第11話 ノルトハイム平原2
「それじゃ! 出発するよ!」
昨日の残りのパンとシチューを温め直して、腹を満たした勇者パーティーは、馬車の運転手クンの掛け声で出発した。
「全然、動物さんいないね」
馬車の窓から、外を眺めていた勇者が話す。実際の声は、運転席側の小窓から聞こえる、クンのものであるが。
「そういえば、昨日からほとんど動物を見かけないな。以前、平原にきたときは、そこら中にいて、まさに動物の楽園だったのにな」
「今は、ほれ、アレがあっておるからの! のう、イザベル!」
「そうね、アレの最中は、いつもこんな感じだからね! ねえ、おじいちゃん!」
昨夜につづき、アレの話をする、シモンとイザベル。なにやら、妙に楽しそうだ。
「動物たちがいないのと、アレというのが、関係あるということか? さっぱりわからん!」
話をしている間にも、馬車は進んでいった。平和でのどかだが、動物たちがいない平原の中を。
「一旦、とめるよ!」
クンの声とともに、馬車がとまる。何事かと、馬車から慌てて降りる。
「あれ? まっすぐ行く道、終わっちゃったよ!」
勇者の言う通り、前にすすむ道は終わっており、左右に分かれるT字路となっていた。クンが馬車をとめたのは、そのためのようだ。
「ここをまだ、まっすぐ進むぞい! 目的地は、森を抜けた先じゃからのう!」
T字路の先は、森となっており、奥には、ブレニッケ山脈のするどい岩峰が見えている。
「ねえ! この道はどこにつながっているの?」
「東にしばらく行くと、北に曲がっていて、ブレニッケ山脈を迂回する道に繋がってるんだ!」
「西の方は、少し先で道は終わってて、森が広がっているわ」
「へえ!そうなんだー!」
勇者は知識欲が満たされて、満足しているようだ。
「ただ西の森には、ゴブリンの部族がいくつもあってのう、それぞれが集落を持っておるんじゃ!」
「とても危険で、誰も近寄らない地域だな!」
「ゴブリンなら大丈夫だよ! 弱いし、ボクも簡単に倒せたから!」
「たしかに、ゴブリン4、5匹程度なら、問題はない! しかし、部族単位となると、話は変わってくるんだ!」
そう話すジャクリーヌの目は、嘘などいっている様子はない。しかし、その話をまだ、勇者は信じきれていないようだった。
「あたしさあ、1人で旅をしてたとき、間違ってゴブリンの集落に入っちゃったの! こんなヤツら楽勝、と思って攻撃したら、なんと連携して反撃されたの! ヤバいと思って逃げようとしたら、指揮官がいる部隊みたいに、次々と逃げ道を塞がれていったの! なんとか逃げ出すことができたんだけど……そのとき、命からがらっていう言葉の意味が、心底わかったわ!」
「つまりは、ゴブリンの部族はヤバい! ということだな!」
勇者は、イザベルの体験を踏まえた話を聞き、ゴブリンの部族のヤバさを、しっかりと理解したようだ。
「それじゃ、森に入っていくわよ!」
「おい! 馬車は森に入れそうにないぞ! 置いていくか? 盗まれるかもしれないが」
「なあに、大丈夫じゃ! こんなときのために、ボロ馬車の外装にしてあるんじゃよ! 王女様は、本当に頭の良い方じゃて!」
王女は、とても賢い人間だった。王都リットベルガーの政治において、よい政策といわれるものの、ほとんどは、王女の発言からはじまり、決定したものであった。しかしそれは、直接的なものではなく、そうなるように持っていくというような、遠回しなやり方であったため、王女が発端であると気づく者は、ほとんどいなかった。
「ねえ、馬はどうするの? どこかに繋いでおく?」
「それなら、ボクが乗っていくよ!」
「乗る? なにを言っておるんじゃ? ニコラちゃん、馬は荷物を引くものであって、乗るものじゃないぞい!」
この世界には、馬に人が乗るという文化が、存在していなかった。運搬や移動、耕作に利用するだけのもの、そう考えられていたのだ。
「ボクずっと、乗馬倶楽部に通ってたから、大丈夫! 暴れ馬にも乗りこなせるよ!」
勇者はそう言うと、馬に跨がった。すると、馬は嫌がって暴れだした。
「ほら! 言わんこっちゃない!」
「ニコラちゃん! 危ないから、早く降りるんだ! 振り落とされるぞ!」
「どうどう! 大丈夫だよ! 落ち着いて……」
勇者が馬をなだめる。しばらくすると、馬は大人しくなった。背を許した、ということだろうか?
「それじゃ、進もうよ! どっちだっけ?」
「そっちじゃ!」
「……君、まだ名前がなかったね……えーと……ルディ! 君の名前はルディだ! 進め! ルディ!」
勇者を乗せたルディは、森の奥へと駆けていった。
「いや、まてまて、ニコラちゃん! みんな一緒に進むぞ!」
ジャクリーヌの声を聞き、すぐに駆け戻る、ルディ。
「こりゃ、たまげたのう! 馬に乗ったうえに、しっかり操っておる!」
「これって、すごいことなんじゃないの?」
「そうだな! 兵に馬の扱いを覚えさせたら、戦力が大幅に上がるな!」
「伝令の速度も、かなり速くなりそうだしね!」
「他にも、様々なことで、影響を及ぼすことになりそうじゃのう! つまり、ニコラちゃんは今、世界の時間を縮めてしまったんじゃ!」
シモンの言葉で、目の前の出来事がどれ程のものかを理解し、驚愕するジャクリーヌとイザベル。その周りを、ルディに乗って楽しそうに駆け回る勇者。
目的地に向かい、森の奥へと進む、勇者パーティー。
「思ったんだけどさあ、ニコラちゃん、そんなにうまく、馬に乗れるんだったら、馬車の運転もできたんじゃないの?」
イザベルの疑問に、たしかにと頷く、ジャクリーヌとシモン。
「乗馬って、手で扱ってるように見えて、実はほとんど、足を使ってるんだ! 馬車の運転は、手だけでしょ。だから、根本的に違うんだよ! だいたい、馬車の運転って難しいんだよ!」
「となると、クンはすごいってことだな! ありがとうな、クン!」
勇者の肩に乗っていたクンは、後ろ足でポリポリと頭を掻いた。ジャクリーヌの言葉に照れているようだ。
「ねえ、ニコラちゃん! あたしも一緒にルディに乗せてくれない? 楽しそうだし!」
「今は、やめておいたほうがいいよ。鞍がついてないから」
「クラってなに?」
「人が馬に乗るときに、つける道具だよ。お尻を載せて、足先を置くことができるんだ」
「でも、ニコラちゃんは、それ無しで乗ってるわけよね。すごいわ!」
「さっきルディと駆けたら、お尻が痛くなっちゃったんだ。それから、ゆっくり進むようにしてたんだよ! 鞍があれば、いいんだけど……」
「それなら、師匠につくってもらえばよいの!」
「そうね! ひいひいおじいちゃんなら、形と用途さえわかれば、なんだってつくっちゃうわよ!」
鞍が手に入りそうだとわかり、再び、ルディとともに、喜びながら駆け回る勇者。お尻は大丈夫なのだろうか?
「それにしても、ルディの動き、かなりのものだな!」
「翌々考えてみると、馬車での移動も、予定日数の半分ほどだったわけよね!」
「それだけ、早いということじゃの! まあ、王女様がくださった馬じゃ。血統はもちろん、しっかりと調教もされとるのじゃろう!」
しばらく進むと、森を抜けた。
「よし! 着いたよ! ルディは入口前の門のあたりに、繋いでおくといいよ!」
「さあ! 行くぞい! みんな!」
「……どこへ?」
目の前には、少しだけ草の生えた地面と、ほぼ垂直にそそり立つ、ブレニッケ山脈の岩の壁しか存在していなかった。
「まあまあ、ついてくればわかるよ!」
そう言って、岩の壁に向かって進む、イザベル。すると……
「!? なに! イザベルが消えたぞ! どうなっているんだ?」
「驚くことはない。ワシについてくれば大丈夫じゃ!」
なんと、シモンも消えてしまった。
「なにかわからんが、進んでみるぞ! ニコラちゃん!」
勇者はコクリと頷くと、ジャクリーヌとともに、よくわからないどこかへと進んだいった。




