開く。
「いや、そうじゃないでしょ! まずは、ここの品を手に入れてから、そっちに向かわないと!」
「いやいや! それでは、そっちの品が売り切れてしまうじゃろうが!」
ものすごい剣幕で言葉をぶつけ合う、シモンとイザベル。
「2人とも、喧嘩はやめないか!」
「喧嘩などしとらんぞい! ワシらは、作戦会議をしとるだけじゃ!」
「そう! 明日の闘いに勝つためには、全力を出し尽くさないと!」
「そんなことしたら、明日の力がなくなっちゃうよ?」
『!!?』
勇者の核心を突く一言に、正気を取り戻す、シモンとイザベル。
「ワシとしたことが、目の前の事に囚われて、大切なことを忘れておった……」
「天順デリシャス……おそろしい子……!」
シモンの言うことはわかるが、イザベルがなにを言いたいのか、さっぱりわからない。そんな顔をするジャクリーヌ。
「とりあえず、食事にしないか? 食堂賑わってたから、早めにいっとかないと、食材がきれてしまうかもしれないぞ!」
「あなたたち2人で行ってきなさいよ! その間に、作戦会議を終わらせてみせるわ!」
「そじゃの! 今のワシらには、1分1秒でも惜しいからの!」
気合満々のシモンとイザベル。今の2人には、食欲よりも作戦会議の方が大切なようだ。
「シモン、イザベル! あまり根を詰めるなよ」
ジャクリーヌはそう言うと、勇者とともに、1階の食堂に向かっていった。
一刻後(約2時間後)……
「それにしても、料理でてくるの遅かったな!」
「でも、美味しかった! デザートに食べた、タルト・タタン、至高の逸品!」
「ああ! 今が旬のリンゴを、惜しげもなく使った一皿だったな!」
ガチャリ、部屋の扉を開く。
「おい! お前たち! 終わった……」
「しー! ジャクリーヌ!」
部屋に入ると、シモンとイザベルはベッドの上に寝ていた。
「とても満足そうな顔をしているな……」
2人の寝顔は、達成感に満ち溢れ、明日の作戦は準備万端であることを、それが示していた。
「ワタシたちも寝るか! それにしても、今日は怒涛の1日だったな!」
「明日もきっと、怒涛の1日だよ!」
「そうか! それは楽しみだな! ……それじゃ」
『おやすみ!』
勇者たちは眠りについた。明日を楽しみにしながら……




